ガマさんといぶきのはなし 俺の家は貧乏だ、最初からって訳じゃない。
俺が生まれた頃にはお母さんとお父さんがいてまるで絵に描いたようなファミリー感があった。小学校に上がる頃には弟が出来てこれからお兄ちゃんとしてしっかりしなきゃねなんて親や親戚に言われて俺もそうだ!俺はお兄ちゃんなんだ!って張り切ったりもしてた。
弟が小学校低学年になる頃仕事で帰りが遅くなりがちの父親が何故かその日は帰って来ず三人で夕食を済ます。お風呂に弟を入れて欲しいというお母さんのお願いを俺は聞いて浴室に向かうと弟はお気に入りのおもちゃが無いとぐずり俺はめんどくさいと思いつつ弟がこのまま泣き出してしまうよりはと思って小さなアパートのリビングに取りに行った。
するとテーブルに突っ伏している母が顔は見えていないのに泣いている事がわかって子供心に「もう二度とお父さんは帰ってこない」というのがわかった。
俺は弟のおもちゃを手に取ってそそくさと弟の待つ浴室に戻る。
お母さんのあの姿がずっと忘れられず弟が一生懸命話している学校の事など何一つ頭に入ってこなかった。
本当に父親が帰ってこなくなって、俺の母は文字通り身を粉にして働く。昼間はパートの掛け持ちをして空いていれば夜も働きに出ていた。日々疲れて帰ってくる母の為になればと食事の準備は俺が全て担うことになる。幸い料理は性に合っていたのか嫌いじゃなかった。それに自分の作った料理を弟や母がおいしいと言って食べてくれるのも気持ちが良かった。
アルバイトが出来る様になる頃には少し母の手伝いになればいいと思い近所の新聞配達を朝の少しの時間だけランニングがてら手伝った。
陸上部に来ないかという誘いがクラスメイトから入ったがランニングシューズやユニフォーム代など俺の家に出せる余裕はない。本当は入りたかったけど「いや〜部活はちょっと向いてない」とヒラヒラと交わして断った。
ホームルーム、○○くんの給食費が盗まれたと言う議題で長引いた。時計を気にしながら俺は少しイラついていて早く終われと思っていた。今日は夕刊を配る日で急いでる。それにそれが遅れれば夕飯の用意も遅れるんだ。
イラついた様子が態度に出ていたのか担任は俺に目をつけて給食費はお前が取ったんじゃないのかと難癖をつけはじめる。俺はただ急いでいるだけだと言ったけどなんでそんなに急いでいるのか問い詰められれば俺は黙るしかなかった。俺の通う学校はアルバイト禁止だったから。
ついにはもうクラスのみんなが俺を犯人だと決めつけていて俺を残してあとの生徒は帰らせた担任は教員室まで俺をつれて無意味な尋問を続ける。こんなの無駄だ、だって俺はやってない。バッグの中身だってなんだって好きに見りゃいいだろ。ムカつく。態度はますます悪くなる一方で最終手段だと担任は俺の母に電話をかけた。
血相を変えてやってきた母は俺の話を聞く事なく「申し訳ありませんでした」と平謝りをする。
違う、母さん、俺はやってない。そう言っても母は担任に謝り続けしまいにはその給食費分を担任に渡す始末だ。
なんで信じてくれないんだよ。俺は誰に信じて貰えなくても母さんにさへ信じて貰えたらそれで良かったのに。
お金の問題が解決すれば担任は母と俺をそれ以上責めず次はないぞと俺の肩をたたいた。
次も何も俺は何もしてない。悔しくて腹が立った。
帰り道、疲れ切った母さんは俺の隣をとぼとぼと歩いた。喋りたくない。俺はそう思って足早に家に帰る道を歩く。
「苦労ばかりかけてごめんね、私がしっかりしてればこんな事しなかったよね。」
「違う、母さんのせいじゃない。それに俺、金なんかとってない!」
今日はアルバイトの新聞配達もすっぽかしてしまった、きっともう手伝いはさせてくれないだろう。
道端に母さんを残して俺はその場から逃げるように走った。何もかも馬鹿みたいだと。
日が暮れて道端の街灯がつく。
肌寒くなる公園のベンチに座ってただじっと砂利を眺めていた。家に帰る気にもなれない。2人とも夕飯食べたかな?仕込んでおいた肉は焼けば食べられる。
なんでこんな人生なんだろう、俺の家だけこんななんだろう。父さんはなんで出て行ったのか、母さんはなんで俺を信じてくれないのか。
ふっと何かなの糸が切れてしまった。
翌日は家に帰らないまま学校に顔を出す。熱心に陸上部に誘ってくれたクラスメイトもまるで俺を給食費泥棒だと決めつけ挨拶すら返してくれなかった。
自分の席につこうとクラスメイトたちの冷たい視線の中を歩く。席には花瓶と花が生けられていた。
クスクス笑う声がしてそっちを向けばさっと黙る。黙るくらいならやるな、喧嘩なら買ってやる好きなだけ。俺は席においてあった花瓶を床に投げつけて怒鳴り散らした。
昔からカッとなるタイプだった。
大暴れした教室は騒然とし俺を避けてみんなが怖がっていた、泣いてる女子もいたしまるで怪獣だ。
今まで俺はそれなりに人当たりよくやってただろ、満遍なくみんなと話して挨拶だってちゃんとした。でも全部台無しだ。給食費を取ってなくたってこれが俺の終わりだって自分自身よくわかっていた。
それから俺の学校生活はめちゃくちゃで行きたきゃいくし行きたくなきゃ制服のままゲームセンターに行って時々柄の悪い奴らに絡まれれば喧嘩だってした。
俺の身長は180センチあって大概の奴らはそのタッパにびびって大した喧嘩にはならなかったけど。
その日は馬鹿みたいにデカい漢が相手で鍛えてるわけでもない俺はあっさりボコボコにされてしまう。通りがかりの人間が通報したのかパトカーのサイレンが近づいてきて相手はさっさと逃げてボコボコの俺だけがその場に残された。
「派手にやられたな。」
そういって手を差し伸べた警官は俺のボサボサで汚れた髪をはらいケラケラと笑う。うるせぇな。と悪態をつけば「威勢だけいいとまたやられるぞ。」と真剣な顔をして俺をパトカーに乗せた。
家はどこだ、学校はどこだと聞く警官に抵抗する気にもなれないくらい身体のあちこちが痛んでパトカーの窓にもたれかかりながら素直に答えていく。
「ほらついたぞ。」
「は?俺ん家じゃん、俺タイホされんじゃねーの?」
「しねーよ、お前みたいなのは死ぬほどいるしみんな警察に泊めてたら留置所は一杯だ。今日は帰れ。」
そう言って俺をパトカーから出しアパートの階段を登ってドアノブを握るまで警官は俺を見ていた。
「なぁ、アンタ名前は?」
「蒲郡、病院いけよ伊吹。」
なんで俺の名前知ってんだよ、そう思いながら俺は玄関を開ける。ドアが閉まるその時まで蒲郡は俺を見守っていた。
家族とはめちゃくちゃだった。
母とはもうあの給食費の一件から話はしていないし、喧嘩して帰ってきたり補導されて戻ってくる兄を尊敬する弟なんていない。俺は息子としても兄としても最低だ。
弟は俺を無視して兄にはっきり物を言わない母の事も嫌悪し始めた。小さなアパートでこんなに距離が近いのに会話はない。俺ももうこの家で食事の支度をすることもないだろう。幸せだったのはたったひとときのことだった。それがもう遠い遠い昔の事のような気がして痛む身体をそのままに制服のまま眠りについた。
気付けば翌日の昼も過ぎた頃で、俺はまだ痛む身体を起こして汚れた制服を脱ぎTシャツとジーパンに着替えて家を出る。学校にもいく気にはなれないしこの家にいるのも嫌だった。
金もない俺が行くところもなくふらふらと歩いていると「伊吹」と声をかけられた。俺をそう呼ぶ人間は今や1人しかいない。
「蒲郡…」
「呼び捨てすんな、さん付けろ。さん。」
昨日俺を家まで強制送還させた警官、蒲郡は呑気に欠伸をしながら俺の背中をバシンとたたく。
「いてーよ、ガマゴオリサン。」
「病院、行ってないだろ。」
行く金ねーよ。そう思いながら黙りこくれば蒲郡はじっと俺をみてから顔の傷や腕の傷をじろじろと睨んで「まぁ、折れてるとこはなさそうだから大丈夫だな。」とまたあの時みたいなケラケラした笑顔で笑った。
サボってないで仕事しにいけよと俺がにらめば残念ながら今日は休暇。と言う蒲郡の手には白いビニールぶくろが下がっている。なんか美味そうな匂いもしてきて思わず俺は生唾を飲み込んだ。
そんな様子をみて蒲郡は袋の中身を取り出して食うか?なんて言う物だから調子が狂う。一応俺だって所謂不良だ、素直に食べたいなんて言えないと下らないプライドをぶら下げて顔を逸らせば「素直じゃない奴だな。」とあたたかい唐揚げをぐりっと俺の口に押し付けた。
歩きながらじゃなんだからと空き地に座り込んで口に押し込められた唐揚げを咀嚼しながら蒲郡の話を聞いた。他愛無い話で奥さんが作る料理が最高に美味しかったりでも洗濯物の畳み方が変だから時々俺がやり直す。とか、俺にとっちゃどうでもいい事だけど唐揚げを食べ切るまでに聞く話の内容としてはちょうどいいもので俺は黙って蒲郡の話を聞いていた。
思えばこんなにちゃんと人と話をしたり聞いたりするのは久しぶりだ。
他愛ない話が終わると蒲郡は残りの唐揚げを俺に持たせてくれた。家で食うんじゃねーの?と聞けばお前の方がうまそうに食べるからやるよ。とヒラヒラと手を振って去ってしまう。変な警官。また、そう思って俺も素直に貰った唐揚げを手にぶら下げて歩き出した。
蒲郡とはそれからちょくちょくと会うようになった。
変な警官、そう思いながらも押し付けもせず適当な会話だけする関係が心地よかった。
喧嘩をして駆けつけてくれるのも蒲郡になっていつの間にか俺は彼を「ガマさん」と呼ぶようになった。
ガマさんは俺が悪いことをすれば遠慮なく叱り飛ばすしそれでも次の日は学校をサボる俺とキャッチボールをしてくれた。
この人が俺の父親だったらよかったのに。そう思いながら「学校行けって言わねーのかよ。」と言えば「学校なんて行きたくなきゃ行かなきゃいんだよ。」と答えてくれる。
母が過労で倒れそのまま死んでしまった。霊安室の前で俺と弟はただ黙ってベンチに座る。
先に沈黙を破ったのは弟で「俺、あの家出るよ。」と言うから俺もうなだれた頭を持ち上げもせず俯いたまま「うん」と返事をした。
どうやら弟はバイトで一人暮らしをする準備をしていたらしい。ずっとこの家を出たいと思っていたのはきっと俺も弟も母さん含めみんな同じだったと思う。拒否もしない。その方が絶対にいいとわかっていた、でも今聞きたくなかった。
滞りなく葬儀を済ませ納骨が終わる。
あんなに小さいと思っていたアパートからは母の荷物と弟の荷物が消えて無駄に広く感じてしまう。母とはあれから一度も話をしなかった、たった一度の事で意固地になっていた自分に嫌気がさす。
自殺なんて考えたこともなかったけどこういう虚しさに引き摺り込まれてしまう恐ろしさに身震いした。
ガマさんに渡されていた名刺をひらりと手にした。俺はそこに書いてあった電話番号に電話をする。
「どうした?」とまだ名乗ってもいないのにガマさんは相手が俺だとすぐ気付いてくれた。声をあげて泣きたい気分だったがどうしたらいいか分からなくてただ「ガマさん」と呼べば蒲郡は「家にいるのか?今から行くから待ってろ」と電話を切った。
数十分もすると玄関をノックする音が聞こえる。真っ赤にした顔でドアを開ければそこにはガマさんがたっていた。
がらんとしたアパートに招き入れると優しい声で「伊吹」と俺の肩を叩いてくれる。
それを合図のようにして俺はみっともなく声をあげて泣いた。
母親が死んでしまったことや弟が家を出て行ってしまったこと。自分にはもう何も残っていない事、何をしたら正解なのか分からないことも。
ガマさんは俺の話をただ、黙って聞いてくれていた。散々泣き散らかしたあと俺はそのまま眠っていたようで気付くと毛布がかけられていた。
台所では音が聞こえ俺は立ち上がってそっちに視線を向ければガマさんはそれに気付いて「起きたか?お前寝すぎだぞ。」と似合わないエプロンをつけてならない手つきで料理をしている。
18時46分、夕飯の時間になる時刻を指した時計を見るなり俺の腹がグルルと鳴った。
ガマさんの作った不格好な目玉焼きを皿にうつし2人でつついた。
「伊吹、俺の家に来ないか?」
「え?」
このアパートで一人で暮らす気はおきないし俺にとっては願ったり叶ったりだけど。ガマさんの家で全く他人のガマさんと奥さんと俺という変な構造に違和感しかない。俺は行きたいというのを躊躇した。
するとガマさんは俺たちの間には子供がいないしこれからも出来ない。お前さへ良ければ俺の家に住んで欲しい。勿論家内にも話はしてあるしお前が出て行きたくなったら出て行って構わないんだ。とゆっくりと俺に伝えた。
俺は目頭がぐらぐらと熱くなるのを感じて咄嗟に俯いた。「伊吹、嫌か?」そう聞いてくるガマさんの顔を真っ直ぐ見ることもできず涙声で擦れる声を振り絞って「嫌じゃない、行きたい。」と答えた。
家族とはめちゃくちゃだった。
母とはもうあの給食費の一件から話はしていないし、喧嘩して帰ってきたり補導されて戻ってくる兄を尊敬する弟なんていない。俺は息子としても兄としても最低だ。
弟は俺を無視して兄にはっきり物を言わない母の事も嫌悪し始めた。小さなアパートでこんなに距離が近いのに会話はない。俺ももうこの家で食事の支度をすることもないだろう。幸せだったのはたったひとときのことだった。それがもう遠い遠い昔の事のような気がして痛む身体をそのままに制服のまま眠りについた。
気付けば翌日の昼も過ぎた頃で、俺はまだ痛む身体を起こして汚れた制服を脱ぎTシャツとジーパンに着替えて家を出る。学校にもいく気にはなれないしこの家にいるのも嫌だった。
金もない俺が行くところもなくふらふらと歩いていると「伊吹」と声をかけられた。俺をそう呼ぶ人間は今や1人しかいない。
「蒲郡…」
「呼び捨てすんな、さん付けろ。さん。」
昨日俺を家まで強制送還させた警官、蒲郡は呑気に欠伸をしながら俺の背中をバシンとたたく。
「いてーよ、ガマゴオリサン。」
「病院、行ってないだろ。」
行く金ねーよ。そう思いながら黙りこくれば蒲郡はじっと俺をみてから顔の傷や腕の傷をじろじろと睨んで「まぁ、折れてるとこはなさそうだから大丈夫だな。」とまたあの時みたいなケラケラした笑顔で笑った。
サボってないで仕事しにいけよと俺がにらめば残念ながら今日は休暇。と言う蒲郡の手には白いビニールぶくろが下がっている。なんか美味そうな匂いもしてきて思わず俺は生唾を飲み込んだ。
そんな様子をみて蒲郡は袋の中身を取り出して食うか?なんて言う物だから調子が狂う。一応俺だって所謂不良だ、素直に食べたいなんて言えないと下らないプライドをぶら下げて顔を逸らせば「素直じゃない奴だな。」とあたたかい唐揚げをぐりっと俺の口に押し付けた。
歩きながらじゃなんだからと空き地に座り込んで口に押し込められた唐揚げを咀嚼しながら蒲郡の話を聞いた。他愛無い話で奥さんが作る料理が最高に美味しかったりでも洗濯物の畳み方が変だから時々俺がやり直す。とか、俺にとっちゃどうでもいい事だけど唐揚げを食べ切るまでに聞く話の内容としてはちょうどいいもので俺は黙って蒲郡の話を聞いていた。
思えばこんなにちゃんと人と話をしたり聞いたりするのは久しぶりだ。
他愛ない話が終わると蒲郡は残りの唐揚げを俺に持たせてくれた。家で食うんじゃねーの?と聞けばお前の方がうまそうに食べるからやるよ。とヒラヒラと手を振って去ってしまう。変な警官。また、そう思って俺も素直に貰った唐揚げを手にぶら下げて歩き出した。
蒲郡とはそれからちょくちょくと会うようになった。
変な警官、そう思いながらも押し付けもせず適当な会話だけする関係が心地よかった。
喧嘩をして駆けつけてくれるのも蒲郡になっていつの間にか俺は彼を「ガマさん」と呼ぶようになった。
ガマさんは俺が悪いことをすれば遠慮なく叱り飛ばすしそれでも次の日は学校をサボる俺とキャッチボールをしてくれた。
この人が俺の父親だったらよかったのに。そう思いながら「学校行けって言わねーのかよ。」と言えば「学校なんて行きたくなきゃ行かなきゃいんだよ。」と答えてくれる。
母が過労で倒れそのまま死んでしまった。霊安室の前で俺と弟はただ黙ってベンチに座る。
先に沈黙を破ったのは弟で「俺、あの家出るよ。」と言うから俺もうなだれた頭を持ち上げもせず俯いたまま「うん」と返事をした。
どうやら弟はバイトで一人暮らしをする準備をしていたらしい。ずっとこの家を出たいと思っていたのはきっと俺も弟も母さん含めみんな同じだったと思う。拒否もしない。その方が絶対にいいとわかっていた、でも今聞きたくなかった。
滞りなく葬儀を済ませ納骨が終わる。
あんなに小さいと思っていたアパートからは母の荷物と弟の荷物が消えて無駄に広く感じてしまう。母とはあれから一度も話をしなかった、たった一度の事で意固地になっていた自分に嫌気がさす。
自殺なんて考えたこともなかったけどこういう虚しさに引き摺り込まれてしまう恐ろしさに身震いした。
ガマさんに渡されていた名刺をひらりと手にした。俺はそこに書いてあった電話番号に電話をする。
「どうした?」とまだ名乗ってもいないのにガマさんは相手が俺だとすぐ気付いてくれた。声をあげて泣きたい気分だったがどうしたらいいか分からなくてただ「ガマさん」と呼べば蒲郡は「家にいるのか?今から行くから待ってろ」と電話を切った。
数十分もすると玄関をノックする音が聞こえる。真っ赤にした顔でドアを開ければそこにはガマさんがたっていた。
がらんとしたアパートに招き入れると優しい声で「伊吹」と俺の肩を叩いてくれる。
それを合図のようにして俺はみっともなく声をあげて泣いた。
母親が死んでしまったことや弟が家を出て行ってしまったこと。自分にはもう何も残っていない事、何をしたら正解なのか分からないことも。
ガマさんは俺の話をただ、黙って聞いてくれていた。散々泣き散らかしたあと俺はそのまま眠っていたようで気付くと毛布がかけられていた。
台所では音が聞こえ俺は立ち上がってそっちに視線を向ければガマさんはそれに気付いて「起きたか?お前寝すぎだぞ。」と似合わないエプロンをつけてならない手つきで料理をしている。
18時46分、夕飯の時間になる時刻を指した時計を見るなり俺の腹がグルルと鳴った。
ガマさんの作った不格好な目玉焼きを皿にうつし2人でつついた。
「伊吹、俺の家に来ないか?」
「え?」
このアパートで一人で暮らす気はおきないし俺にとっては願ったり叶ったりだけど。ガマさんの家で全く他人のガマさんと奥さんと俺という変な構造に違和感しかない。俺は行きたいというのを躊躇した。
するとガマさんは俺たちの間には子供がいないしこれからも出来ない。お前さへ良ければ俺の家に住んで欲しい。勿論家内にも話はしてあるしお前が出て行きたくなったら出て行って構わないんだ。とゆっくりと俺に伝えた。
俺は目頭がぐらぐらと熱くなるのを感じて咄嗟に俯いた。「伊吹、嫌か?」そう聞いてくるガマさんの顔を真っ直ぐ見ることもできず涙声で擦れる声を振り絞って「嫌じゃない、行きたい。」と答えた。