風真くんは魔法使い手芸部の文化祭一年目のファッションショー、応援のために舞台袖に入ると涙目で慌てている彼女がいた。
納得がいかず土壇場でデザインを変更したため縫製が間に合わず、ギリギリで最後のサイズ調整をしているのだそう。
助けて、と言われるまでもなく、彼女が針を持っていた手を掴んだ。
そこから優しく針を抜き取ると、どうしたらいいのか指示を仰ぐ。ウエストをもう少し詰めたいとのこと。
ピッタリとしたシルエットが重要だそうで、そういえばこの頃颯砂と彼女が走り込みとストレッチをする姿をよく見かけた。あれは今日に向けての身体作りだったのだろう。
袖をすこし引っ張って、肩部分にも針を入れてやる。彼女のほっそりした二の腕を露わにするドレスにどきりとする。9年前と違う部分を見つけるたび、心のどこかが痛む。
「ホントにありがとう、風真くん!すごく助かった」
「どういたしまして。晴れ舞台、楽しんでこいよ」
「うん!」
鏡にもう一度向き直った彼女がぽつりと溢す。
「風真くんて、魔法使いみたいだね。これで私、やっと舞踏会に行けるんだよ」
その言葉にどんな感情を向けるのが正解なのかすぐには分からなくて、同じくらいの小さな声で「光栄です、姫」と言った。
彼女が舞台袖のカーテンを心許なさそうに掴むと、強いライトが差し込んで彼女を模った濃い影を作る。
これは俺自身だと思った。
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演劇の衣装を見に纏って、鏡に向き直った彼女にいつかのファッションショーを思い出した。
主演にふさわしい衣装は、手芸部である彼女自身で制作することになった。昨日はやっとできたと嬉しそうに報告に来たのに、いざ本番前になると見覚えのある泣きそうな顔をしている。
縫い合わせが終わっていない部分があったらしい。小道具入れから裁縫道具を掴んで、慌てる彼女の肩に手を置いた。
「落ち着け。どの部分だ?」
「袖のところ、わかるかな…」
指示を聞きながら針を刺す。周りもバタバタと準備で忙しく、こちらの様子を気にする者もいない。
「こんな感じでどうだろう」
「わあ、ばっちりだよ、ありがとう風真くん」
「どういたしまして」
襟元をただしながら、彼女が鏡越しの俺を見た。
「なんか思い出すね。一昨年も風真くんがこうして助けてくれたでしょ」
そうだっけ?ととぼけると「もう」と言いながらこちらを向く。
「風真くんに魔法使いみたいだって言ったじゃない」
そうだったかな、と先ほどと似たような言葉を返して道具を元の場所へ戻した。
「俺は、」
何になりたかったんだっけ。
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「ねえ、もう準備できた?」
赤いお椀をかぶって、本日の主役が袖の向こうからこちらを覗いた。
「風真くんのおかげで、なんとかなったよ」
「そなの?リョウくんはなんでもできちゃうね」
本多が彼女の衣装を見て感心のため息をつく。
「第六天魔王が針仕事っていうシーン、ウケたかも」
ニコニコしながら俺に向かってそんなことを言うから、苦笑いで答えるしかない。
『きみの王子様になるよ』
彼がクリスマスで彼女にそう言うのが聞こえていた。
それに応えるように彼女の目は潤んでいて、俺はどうしようもなくて。近くにいた七ツ森に八つ当たりして冷めたチキンを食べた。
間もなく舞台の幕が上がる。練習で何度も聞いたナレーションが流れ出す。
ライトアップ。舞台袖に手をかけた本多が、彼女に振り向いて頷く。
彼が足を出すと、カーテンの隙間から強い光が刺して濃い影を作った。
死ぬほど眩しくて目を瞑った。本多に渡すへし切り長谷部を強く握って、ひたすら台詞を思い出そうとする。
俺は彼女の王子様になりたかった。