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    mugi63i7

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    mugi63i7

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    ※未読のキャラエピ、カドスト等あり。
    既出の情報との相違があるかもしれませんが、ご了承の上でお読みいただけると幸いです。

    この世界に来て、「賢者」という役目を得て数か月。ようやく魔法使いのみんなのこともわかってきたように感じる。今日は北の魔法使いの任務に一緒に参加し、北の国に行ってきた。過酷な北の国での任務の後で疲れたはずなのに、なぜか眠れなかった私は、シャイロックのバーに立ち寄ることにした。

    「シャイロック…いますか?」
    そう言って扉を開くと、バーカウンターにはいつものように、グラスを磨くシャイロックの姿があった。
    「おや、賢者様。本日も眠れないのですか?」
    そう言った彼の向かいには、先客がいた。
    「賢者様も眠れないの?」
    「フィガロもいたんですね、お二人が一緒だなんて、なんだか珍しいですね」
    「今日は、西の色男のお悩み相談会なんだよ」
    「フィガロ様、どうしてそんなウソを?」
    からかい合う二人を横目に、私はフィガロの隣に座った。
    「どんなお話をしていたんですか?」
    「それは、シャイロックの恋愛観につ…」
    「他愛もない話ですよ」
    フィガロの冗談を遮りながらそう言ったシャイロックに、私は思い出したようにポケットの中を探った。
    「あ、そうだ、シャイロックに渡さなきゃならないものがあったんです。今日の任務の途中で拾った…あれ、どこに入れたかな…あ、あった!」
    そう言ってポケットから取り出したのは紫色の小さな宝石のような、「ムルの魂の欠片」だった。シャイロックは驚きながら、私の方を向く。
    「これを私に?」
    「えっと…ムルにそのまま渡しても良かったんですけど、なかなかムルに会えなくて…ここでシャイロックに会えたので、シャイロックに預けても大丈夫ですか?」
    「ええ、ありがとうございます、賢者様。」
    少し間があって、シャイロックは受け取った欠片をバーカウンターの上に置いた。
    すると、フィガロがグラスを傾けながら口をはさむ。
    「それさあ、集めてどうするの?」
    シャイロックはいつもの笑顔で答える。
    「集めて、ムルに戻します。」
    「ふーん、でも、それって本当に意味のあることなのかな」
    フィガロはグラスをあおり、シャイロックの方に目をやる。その言葉には、シャイロックの表情も少しくもったように見えた。
    「どういうことです、フィガロ様」
    少し場がひりつくのが分かった。この二人はいつも何とも言えない威厳があるから、そんな二人が一緒になるとちょっとした緊張感がある。私は口をはさむこともできず、そのままそっと話を聞くことにした。
    「仮に全部見つけて、元のあの聡明な哲学者さんに戻ったとして、それは本当に君の望み通りなのかなと思ってさ。今のムルこそ、君の思い通りのムルで、今の方が君好みなんじゃないのかなって。違う?」
    前に月触の館に行ったときに、ムルの欠片が言っていたことを思いだした。そして、その欠片のムルが言っていたことに憤っていたシャイロックのことも。
    「フィガロ、もうそのあたりで…」
    そう言って場をおさめようと思った時、シャイロックがグラスにワインを注ぎ始めた。
    「フィガロ様のおっしゃる通りです。私がしていることに意味があるのか、私にもよくわかりません。そもそも、すべての欠片を集めたところで、元のムルに戻る保証もありませんし。それに、聡明な彼も、猫みたいになつく今のムルも好きです。でも、憎らしく思うのは聡明なかつてのムルの方かもしれませんね。」
    「それじゃあ、欠片なんて集めなくていいじゃない。集めた先で君の傍にいるのは憎らしいムルなんでしょう…それじゃあ……って、あれ?欠片は?」
    フィガロの言葉で、今まで欠片があった場所に目をやると、欠片が無くなっている。あたりを見渡すと、黒猫が欠片をくわえて部屋を出ていくのが見えた。
    「ちょっと待った!」
    そう言って私は一目散に黒猫めがけて駆け出した。
    「賢者様!」
    「賢者様、シャイロック!」
    とにかくシャイロックのバーから出ていった猫を追いかけて、私は夢中で走った。すると、急に視界がゆがんだ。
    「え?」
    「賢者様!」
    シャイロックが私を呼ぶその声を最後に、私の目の前は真っ暗になった。

    -------------------
    「…賢者様!賢者様!!」
    名前を呼ぶ声が聞こえて目を開けると、そこにはシャイロックがいた。
    「…シャイロック?」
    心配そうに私をのぞきこんでいたシャイロックの顔に安堵が戻った。状況が飲み込めていない私を見かね、少し申し訳なさそうに状況を教えてくれた。
    「あの黒猫を追いかけていった賢者様は、そのまま階段から落ちてしまったんです。私もすぐに追いかけて、すんでのところで手を掴んだのですが、私も一緒に落ちてしまって…申し訳ありません。」
    シャイロックは私を助けようとして、一緒に階段から落ちてしまい、今ここにいると伝えてくれた。
    「シャイロック、ありがとうございます。私のせいですみません… けがは…」
    「おかしなことに、魔法舎の階段から落ちたというのに、一切けがはしていないんです。それに、全く見覚えのない場所に来てしまったようで…」
    そう言われてあたりを見渡すと、自分にはどこか見覚えのある景色だった。
    読める文字、聞き覚えのある音楽、懐かしさすら感じるこの景色…
    「あれ…?帰ってきちゃったの…?」
    「かえって…ということはここは賢者様の住んでいた世界なのですか?」
    心のどこかでいつか帰れたら…そんなことを思っていなかったわけではない。でも、いざ、こんな急な形で帰ってきてしまうと、どうしたらいいのか、複雑な感情が心の中をぐるぐるしていた。そんな私の混乱をよそに、シャイロックは笑顔で私に話しかける。
    「良かったですね、賢者様。そうです、せっかく帰ってこられたのです。何か、したいことは無いのですか?」
    シャイロックはこんな時でも冷静で、私の事まで気遣ってくれる。そんな彼の優しさを噛み締めながら、この世界に来たきっかけを思い出してハッとする。
    「って、そうですよ!ムルの欠片探さないと!あの猫もこっちの世界に来ているとかじゃないですかね?」
    「いいんです、欠片のことは。別に元のムルに戻らなくてもいいんですから。」
    こちらに来る前、フィガロと言い合っていた話を思い出した。きっとその話を引きずっているのだろう、少し皮肉交じりに言う。
    「シャイロック…」
    彼にかける言葉が見つからず、私は立ち尽くしてしまった。すると、シャイロックがある看板を指さした。
    「賢者様、あれなんて面白そうじゃないですか?」
    そう言ってシャイロックが指さしたのは、美術館の企画展示のポスター広告だった。
    <月に魅せられた芸術家たち>
    「あ、これ…」
    見覚えのあるポスターについ声が出てしまった。
    「もしかして、賢者様…」
    「実は、機会を逃して行けなかった展示だったんです。好評だったんでしょうね、作家を変えて2回目の企画展示になるなんて」
    「それではこちらに行くことにしましょう。せっかく、偶然にも展示期間中に戻ってこられたのですから。」
    「いや、でもせっかくならシャイロックが行きたい場所に行きましょうよ、例えば…」
    そう言いかけた私の口元にシャイロックは人差し指を当て、片目を閉じて見せた。西の色男の洗礼を受けた私は、少しドキッとしてしまった。じゃあ…と、私は申し訳なさを感じつつも、シャイロックの言葉に甘えることにした。

    美術館に入ると、たくさんの月をテーマに描かれた作品がならんでいた。有名な西洋画家の絵から現代の作家の絵まで、バラエティにとんだ展示はとても心躍るものだった。ずっと行きたかった展示だった、ということもあり、会場の中に入った私は、我を忘れたように作品に没頭して鑑賞していた。2つ目の展示室を出たときに、ふと我に返り、シャイロックと一緒に来ていることを思い出し、シャイロックを振り返った。
    「ごめんなさい、私、置いてきぼりにしちゃいましたよね…ってあれ?」
    振り返ると、シャイロックはいなかった。
    シャイロックをさがして順路を戻ると、一つの絵の前でシャイロックは立ち止まっていた。
    その絵は、月に手を伸ばす子供を描いたものだった。
    その絵を見るシャイロックの横顔は、いとおしさと、どこか寂しさも感じた。

    「この絵、素敵ですね。」
    シャイロックのそばに行き、私が声をかけると、驚いたようにシャイロックが言う。
    「賢者様。申し訳ありません、私をさがしに戻ってきてくださったのですよね。もう大丈夫です、先に進みましょうか。」
    「こちらこそ、本当にごめんなさい、急に知らない世界に来て、こんな場所に連れてこられて、色々追いつかないですよね…。」
    申し訳なさそうに話す私に、そうではないと、先程の絵を見ながら優しく言った。
    「違うのですよ。この世界の人々は、こんな風に月を見て、様々なことを感じているんだなと、感心していたのです。さぁ、先に進みましょう。」
    シャイロックの言葉を聞き、ハッとした。
    帰ってこられたことで気持ちも高揚していたのだろうか、彼らにとって月がどんなものか忘れていた。彼らはあの月を追い返すために毎年命を懸けて戦っていて、今回の襲来では10人の仲間が石になった。軽率にこの美術館に入ってしまったけれど、シャイロックにとっては、嫌なことを思い出させてしまったのではないか…そう思ったら、
    さらに申し訳なさがこみあげてきた。
    そんな私の心のうちを見透かしたようにシャイロックが言う。
    「賢者様、何か悪いと思っておいでではないですか?大丈夫ですよ、私も純粋に展示を楽しんでいますから。本当にお優しい方ですね、賢者様は。」
    「優しいのはシャイロックの方ですよ。そうしたら、続き、一緒に見て回りましょう!」

    その後は、一緒に絵を見て回った。本当にたくさんの絵があった。月がメインの絵、月と風景を描いた絵、月と動物の絵、月明かりの下の人間の営みを描いた絵…どれも素敵だったけれど、月を「厄災」の象徴として描いた作品は、この美術館にはなかった。だからこそ、シャイロックには複雑な思いを抱かせてしまっただろうと、少し心が痛んだ。

    美術館を出て、見た絵の感想を話しながら歩いていると、そうだ!と、私は以前シャイロックが言っていたことを思いだした。
    「シャイロック、ぜひシャイロックを連れていきたい場所があるんです。一緒に来てくれますか?」
    シャイロックは一瞬驚いたような顔をした後、にこやかに笑ってこちらを見た。
    「私を…ですか?ぜひ。賢者様からお誘いいただけるなんて光栄です。」
    「それじゃあ、ここからそう遠くないので、私が案内しますね!」

    そう言って、私にとっては久しぶりの、シャイロックにとってはおそらく初めての電車に揺られ、目的地を目指した。
    シャイロックは初めて見るであろうこの世界の景色にも、特別驚きを見せることは無かった。奇天烈で不思議で新しいもの好きの西の魔法使いらしく、きっとこの景色すらも受け入れて楽しんでいるのだろう、そう感じた。
    そうして2人で他愛もない話をしながら電車に揺られ、少し歩いてようやく目的地に着いた。

    ついた場所で見た景色に、シャイロックは息を呑んでいた。
    「これは…」
    一面見渡す限りのブドウ畑。そして丘の上に立つワイナリー。夕暮れ時の沈みかけた太陽が、一面の緑を照らし、昼間とは違う美しさを作り出している。
    「少し前に魔法舎で山梨の話をしたら、行ってみたいとシャイロックが言っていたなと思いだして…どうですか、シャイロックの故郷と似ていますか。」
    「えぇ…とても美しいですね。国は違えど、人々の営みとブドウ畑が共存しているこの景色、私の好きだった景色です。」
    そう言ったシャイロックの瞳には、懐かしさと、今はこの景色がなくなってしまった寂しさもあったように見えた。
    「すみません賢者様、もう少し、この景色を眺めていてもいですか。」
    「もちろんです。思う存分、この景色を楽しんでください。」

    私も、この山梨の素晴らしい風景に感動して、一緒に眺めていた。シャイロックはこの風景を見て、どんなことを感じたのだろうか。楽しかったことを思い出しただろうか、それとも…
    少し経った頃、シャイロックはしなやかな動作で、私に手を差し出す。
    「このような素敵な景色をありがとうございました、賢者様。もしよろしければ、今度は私にお付き合いくださいますか?」
    シャイロックのお誘いに少し驚きながらも、私は笑顔でもちろん!と答えた。
    すると、いつものようにパイプを取り出した。
    「<インヴィーベル>」
    そう言ったシャイロックは、私を箒に乗せて空へと舞い上がった。
    こっちでも魔法が使えたんだなと驚きながらも、使えた魔法を使わなかった彼なりの優しさを感じ、野暮なことを言うのはやめた。

    ほうきから見る、見知ったはずの街並みは、いつもは見られない、美しい景色で見とれてしまった。上空から見た景色にうっとりしていると、シャイロックがこちらを見て言う。
    「賢者様、今日は一日ありがとうございました。」
    「とんでもないです、こちらこそ、突然異世界に来たのに連れまわしてしまうようなこと…」
    「いえいえ、大変興味深かったです。実を言うと、賢者様の考えておられたように、私たちにとって月は、あまり良いものではありません。特に、私にとってはもっと、でしょうね。」
    「シャイロック…」
    やっぱり私の考えていることに気づいていたとわかり、申し訳なさがこみあげる。そう。シャイロックにとって月はただの厄災というわけではない。言うなれば「恋敵」だろうか。

    「どうしてでしょうね。大いなる厄災なんて、厄介ごとしか持ち込まないというのに… 毎年厄介な戦いに参加しなければならないことはもちろん、私が大切にしたいと思った友人も、月に魅入られて月のことばかり。あの月が無ければ…そう思ったことが何回あったか、数え切れません。
    今日の美術館の絵は、様々な月の捉え方をしていて面白かったです。神聖なものの象徴、日常に溶け込んだ風景の一部、芸術のような美しさの対象、そして、人々の月へのあこがれのまなざし…
    私はあなたが出会ってきた、どの人よりもどの魔法使いよりも月が嫌いで、月を憎んでいると思います。しかし、こうも心を奪われてしまう…。そう、ああやって、いつも美しく輝きながら、私の大切なものを奪っていくのです。さぁ、着きましたよ。」

    気づくと、大きな湖が見える場所に着いていた。
    着いた場所で私の眼前に広がっていたのは、輝く満月が、富士山の上に見え、さらに同じ景色が湖面に写るという、とても神秘的な景色だった。

    「先ほどの美術館で、とあるチラシを見たのです。そこに、今日ならこの景色が見られるかもしれない…と書いてあったので、ぜひ今日のお礼に賢者様をお連れしたいと思ったのです。“パール富士”というそうですね。」
    「パール富士…話に聞いたことはあったのですが、色んな条件が揃わないと見られない、貴重な現象で見られないだろうと思っていたので… すごくすごく綺麗ですね。それに、湖面に富士山がうつっているのも本当に綺麗…」
    「賢者様の世界で、こんなに神秘的で素敵な景色を見れるなんて、私は幸せですね。」

    目の前の絶景を見ながら、いつものようにパイプをくゆらせ、シャイロックが話し始めた。
    「今日、美術館で立ち止まった絵ですが、あの絵を見たときに、強い月へのあこがれと執着が感じられて…私の友人と重なってしまったのです。
    賢者様に、ブドウ畑を見せていただいた時もそうです。あんなに素敵な景色を見せていただいたのに、心の中ではずっと私の故郷の景色を奪った彼のことを考えていたのです。」
    シャイロックの故郷は、ムルの生み出した魔法科学の力で汚染され、徐々にかつての美しさが失われていった。
    「当時も彼との交流はありました。もちろん、彼自身の研究の弊害についても、彼は知っていたことでしょう。しかし、私の故郷が美しい景色を失っていく中、ムルは隣にいて慰めてくれるわけでもなく、当時彼の興味の中心にあった魔法科学の発明の話ばかり。私の故郷を破壊したことなんてどうでもいいんですよ、彼にとっては。
    月についてもそうです。彼は自身の探求心に任せて、いつも月のことばかり。どれだけ彼と熱い議論を交わそうと、幾年と一緒に時を過ごそうと、彼の一番の興味はいつだってあの月なんです。彼の好奇心と執着心はもちろん尊敬していますし、それが彼のいいところだとも思っています。ただ…私も長く生きていますが、ここまで何かに執着したことは無いんです。自分でもびっくりしますよ。愛する故郷を奪い、そして月に恋をする厄介な男。」
    シャイロックは終始いつものように笑みをたたえて話をしていたが、その顔は呆れているようにも、怒っているようにも見えた。
    「彼の好奇心は、いつか人をも殺めてしまうかもしれない。心のどこかでそう思っていましたが、まさか、本当にそうなってしまうとは思いもしませんでした。あのときは、これで懲りてくれればいいと、すがすがしささえあったのです。
    ホワイト様が亡くなったときも、オズ様に殺されそうになった時も、何度、彼のために命を懸けたかわかりません。その度に、もううんざりだと、何度思ったか数え切れません。ですが…」

    シャイロックが月を見上げて続ける

    「でも、どうしても…彼がどうにかなってしまうことには耐えられないんです。」

    「ああ憎らしい。私のいちばんの人。」

    そう言ったシャイロックの瞳は悲しそうにも、どこかいとおしさも感じた。

    「でもやっぱり、会えることなら、あのムルに…知的で傲慢でどこか私の思い通りにはいかない、そんなかつてのムルに会いたい、そう思ってしまうのですから、私も困った男ですよね。」
    シャイロックの胸の内を聞いた私は、シャイロックに向き直って言った。
    「会いましょう!会えます、きっと欠片を集めていったら…全部集まらなくたっていいんです。でも、きっと集めた欠片が多ければ多いほど、かつてのムルに近づくんじゃないでしょうか。私も欠片集め手伝います!それに、魔法舎の魔法使いたちも絶対にシャイロックに協力してくれます。だって、シャイロックは私たちの大切な仲間ですから。」
    「賢者様…」
    「それに…きっとシャイロックは完璧なかつてのムルに会えても会えなくても、きっとありのままのムルを大切にできます。」
    「なんだかおかしいですね、好きなのに嫌いで、愛したいのに憎らしい。」
    「心なんて矛盾だらけですよ。きっと、人間も魔法使いも。でも、だからこそ深みがあるんじゃないでしょうか。それに、シャイロックはその矛盾を愛することが得意な西の魔法使い、でしょう?」
    シャイロックはどこか吹っ切れたように私に笑顔を向けてくれた。

    シャイロックの複雑でどこか屈折したような感情を、すべて理解することは難しい。でも、こんなに長生きしている魔法使いがここまで執着するものも珍しい。だからこそ、彼にはその執着を大切にして欲しい、そう思ってしまった。たとえそれが矛盾した感情を含んでいたとしても。

    「こんな素敵で神秘的な夜には様々な奇跡が起こるようですね。」
    そういったシャイロックの視線の先には、魔法舎のバーで見た黒猫が欠片をくわえてこちらを見ていた。
    「あ!黒猫!!」
    黒猫を追いかけようとする私に、シャイロックは優しく聞く。
    「賢者様、また私たちの元に一緒に来て下さるのですか?」
    私はシャイロックの手を取って答えた。
    「もちろんです。私もその哲学者のムルに会ってみたいですし、シャイロックが彼に会えるように協力しますからね。」
    私の言葉にシャイロックは笑顔を返してくれた。そうして私達は、黒猫に導かれるようにして、魔法使いの世界に戻った。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    魔法舎に戻った私とシャイロックは、たくさんの魔法使いから心配された。一緒にバーにいたフィガロが恐らくことの顛末を魔法舎の魔法使いたちに伝えて、魔法舎中に知れ渡ったのだろう。

    広場に集まってくれたみんなに挨拶をして、それぞれの部屋に戻ろうとすると、目の前にはフィガロの姿があった。
    「賢者様にシャイロック。よかった、あの夜、猫を追いかけて突然消えるものだから、驚いたよ。あの夜も満月で、厄災の影響もあったんだろうね。2人でどこに行ってたの?」
    私が答えようとする前に、シャイロックが前に出た。
    「フィガロ様、以前の答えですが、私は今のムルが好きです。自分のいうことを聞いてくれる、素直で気まぐれなムル。それでいて、かつての聡明なムルのことは今でも憎らしく思っています。人の気なんて知らず、いつも自分の欲のむくまま研究を続け、最愛の人を見つめるように月を眺める私の思いどおりにならないムル。でも…でも、そんなムルを同時に愛しています。ここまで誰かに執着したことはありません。だから、かつて愛した彼を取り戻せる可能性がまだ残っているのなら…私はもう一度彼に会いたい。……なんて、らしくありませんね、少し話しすぎました。」
    最後は少し茶化すような笑みを浮かべていたけれど、シャイロックの真剣なまなざしには迷いがないように見えた。
    「そう、何かついた先で思うところがあったんだろうね。俺も何かできることがあれば協力するからいつでも言ってよ。」
    「そういうあなたこそ、何かにもっと執着してみたらどうです?」
    「言うねぇ、シャイロック、君も」
    「売られたケンカは買うのが西の流儀ですから」
    少しひりついた空気を一掃するように、ムルがシャイロックの首元に抱きつく。
    「シャイロックおかえりなさい!どこに行ってたの?ベネットの酒場?未開の天文台?もしかして、月?月だったら俺も連れてって欲しかった!」
    「さぁ、どこでしょうね。賢者様と二人だけの秘密です。ほらムル、口を開けて」
    ムルは言われたとおりにシャイロックの前に座って、口を開ける。
    「ムル、私のこと、今でも好きですか?」
    ムルはいつもの屈託のない笑顔でシャイロックに言う。
    「うん!シャイロックだーいすき!!」
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