白兎過去編的な「こちらにいる2人が、貴方の新しい両親ですよ、“不可知の獣”──いや、ここでは白兎君と呼んだ方がいいでしょうか」
そう紹介する霧谷の後ろに半ば隠れるようにして、白兎は二人の人物を見上げた。
人の良さそうな笑顔で目線を合わせるためにしゃがむ男と、白銀の髪が美しいが怖そうな女。
(……これがお父さんとお母さん?)
これからこの人たちと仲良く“ならなければならない”のか。
(……めんどくさいな)
だが霧谷がそうしろと言うのだから、そうしよう。
第一印象はそんなものだった。
-
“お父さん”や“お母さん”と仲良くならなければならない。
潜入任務先であればわりあい自然と人と話すことができたが、後見人──つまるところ両親なのだと思うと途端にぎこちなくなった。他者と心理的な距離を縮めることが苦手なのだ。潜入任務先の人間関係はすぐに解消されるからどうとでもなったが。
そもそも柳楽夫妻にあてがわれたのも随分遅かった。9歳頃に拾われ一般常識やレネゲイドコントロールの訓練を受け安定してからという、真っ当な理由のある時期とはいえ、今更家族を作れといわれても遅すぎる年齢だった。
父親の方は頻繁に声をかけてきて機嫌を伺ってくる。正直鬱陶しい。
だが邪険に扱うのは霧谷の命令に反するので、相槌くらいは打った。相手が甘いものを持ってきて食べるかと問われれば、食べると答えた方が適切だろうと判断して頷いた。
父親も仕事が忙しいらしく日本支部から離れることはほとんど無かったが、一度だけ動物園に連れていかれたことがある。入園するまで正直ダルかったくせに、様々な動物を実際に見るのは勉強になったと感じた。自分が本能的に知っている様々な動物の姿を客観的に観察するのは新鮮だった。行った意味があったと思う。
母親の方は白兎にとって不可思議な存在だった。
白兎の知る“母親”像とはまるで異なっていた。無視をする訳では無いが会話を始めあらゆる行動が必要最低限。愛想などまるで無い。夕食を共にする際など、両親との会話を試みたことは実は何度もある。子供らしく無邪気に振舞おうとしてみたり、何となしに雑談をしようとしたり、描いた絵を見せてみたり。が、母親に対してはなしの礫だった。
そのうち関係性を構築する意欲を失った。
話すだけ無駄だ。話しても良いことなどない。
父親は近すぎ、母親は遠すぎた。どちらともうまくやれなかった。
-
(……霧谷さんのとこにいたかった)
任務の話をしている方がよほど楽だ。危険な任務に投入され、成果を上げれば相場通りの報酬を得、休息を与えられれば一人で過ごせる。ホームの方が性に合っていたのに。
(どうして後見人なんか……)
もう自立できる年齢なのだから離れたいと思う。しかし霧谷からの両親と仲良くというありきたりな言葉を命令と捉えた過去の自分が作った枷から逃れられなくもあった。霧谷がよかれとこうしたのなら、両親と仲良くならなければ。……どうやって?
(……めんどくさい)
命令じゃないのだから、いいだろう、もう。
霧谷の秘書になれないかと本気で考え始めた頃。
何度か顔を合わせたことのある、K市支部長の娘──支部長に就任した大鷹桃香に引き抜かれてK市に配属されることになる。
霧谷と離れるのは少々惜しい気がしたが、日本支部にいたところで話す機会はそう無いからまぁいいか、と思った。
両親から離れられる方がほっとするような気がした。
家族になるための虚しい努力をしなくてもよくなるから。
終
-----
結局1人でマイペースに絵を描いてるのが性に合うような子になっちゃったよ〜!飽き性で諦めが早く、あまりものに興味を持たず自分の意思に乏しい…かった