キス 頬の熱が伝わってきそうだ。
はじめの一回は、いつも緊張する。そろそろと顔を近付けていって、そのまま一瞬、時が止まって。このまま唇を重ねて本当にいいのだろうか、という動揺とか、これから触れ合う個所のあたたかさが予想出来て鼓動で耳が爆発しそうになったりとか、息の湿り気にぴくりと反応してしまう自分の表情を念入りに観察されているんじゃないかという羞恥心とか、そういった葛藤がぐわっと押し寄せて。でも、そんなことでこの衝動を止められるわけがなくて。
意を決して目を瞑って、僅かに身体を傾ける。ほんの少し、唇が触れる。その瞬間全身が粟立ち、硬直する。もう、何度もやっているのに。無意識に呼吸を止めていたことに気付き、アイツに気付かれないように細く息を吐いた。何となく、呼吸を聞かれるのが恥ずかしかった。そんなことはお構いなしで、アイツは俺の後頭部に手を回す。
二回目からは、アイツは少し乱暴になる。若干顔を離しただけなのに、次に瞬きをする時には再度唇が合わさっていた。さっきよりも強く押し付けたそこを、つう、と舌で舐められる。俺はいつもその程度のことで身体を震わせてしまう。神経が全部、唇に集まっているみたいだ。くすぐったいような、こわいような、やっぱり恥ずかしいような熱がぐわっと湧いてきて、ぎゅっと目をつむることしか出来ない。耳の中で心臓がうるさい。ふわふわと浮いているような心地がした。
三回目からは、もう、欲望のままだった。俺は小さく口を開けて、アイツの舌を迎え入れた。水を得た魚のように、アイツの舌は俺の口内を弄ぶ。吸ったり舐めたりなぞったり、そのたびに反応する自分が恥ずかしくて悔しくて、お返しと言わんばかりに俺もアイツの舌を吸う。そうするとアイツはさらに深く舌を入れてきて、俺の呼吸を攫ってしまう。まるで、獣に喰われている感覚だ。このまま全て吸い尽くされてしまう気がした。
そこから先は、数えきれない。顔の角度を変えては唇を吸いなおす、足りなくなったら舌を食む、それを何度も繰り返される。呼吸のタイミングがわからなくて、息が零れる時に小さな声が漏れてしまう。その声すら余すところなく食らいつくそうとするものだから、最終的に俺は呼吸ができなくなって、口が痺れて、頭も痺れて、視界がくらくらして、アイツの胸の中に倒れこむことになる。
その程度でアイツは満足しないけれど。
大きく呼吸をしながら、ああアイツの肩の匂いがするなあとか、潤む視界に入る銀髪が眩しいなあとか、とりとめもないことを考えていると、チビ、とぶっきらぼうな声が降ってくる。
「この程度でヘバってんじゃねーぞ」
顎をグイっと掴まれて無理やり上を向かされる。この身長差がなければ、俺ももうちょっと応戦できたんじゃないだろうか。弧を描いた口元は濡れていて、俺を映す瞳は上機嫌そうだ。負けたくない、と思ってしまう。この行為に、勝ち負けなんてないのに。
「……あたりまえだ」
今度は俺から、アイツの唇を舐める。終わりのない攻防戦。上気した頬の熱。
もっと欲しい、というこの願望を、人は愛と呼ぶのだろうか。