ジェームズを曖昧な夢から醒めさせたのは、部屋を静かに満たすピアノのメロディだった。
時刻にして深夜の0時を回ったばかり。部屋まで届く音色は幽かだが、そのメロディはジェームズもよく知っているものだった。
クロード・ドビュッシーの〈月の光〉。ベルガマスク組曲の第3番にあたり、変ニ長調、8分の9拍子という中々に複雑な形をしているが、ベルガマスク組曲の中では最も易しい曲だ。ドビュッシーはヴェルレーヌの詩「月の光」を基に、想い人に贈るために作曲したと謂われる。
ああ、確かここは、一気に高音に上がって変ニ長調からホ長調に変わるところだ。En animantに誘われて、微睡みを誘うオルゴールのごとく高く美麗な旋律。この高みから、一気に音が堕ちていくフレーズが、ジェームズは一番好きだ。
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