フレーバー・テ×××はぁ、はぁ、はぁ。
彼は息ひとつ乱していないというのに、騎士たる自分はといえば……神の剣に有るまじき、情けない姿を晒していた。息を切らしながらも懸命に踏ん張る。
事の始まりは、悪漢を容赦なく降した異端審問官・テメノスに導かれ、大聖堂までの道程を護衛を申し出た瞬間から。おそらく鍛えられているであろう、前を歩く健脚に今もついていくのが精一杯。それもそのはず、登り慣れていないものを拒むかのような坂、坂、坂の大激坂。九十九(つづら)折りを遠景に眺めた時は、声にこそ出さなかったが厳しい訓練に使われた山々を思い出し背筋が凍ったものだ。この審問官はここをほぼ毎日登り降りしているらしい。加えてこの重装備。もちろん訓練を怠ったりはしていないが、標高が高く酸素も薄い。心が折れそうになるも、なんとか足を前に進めている状態だった。
唐突に、進んだ先の広場で彼の足が止まる。どうかしたのかと駆け寄…れずに足を縺れさせると、困ったように笑われてしまった。
「おやおや…子羊くんには休憩が必要そうですねえ」
お荷物、と遠回しに言われているのかもしれない。実際そうだ、彼ひとりならこの道程を半分程度の時間で登り切れるのかもしれなかった。ならばと呼吸を整えてはっきりと意志を伝えた。
「いいえ、必要ありません…!まだまだ、いけます…!」
顔を上げて彼を見た瞬間、ふわりとした何かが鼻腔を掠めていく。
「……?どうかしましたか?」
随分と間抜けな顔を晒していたらしい、怪訝そうに杖を構えられてしまう。
「いっいえ、なんでも」
咄嗟に否定すれば「そうですか」と短く返事をしてまた前を歩く。その間も鼻の奥に残る甘い香りがなかなか抜けていかず、なんとなく見つめていると彼の法衣からのぞくうなじが薄らと汗ばんでいた。……香りが強くなった気がした。
目の前の人に気を取られていると、不意に魔物が現れて一瞬出遅れてしまった。戦闘が終わると嫌味っぽく「うしろで守られてましたねえ」なんて、護衛の本文を忘れた事実を突きつけられてしまう。売り言葉に買い言葉を返せば、次は失敗しないようにと気を引きしめた。
坂にも慣れ、呼吸に余裕が出来たからか何か話してみようとさっき思ったことを口にする。
「そういえばテメノスさん、何かつけてますか?さっきから甘くていい匂いがして」
「……もしかして私、口説かれてます?」
どんな香水を使っているのか気になっただけなのに、予想外の答えに驚いて大きな声が出てしまった。
「ええっ!?そんなつもりは……!!」
「なにもつけてませんよ……子羊くんのえっち」
その答えが示す、汗ばんだ肌から香る"これ"はこの審問官そのものの匂いだということ。急に恥ずかしくなり、ペースを上げて大教会への階段を駆け上がっていった。
後日宿屋で更なる試練を課される事を、この時の僕は知る由もないのだった……
END