焚き火 ぱちぱちと弾ける炎を見て、何を思う。
答えは、何も。
海と同じだ。頭の中が空っぽになって、つま先まで「無」が満たしていく心地。自分が自分である、ただそれだけでいい、そんな感じ。
「……乾いたら行くぞ」
僕もファングもびしょ濡れで、それは思いがけない水浴びで。まさか噴水が降ってくるなんて思わないじゃないか。B級映画のカーチェイスよりハラハラした。
「薬莢無事かな」
「無事だろうし使わねえだろ」
残るミッションは闇に乗じて帰還するだけ。だから急ぐ必要も焦る必要もない。僕らを知る人間なんか、この時間に生息してない。一匹残らず地獄にいると思う。
「……聞いてんのか」
「なーに」
「乾いたら行くぞ、って」
「乾かないよ、当分」
だって、革靴の中までびしょ濡れなのだ。眼帯も水を吸って重い。ぱちぱちと火花を散らす炎は暖かく、小さくとも激しいダンスは目の中で鮮やかだった。
「……ファングって、炎みたい」
「はぁ?」
「荒々しいけど、いずれ消えちゃいそう」
「じゃあオマエは海だな」
「何で?」
「包み込んでくる底なし」
「ひど、沼みたい」
沼の方がお似合いだな、と笑いながら、長い銀髪を絞る。そんなことしたら痛んじゃう、せっかく綺麗なのに。
「相容れないね、僕たち」
「相容れてたまるかっつーんだよ」
ファングが「全部しけってら」と煙草を箱ごと焚き火に突っ込むもんだから、いっきに煙が臭くなってしまった。やだなあ、こんなもの浴びたくない。
「乾いてないけど、行こうか」
「そんなにこの匂い嫌いかよ」
「うん、嫌い。ファングの匂いじゃなくなるから」
くはは、と口だけで笑って、ファングは僕の唇にキスをする。
「……サイテーな味」
「ざまあねーな」
「どうせするキスなら甘くないと」
「人生とオナジってことだ」
生ぬるい、苦い舌を舐めて、唾を吐き出す。僕も今、焚き火の味がするんだろう。違う、海の味か。ううん、どちらでもいい。
「底なしの愛をあげるよ」
「そんなら激しく燃えて応えてやるよ」
叶える気のない約束事をひとつ、炎の上で交わして走り出す。足跡が水たまりになってなきゃいいけど。