かつて、笑顔で溢れる小さなステージがあった。様々な世界を見せてくれる、とても賑やかな、小さなステージ。
そこはいつでも笑顔に溢れていた。親を急かして手を引くこどもの声、開演を待つ期待の声、歓声、終演を惜しみつつも溢れる感動の声。
そしてその笑顔は4人と2体のロボット、きぐるみだけになっても途絶えることは無かった。
園内で耳をすませば聞こえてくる、楽しげな声。きっとそれに混ざってちらちらと聞こえてくるのは、週末のショーのセリフだろう。
そんな小さくもあたたかいステージに、奇妙な噂があった。
静まり返ったそのステージで、どこか寂しそうな声が聞こえる。
かた…かた、と、舞台袖で音がする。
この施設のスタッフたちからの報告が絶え間なく続き、とうとう責任者から相談があった。他の誰でもなく、オレたち…ワンダーランズ×ショウタイムに、行ってみてはどうか、と。
「…ここも、久々だな」
毎日通っていたフェニックスワンダーランドも、3日も足を運ばないと懐かしく思えてしまう。変わってないな…いや、たかが3日で変わるものか。
「…」
そう、変わったのはオレたちの方。あれだけ賑やかだった一行は、今や会話など成り立たない。オレの発した小さく枯れた声に、返される言葉はなかった。
…こんな時、どうしていたか。オレは座長として、何か気の利く言葉を掛けていただろうか。いや、こんな時は…
「…行こうか」
オレじゃない。いつだって、オレやワンダーランズ×ショウタイムの背を押してきたのは、オレじゃなかった。それを感じ取ってしまったのか、えむの悲しそうな顔が更にくしゃりと歪んだ。
「えむ、無理しないで」
目の下に濃いクマを作った寧々は、震える腕でえむの背をさすった。恐らく数日眠れていないのであろう、顔色も優れてなければ声も掠れている。
ふるふる、と力なく首を振ったえむを確認し、オレは1歩を踏み出した。
異様に脚が重く感じ、やけに道のりが長く感じる。地を踏みしめる音など、自身の心臓の鼓動で少しも耳に入ってこない。オレは今、しっかりと歩を進められているだろうか。
着いた先には、あの日から変わらないオレたちのステージ。ただ静かに、寂しくオレたちを迎え入れた。
…あぁ、思い出してしまう。絶え間ない笑顔を、幸せだった日々を。脳裏に焼き付いたシーンが、嫌でも再生を続ける。そのひとつひとつにもういない無邪気なオレたちがいて、どうしても、抑えきれず震えた息が吐き出された。
「どこ…どこにいるの…?」
震えた小さな声を発したえむが、おぼつかない足取りで歩き始めた。その後ろでどさりと音がした直後、押し殺しきれなかった寧々の嗚咽が漏れる。
「いるのか…?なぁ、類……」
自分でも驚くほど情けない声だった。きっと聞かれていたら、役者として怒られてしまうほど消え入りそうな声。けれどそれを叱責する奴なんて…
「ーーおや、遅かったじゃないか」
震えた空気に、風のざわめきも止むほどの一瞬の静寂。聞こえるはずのない、ずっと待ち望んでいたその声に、もしかしたら息すら止まったかもしれない。
身体が硬直してしまったまま動けないでいると、その声の主は更に言葉を続けた。
「…待ちくたびれてしまったよ」
どう聞いても、脳がその答えに結びつけようとしてしまう。一抹の希望は確かにあった。どうか、その姿を…優しげな声と一緒に微笑む顔を。
『どうやら、ワンダーステージで声が聞こえるそうだ』
『誰もいないステージの舞台袖で、さぎょうをしているような…音がすると』
『…もしかしたら…彼が…君たちを待っているのではないか?』
「る…い……」
「どうしたんだい、泣きそうな顔をして」
「そんな顔をしないで、ショーを始めようじゃないか!」
【ワンダーランドの亡霊】