「せーんせ!」
放課後、人気もまばらな廊下に響いたのは変声期途中のしゃがれた声だった。声が出しづらいのだろう、歪に揺れる声音は少し苦しそうで、菅原は十数年ほど前に迎えた自身の第二次成長期に思いを馳せる。しゃがれた声の主は、菅原が受け持つ現代文のクラスの生徒だ。及川が所属するクラスの担任ではないので、授業以外での関わりはない。しかし、どうしてかすっかり懐かれて、授業中・休み時間・放課後問わず「先生、先生」と菅原の姿を見つけると花が咲いたように笑い、駆け寄ってくる。ついこのあいだは、体育の授業中にグラウンドから2階にいる菅原に声をかけてきて、すぐそばにいた「懐かれていますね」と化学教師に笑われた。この化学教師はいかにも好好爺といった人だから良かったが、学年主任などに見つかったら「生徒との距離が近すぎる」とどやされていたかもしれない。
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