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    ご飯が美味いはなし まるで地獄のような毎日を生きていたのかもしれない。
     香坂が死んでも俺の毎日は変わらない。朝飯替わりのパワーバーを口に詰め込んでスリーピースのスーツに腕を通して仕事に向かう。同僚と会話をして事件の捜査を続けてあっという間に香坂が死んでから1週間も2週間も過ぎて「相棒殺し」と後ろ指刺されるようになったのはきっと俺が動揺を見せない、変わらなさからだろう。
     香坂を追って死ぬ程の仲でもなくそれでも死ぬ前のあの日のメールを見れば胸が詰まるし生きた心地などしなかったし、ある日ふと気付いた事があった。
    「味がしない」
     仕事から帰ってきてスーパーのお惣菜売り場で購入した弁当、割と忙しい時にはこういう夕飯が多い。いつも選ぶ弁当を今日も選んでかきこめばそう、味がしなかった。
     弁当をみつめ咥え箸をしながらこんなに味が薄いものかと首を捻る。薄いにしたってほとんど感触だけのそれに美味しさは感じない。
     この弁当がおかしいのか?と思いながらもさっさと食べ終わり就寝する。
     翌朝、いつも通りパワーバーを口にした。これまた味がしない。それが何日も何週間も続く、正直腹も減らないようになってきて何日か食べないような日々を続けて流石に食べなきゃまずいかもしれないと感じた時に食べ物を口にした。
     こうなるともう可笑しいのは自分かもしれないと思いながら今日もいつも通り玄関を出る。強い日差しに目が眩みよろける、こんなに日差しが強いのは初めてだと感じながらそこで意識が飛んだ。
     気付けば病院のベッドで横たわり点滴が繋がれている。「倒れたのか」と1人誰もいない病室で呟けば急に襲ってくる情けなさに胸が締め付けられた。
     そこからはあっという間に異動辞令が出て俺の体調を気遣ってという名目で体良く捜査一課から外された。
     仕事して生きてさへ行ければどこで働いたって構わなかった。ただ、1日が長く感じる。
     捜査一課にいた頃は目まぐるしく1日はすぐに終わったのに。

     定時上がりで帰宅すると今まで忙しくて見れなかった海外ドラマや映画に手をつける事が出来た。
     今日はたまたま目についたSFスリラーの映画を観る。DVDをセットしてつまみと酒を用意して部屋を暗くする。寝落ちする事を前提に毛布まで用意して。
     うつらうつらとしながら投薬によって仮想現実を体験でき受刑者の刑に現実では1分しかたっていないのに脳では1年間を刑務所で過ごした事に出来るというセリフを聞き寝落ちする。
     俺のこの日々も仮想現実だったら良かった、そう思って少しだけ涙が滲んだ。
     
     

    「あーーー今日もあっという間だったねー!」
    「そうだな。走り回って一日終わった…疲れた。」
    「飯食って帰る?」
    「〜いいよ、何食う?」
     機捜で伊吹と組むようになってからの日々はあっという間だった。入電があって飛び出す日々と巡回や密行も忙しない日々に騒がしい相手と朝飯を食べたのに気付けば昼や夜になっている。
     あの1日が長い日々を思い出すともう遠い昔のような気がしていけない。
    「そいやここの行きに小せえ蕎麦屋あんの。ああいう店ってなかなか入れないから余計行ってみたいんだよね。」
    「あー、地元の人しかこないみたいな店な。わかる。ってかまた蕎麦かよ。」
     昼うどんだったのに。と笑えばうどんと蕎麦はちげーじゃん?と腕を振ってオーバーリアクションの伊吹が言う。分駐所の鍵を握り足をばたつかせている奴に急かされるように帰り支度をすれば背中を押されてはやくはやく!と扉を出た。
     こうしてなんだかんだと同じ道を帰り休日まで飲みに行ったり誘われたりお互いの家で適当に飲み食いして下らない話で盛り上がっていると時々とてつもない罪悪感に襲われる。ベロベロに酔って記憶は無いが伊吹の前で俺は泣いたことがあるらしい。
     生きててごめんと香坂の名前を口にして。
    「俺はね、志摩。お前が生きててよかったよ。」と何故かシラフの俺に何でも無いことみたく言うあいつの優しい顔が瞼の裏に焼き付いて離れない。酔って泣いてる志摩には伝わらないだろうから今の志摩に言うね。と照れ隠しのようにぎこちなく笑う伊吹に俺まで照れて「おう」なんて気の利かない返事をした。
     そんな事を思い出しながら啜る蕎麦は腰があって美味い。蕎麦は硬めが好きだ。伊吹の気になっていた店は正解だった。
     美味いそばに唸りながら無言になるとガヤガヤと天井にかかっている古いテレビでは昼間のゴルフの大会が写っている。興味もないのにちらちらと画面を気にしながら俺は追加で頼んだ天ぷらを口に運んだ。
    「うま」
    「な、正解だった。また来よう。」
     食事の味がわかるようになったのがいつだったか思い出せないがそれが美味いのか不味いのかわかるようになったのは最近だ。
     多分、機捜に来て。そして目の前の伊吹と走り出してから。
    「……俺はお前に会えて良かった。」
    「…?何、そんなにこの蕎麦屋そんなに気に入った?」
    「…そう言うことにしとく。」



     え、気になるじゃん。何よ。と言う伊吹の最後のひと吸いを確認して店主に勘定を頼んだ。








     お前に会えて俺の世界は地獄じゃなくなったかもしれない。
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