タイトル未定「あなたとあなたの弟は、おれが守ります」
「あはは、それは傑作だね」
目尻を下げ、口角を上げ、些か社交的すぎる笑みを浮かべ、南の国の魔法使いフィガロは笑う。注いだばかりのウィスキーを一口煽る。賢者の魔法使いに南の魔法使いとして選ばれ暫く経つ。元々交流のあったルチルやミチルはフィガロのことを頼れる先生として慕ってくれている。ミチルの誕生日の今日だって、祝われる側のミチルはフィガロに感謝を伝えてくれた。ルチルは
「フィガロ先生、よかったらお話ししませんか?」
と、夜更けにフィガロを尋ねてきて、2人で晩酌をしながらミチルの成長について話した。ミチルはフィガロと同じタイミングで賢者の魔法使いに選ばれ、新しい人間関係を築き成長している。ミチルの誕生日が祝福されることは彼の保護者の立場のフィガロやルチルにとっても嬉しいことであった。ルチルはミスラの、ミチルへの誕生日祝いの品の呪具の話をして笑っている。
「でも、ミスラさんなりにミチルを祝ってくれていると思うと嬉しいんです。」
だいぶ酒が回り血色の良い頬をしたルチルは、柔らかい笑みを浮かべる。既視感のある笑顔だ。彼の母親魔女であるチレッタも晩年は、そんな顔をして笑うことがあったと思い起こす。
「ミスラさんぼんやりさんだから、ミチルの誕生日を忘れちゃったら悲しいなって、勝手に考えていたんです」
「ミスラみたいなのをぼんやりさんなんて言うのはルチルくらいだよ」
フィガロは苦笑する。ルチルはあのミスラをぼんやりだとかキュートだとか、そんな風に言う時、フィガロはルチルをあの母にしてこの子あり、大物だなと感じる。
「ぼんやりさんですよ、だって、約束を忘れちゃうんですよ」
ルチルは珍しく自虐っぽい笑い方をする。魔法使いは約束をし、それを裏切ると魔力を失う。強力な北の魔法使いであるミスラは、ルチルとミチルの母親魔女チレッタへ、その子供たちを守ると約束していた。ルチルは幼い頃から、「ミスラおじさん」の話をし、彼が見守ってくれているのだと周囲に語っていた。フィガロも何遍もその話を聞いている。辛い境遇にある子だが、"ミスラおじさん"は何物にも代え難い彼の心の支えであったようなのだ。成長したルチルは賢者の魔法使いとして召喚され、ミスラと再開する。しかし当のミスラは約束を忘れていた。ルチルはあれを、憧れの"ミスラおじさん"ではない、人違いだったのかもしれないと落ち込んだこともある。
「あれ...」
ルチルははっとしたように呟く。
「でも、ミスラさんはどうして約束を忘れてしまったんでしょう...」
魔法使いが魔力を失うリスクを負ってまでする「約束」という枷は、本人にとって大きな意味を持つ。本来忘れられるようなものではないのだ。
フィガロは少しぬるくなり汗をかいたロックグラスを煽った。
「そうだね」
目尻を下げ、口角を上げ、相槌をうつ。それでも声色は彼の生まれ故郷の風のように冷たくなった。