【本命チョコが被った】 2月14日…その日は全国の女の子は数週間前からずっと忙しくて、全国の男の子はチョコレートが貰えないかドキドキしながら余裕さを醸し出して強がる日…。そんな学生時代のバレンタインを思い出してあの頃は男女問わず必死だったな、なんて大人になった今となっては微笑ましくて甘酸っぱい思い出の1つで思わずふふっと笑ってしまう。
「どうしたの?」
某製菓企業のバレンタイン商品のイメージキャラクターとして起用されたRe:valeのオレらは現在チョコレートCMの撮影前で待機中だ。
「ふふふっあのね、学生の頃のバレンタインを思い出してなんか微笑ましくなっちゃって」
「学生時代のバレンタイン?」
「そう!みんな好きなあの子に告白したい!とか、好きなあの子に告白されるのでは…!?とかってソワソワしてて今思えば可愛かったな〜って」
「…バレンタインってそんな可愛い行事だったっけ…」
オレの学生時代のバレンタインの話をしたらユキも自身のバレンタインを思い出したらしく、突然遠い目をして小道具の調節をしているスタッフさんたちを遠巻きに眺めた。
ユキはこの神様に愛された造形美な容姿だから昔からモテていたいたようで…まぁ、昔のユキさんはあんまりこういうイベント事に良い印象は無いみたいだった。
「僕の知ってる学生時代のバレンタインはたくさんの女の子たちがきゃあきゃあ言いながら物凄い形相で僕に3日間くらい付き纏ってあの手この手でチョコレートを押し付けてくるイベントだったよ」
「うわぁ…想像できないな。オレの知ってるバレンタインとはかけ離れたバレンタインを過ごしてたんだね…。まぁ!ユキはイケメンでジェントルだから仕方ないよ〜!」
ユキは疲れた顔をしたままオレのフォローに対して納得のいかないような表情をしつつ、オレに『イケメン』『ジェントル』だと言われて少し機嫌が良さそうな態度で控えめに笑った。
「まぁ、今でも顔も名前も分からない以前共演したのかしてないのかすら分からない女優さんや女の子のアイドルやスタッフの子からチョコレートを押し付けられることもあるけどね」
「ユキは今も昔もイケメンだから仕方ないよ!だけど、せっかく好意でチョコレートくれるのに押し付けられるって表現は良くないよ!ユキ!」
「そう、ごめんね」
周囲にはスタジオのセットやらなんやらで忙しなく動いているスタッフさんばかりでオレらの話を聞かれていないとはいえ、今をときめくトップアイドルには似つかわしくない会話を繰り広げていることに若干頭痛がしてしまう。
「でも」
オレがこの万年モテ期で女心を心得ることのない相方をどうすればいいのか頭を抱えようとした時にふっと鼻から柔らかく抜けたようた声が聞こえてきた後にユキが一言放った。
「今は可愛い僕の相方がいじらしくチョコレートをくれる日になったから悪い日では無いかな。」
「……っ!」
あぁ、もう、なんでユキって突然オレの気持ちをくすぐってキュンってしてしまうような事をサラッと言ってのけてしまうのかな。
ギュッと心臓を鷲掴みにされたような心境で恐る恐るさっきまで絶えず不機嫌な顔を浮かべているユキの顔をまじまじと見てみると「ふふっ真っ赤だね」なんて微笑んでくるから参った。あぁもう、敵わないな。大好きだな。なんて思いがじわりじわりと膨らんで爆発してしまいそうだったから慌てて誰が見てるわけでもないけれど、夫婦漫才にシフトチェンジしてその場を凌いだ。
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あの撮影からからしばらく経っていよいよ今年のバレンタインが差し迫ってきた。毎年この季節は大好きな相方とチョコレートを贈りあったりしている。
あ、そういえばオレは男なのになんでユキにバレンタインチョコレートを渡してるのか気になるって?それはモモちゃんはRe:valeの可愛い担当で世界に愛されているイケメンでジェントルなダーリンのハニーだからね!…っていう建前は置いといて、普通にユキに普段の感謝の気持ちと単に喜ばせたいって思いで渡してるだけだよ。ほら、女の子たちもやるじゃない友チョコってやつ?それと同じ!1つ女の子たち同士のバレンタインと異なる所を挙げるとしたら、これは単なる友チョコじゃないってところ。ユキに伝わっているのかは定かではないけれど、オレは友チョコみたいな軽い感覚じゃなくてオレのありったけのユキへの好意を乗せたガチのマジな本命チョコをユキに毎年あげてるってとこかな。…もしかしてオレって重い?やっぱりそう思う?でも仕方ないじゃん。ユキが好きなのは紛れもない事実なんだもん。
だけど毎年この季節は迷う。ユキは甘いものがあまり得意じゃないけどせっかくのバレンタインなんだからチョコレートを贈りたいな〜って思うのは当然じゃない?1度手作りでチョコ作りをしようとしたらチョコ作り以前にどうしたらユキに喜んで貰えるのかなって悩みすぎて失敗した事があったから手作りはもうしないって決めてある。だからオレがバレンタインでユキにしてあげられることは、長年ファンや相方をやってきて得られたユキ情報を有効的に活用してユキが飛びっきり喜んでくれる品物を用意すること!
もう既に今年はユキの好みや趣向はリサーチ済みで仲のいい芸能仲間や一般のお友達からユキの情報を元におすすめのお店を教えて貰って何十軒もピックアップしてある。バレンタインまであと10日、ユキに飛びっきり喜んで貰えるようなバレンタインスイーツを用意するから、待っててね!ユキ!
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そして迎えたバレンタイン当日。ここずっとユキにはチョコレートじゃなくて他の甘ったるくないスイーツを贈る年が重なっていたから今年は正々堂々チョコレートで勝負しよう!と思って何十軒もピックアップしたお店の中から吟味してやっと辿り着いたチョコレートを用意してある。
甘さは甘いものが苦手な人にも食べやすく控えめで、ビターなチョコレートだからこそカカオの独特なフルーティーさが際立つ風味豊かなチョコレートで産地にもこだわり抜かれているし、色んなリキュールと混ざったチョコレートがアソートになっているから最初から最後までずっと楽しめる。
最初に1口食べた時にビビっと来たくらいユキが気に入ってくれると直感で感じられるくらい素敵なチョコレートだった。
お店は地方にある個人経営のお菓子屋さんでこんなにも美味しいのにお店側が取材を拒否しているので、ものすごくマイナーで知る人ぞ知る名店舗みたいな感じだった。オレの友達にそのお店がある場所が地元の人がいて教えて貰ったのだ。だからこそ、今年のバレンタインは過去一自信がある。ユキが好きだって言っていたワインの中からチョコレートに合いそうなものを選んで用意して、チョコレートの交換会は夜にやる予定だけど、ユキに会えるのを今日は朝からソワソワしながら待っている。
「ハッピーバレンタイン!!!」
「わ、びっくりした…」
「お仕事お疲れ様!ユキ!」
「うん、お疲れ様。モモ」
今日はバレンタインだと言うのに一緒の仕事はなくて仕事終わりに事務所に寄った。
大声を出しながらユキのいる部屋に入ってきたオレに心臓を抑えて驚きつつ迎え入れてくれるユキの元へ駆け寄る。
「うわぁ〜!これもしかして全部Re:vale宛に届いたチョコレート!?」
「そうです。おかげで朝から仕分けに追われていて…」
流石のオレらもファンの子からのチョコレートは受け付けてはいないが各方面からお世話になっている芸能人の方からバレンタインに因んでお菓子が届いたりする。
「ユキ、いっぱいだね〜!あ!これあの事務所からも届いたんだ〜!わー!おいしそうっ!うわっ!こっちのやつは超高級店のチョコレートじゃん!!流石大物俳優さんは違うなぁ…!」
「モモ楽しそうだね」
「もっちろん!みんなお世話になってる大好きな人達からの贈り物だからね!…ユキもなんだか嬉しそうじゃない?」
「まぁね。僕は甘いものは食べられないけどモモに美味しいものを食べさせてあげられるから嬉しい」
「あははっ!ユキってばハロウィンもそうだけど、お菓子を貰えるイベントがあるといっつもそれ言うね!」
「まぁ、そうね」
「オレらが送った贈り物も喜んで貰えると嬉しいな〜」
「千くん、百くん、打ち合わせの準備が整ったのでこちらに来て頂けますか?」
「わかった!今行く!ユキ一緒に行こ!」
「うん」
1つ1つ仕分け済みのギフトが誰からのものなのかを見ながらユキと話していると、おかりんに今後の打ち合わせの件で呼び出されてユキと一緒に向かう。
「……以上で今後のスケジュールの説明は終わりです。なにか質問はありますか?」
「だいたい分かったから大丈夫」
「オレはバッチリだよ!」
「分からないことあったらおかりんかモモに聞くから大丈夫」
「まったく…僕と百くんが千くんのスケジュールを把握しているからって…。」
「頼りにしてるよ」
「任せて!ユキ!」
「それじゃあ、これで今日はやること全部終わり?」
「そうなりますね。先程も説明した通り明日の午前はお二人共オフなので今日はゆっくり休んでくださいね」
「ありがと〜!おかりん!おかりんも休める時はゆっくり休んでね!」
「百くんありがとうございます!では、帰りの送迎はジブンが致しましょうか?」
「いや僕は車で来たし、この後はモモを連れて帰るから大丈夫」
「わかりました!それではお疲れ様です!」
「お疲れ様でしたっ!」
打ち合わせも無事に終わってユキの車に乗り込む。ユキの家に行くまでの間はソワソワドキドキしながらユキと今日あった話なんかで盛り上がった。
— — — —
「ごちそうさま〜!」
「美味しかった?」
「うん!めっちゃ美味しかったよ!さすが腕利きのユキシェフの料理だよ〜!」
「自信作だからね」
「そうなの!?確かに今日は豪華だったしどれも手の込んだものだったよね!ここのところずっと忙しかったのにわざわざ作ってくれたの…?」
「そうね。まぁ、今日はバレンタインだし。モモのためだから」
「うわぁ〜!今めっちゃキュンときた!オレ、ユキに愛されてる!?」
「ふふっ、やっと誤解じゃなくて理解してくれた?」
「えへへ!これだけ手を尽くされちゃあね!」
「良かった。ちょっと待ってて」
「うん!」
ユキお手製のバレンタインディナーを堪能したあとにユキは席を立ってキッチンの方へと向かっていく。
……あ!もしかしてユキ、バレンタインのチョコレートを取りに行ったのかな!?だったらこの後は交換会になるはずだ。オレはユキに「オレもちょっと席外すね!ちょっと待ってて!」と、声を掛けてから溶けないようにって廊下に置いてある荷物を置いた場所に向かう。
(あった!あった!)
廊下に向かうと下駄箱近くにある棚の上にはオレの荷物とチョコレートの入ったカモフラージュ用の手提げバッグが置いてある。早速手提げバッグからチョコレートを取り出そうと荷物の元へと駆け寄ると荷物の隣に見覚えのある紙袋がひとつ置いてあった。
その紙袋を見た瞬間ドクリと嫌な予感がする。瞬時にオレの手提げ袋の中身を見るとそこにはちゃんとオレがユキのために用意したチョコレートの入った紙袋が入っている。
「どういうこと…」
オレは自分の荷物の隣に置いてある“オレが用意したものと同じチョコレート”を前にただ呆然と立ち尽くすしか無かった。
— — — —
「あ、モモおかえり。…ってその紙袋」
「あぁ…うん。廊下に置いてあったんだけどさ、これって…」
「それね、今日午前中に同じ局で撮影があったこの前共演した女優さんから貰ったんだ」
「そー…なんだ」
「撮影前に少しお腹が空いたから食べてみたんだけど結構美味しかったよ。食べかけで良ければ僕はもういらないからモモにあげるよ」
「…ぁ、ありがとうっ!」
「うん」
何故だか満足そうな笑みを向けてオレに女優さんから貰ったチョコレートを押し付けてくるユキ。ユキはそのあと「とりあえず座って」とか、「これ、今年のバレンタインチョコレート」とかっていってオレに何か言って渡してくれたのを覚えてる。オレもユキに本当は渡すはずだったチョコレートは渡さないで、一緒に飲んでもらおうと思って持ってきていたワイン“だけ”を渡した。「今年は趣向を変えてスイーツじゃなくてワインにしてみた!」なんて思ってもみない言い訳を連ねながら。ユキは嬉しそうに笑って「ありがとう」なんて言ってグラスを取りに再びキッキンへと消えていく。
1人になった瞬間急激に頭が冷えてついさっき起こった出来事に頭が混乱する。誰が悪いとかって訳じゃないけど腹が立ったしなんだか無性に泣きたくなって、気がつけば「ごめん。今日はもう帰る」って言って慌ててグラスを持ったまま止めに入るユキを無視して自宅のベッドでうつ伏せになって泣いてた。
…あれ?おれ、なんのためにこの期間頑張って張り切ってたんだっけ?なんでこんなに楽しみにしてたんだっけ。もう、訳わかんないよ。バカ。