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    takanawa33

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    takanawa33

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    五七 バニーミンパロ

     温和そうな顔つきでいてその内側に誰よりも狡猾な内面を持つ男たちが穏やかそうに談笑を楽しむテーブル。一目見ただけでイタリア製だと分かるスーツやオーダーメイドのシルクシャツ、飴色の靴は薄暗い照明の中でもキラキラと光りタイピンに納まる小ぶりの宝石は値段相応の輝きを見せつけている。
     ここに集まる理由は交渉でもなければ接待でもない。誰もがみな、会話を楽しみにやってきているだけだ。このラウンジにいる間だけは世界有数の資産を持つ御曹司でもなく、古い時代から世襲を繰り返してきた芸能の人間でもなく、一世代で富を築き上げた社長でもない。誰もが平等に扱われる。
    (あー、まんじゅう食べたい)
     そんな社交場の中でひと際若く、見目麗しい男が一人。
     カウンターで一人あくびを噛み殺しているのは五条悟だ。江戸時代に祖先が築き上げた財閥で資産を増やし、戦後に祖父がその手腕を持って財産を守り抜き、今の時代は主に不動産関連で資産を増やし続けている一家の嫡男である。五条グループといって国内で知らない者はいない。いたとしたらよっぽどの頓珍漢だ。
     そんな日本有数の資産家である五条悟は積極的にここにやってきたわけではない。あまりに自由奔放に生きる息子に痺れを切らした父が「社会勉強にいってこい」とハイヤーに彼を詰め込み、この紳士の社交場『下弦』に放り込んだのだ。
     とはいえ親しい人間がいるわけでもない金持ちの集団にいきなり飛び込み参加するほどコミュニケーション能力が高いわけでもなくやる気もない。頼んだオレンジジュースを飲みながらあくびを噛み殺し続けること一時間、そろそろ社会勉強を終えて帰りたい。もういいかな、スマホで迎えを頼もうかと画面をタップした時。
    「さきほどから随分お暇なようですね」
     後ろから声をかけられ、悟は振り返った。
     金髪を七三になでつけ、丸いグラスをかけた男は無愛想と評価しても問題ないような無表情な顔で空になったグラスを指さした。
    「別のジュースをご用意しますか?」
     首を傾げると揺れるうさぎの耳。さっきから何度も悟の前を往復している店員と変わらない服装。そう、ここ『下弦』はバニーボーイが接客をこなすバーラウンジなのだ。
    「……お前、名前は?」
     上はシルクのゆったりしたシャツに覆われた清楚な装いに反して、胴回りをキュっとしめあげるエナメルのコルセットはレオタードのように下半身を覆っている。剥き出しの脚は脱毛しているのかツルツルと輝いていた。白い脚を見せつけるように無防備に晒している足元には黒のヒールつきショートブーツ。
     店のコンセプトなのか、やたら顔の整ったスタッフが多い中、悟はこのバニーから目が離せないでいた。自分より深い、海色の瞳があまりに美しく、そして挑発するように剥き出しになった足も、見せつけるように締め付けられた腰も、シャツ越しにも分かるムチムチとした胸があまりにも魅力的なのだ。
    「ナナミと申します。七つの海と書いて七海」
    「お前、名前まで綺麗だね」
    「よく言われます」
     その七海はヒールをコツコツと鳴らしながら悟の横に立ち「今度はイチゴジュースでも召し上がりますか、お坊ちゃん」と笑うので、悟は思わずその手を取った。
    「七海が食べたい」
     いわゆる一目惚れである。社会勉強をしてこいとは言ったがそういうことじゃない、送り出した父親が頭を抱えそうな案件が今ここで起きていることなど誰も知らないのだった。

    「ご冗談を」と軽く流されイチゴジュースを差し出されてから三日。悟は父が感心するほど例のバーラウンジに通い詰めていた。
    「おや、五条さん。またいらしたんですね」
     どうぞ、とお決まりのジュース(本日はラフランス)をレースのハンカチで水滴を拭ってから差し出してくれる七海がフロアに去っていく姿をひたすら見つめる。
     尻もいい。正面から見た時には豊満な胸とハイレグ目な際どい脚の露出に目がいったが、歩くたびにプリプリとエナメル生地の奥で動く尻の肉も大変においしそうである。早く食べたい。いや、しかし、その道のりは遠い。
    「あ、ナナちゃん」
    「はい、おじさま」
    「ナッツが切れちゃったよ~」
    「ではお持ちしますね。おじさま、きちんと糖質制限なさってますね、とても立派です」
     ナナちゃんに言われたから、とこどものように笑うあそこの席の男は大手車メーカーの社長。
    「ナナちゃ~~~ん」
    「聞こえていますよハチくん。焼酎ですね」
    「ナナちゃんがいれるお湯割りが一番おいちいよ」
    「ハチくんにはかわいくて美しいお孫さんがいらっしゃるでしょう。たまにはご家族でディナーに行かれてもいいのでは?」
     お湯割りを受け取って目尻を下げているのは人間国宝の田中八郎太。先日国営放送で流された弟子を厳しい顔で稽古している姿とはかけ離れた姿である。
    「七海ぃ、もううちの会社は入っちゃいなよ」
    「嬉しいお誘いですが浅慮な私には勿体ないお話ですよ。ところでおさわりはおやめください」
     あっちこっちで、七海は声をかけられては軽くいなしていく。そうなると五条悟もそのうちの一人にすぎない。
     あの、五条悟がだ。
     生まれた時から勝ち組確定でどんな人間からもチヤホヤされて女の子には笑いかけるだけで惚れられてしまい頭もよくて運動神経もよく、体格にも恵まれているこの五条悟が「冗談はおやめください」この一言だけで軽くいなされた。
     男とは本能的に逃げるものを追いかけたくなるものである。そして五条悟はこれが人生で初めての狩りであった。その最初の獲物がウサギとは好都合。
     絶対に、手に入れてやる。
    「五条さん、おまんじゅういりますか?」
     そんな悟の心中も知らずに狙われているバニーこと七海は小皿に乗せた老舗和菓子屋のおまんじゅうをそっと悟のカウンターテーブルにおいていくのだった。

    「五条さんは、みなさんとお話にならないんですか」
     シュワシュワ弾けるベリージュースを差し出した七海がレースのハンカチで水滴を拭う。いつも胸ポケットに仕舞われる繊細なハンカチ。
    「お前と話してるほうがずっといいよ」
    「でもせっかく色々なお客様がいらしてますし。お勉強になりますよ」
     ねえ、と笑いかける細くなった瞳の奥に揺らめく海の色が堪らない。清潔感のあるリボンタイにしめられた白い首に噛り付きたくなる。
    「でもやっぱり七海がいい」
     意地になった子供のように口を尖らせると七海は白い手袋をとり、綺麗な爪を伸ばしてツンと五条の唇に触れた。
    「私も、五条さんとお話するのは楽しいですよ」
     そう言って席を立ってしまう七海のくびれた腰を見つめながら、五条は頬が熱くなっていることに気付くのだった。

    「なぁ七海、お前さえよければ一緒に住もうよ。どこでも買ってあげるよ」
     何度目か分からないお誘いに七海はレースのハンカチで五条の口元を拭きながら笑った。
    「ご冗談を。こんなウサギに構っている暇があるのならあちらのおじい様たちとお話なさっては?」
    「お前と話したいんだよ、僕は」
    「……ちなみに、どこを買ってくださるのですか」
    「どこでも、お前がいいってところなら」
    「……でしたら、港区がいいですね。三年後の国際会議の誘致で地価があがるので」
    「ほんと? じゃあそこ買っておく」
    「一緒に住むとは言っていませんよ。気が早い人」
     では、と席を立つ七海のヒールの音すら心地いい。なかなか振り向いてくれないウサギにやきもきしながら、五条は受け取ったレースのハンカチをクンと嗅ぐのだった。

    「悟、港区のマンションを買ったのか?」
    「うん、なんで?」
     父に呼び出され悟はリビングのマカロンを摘まみながら頷いた。
    「なんでまた。お前今まで仕事に興味なんかなかっただろう」
     それは貴方が教えてくれたバーラウンジのバニーのケツを追っかけまわしているからです。と正直に言うのも面倒なので悟は「なんとなく」とマカロンを飲み込んだ。
    「そうか、あそこは私も検討をしていたところでな。三年後に大規模な誘致活動があるから地価があがることが分かっているんだ。そうか、あそこに通って悟もとうとうそういう知識を身に着けたんだな」
     うんうん頷きながら感動している父には悪いがそれは七海の知識である。
     しかしそんなこんなで、七海を口説く、七海が助言する、悟が実行する、父に褒められるのサイクルが完成しつつあった三か月後のこと。
    「え、今日は七海いないの?」
    「風邪で来れないみたいです、申し訳ありません」
     黒髪のバニーに頭を下げられ悟は項垂れた。この三か月、七海の出勤している日は毎日のように通っていたのだ。
    「……それで、七海から五条さんに言付けなんですけど」
     灰原と名乗ったバニーは尻ポケットからメモ帳を取り出すとペンでサラサラと記入し、破いた紙を五条に差し出した。
    「これ、七海の住所と連絡先です。もし今日も五条さんがくるようなら渡しておいてほしいと言われました」
     どうぞ、と差し出された白に罫線の入ったシンプルな紙が神々しく見える。
    「え、あ、これって」
    「七海、言ってました。あんなに熱心に通ってくださってるのに休んで申し訳ないって。五条さんさえよければいらしてくださいって」
     灰原は笑ってから少し真面目な顔で口元に手を当てて声を落とす。
    「あ、ちなみにこんなことするの五条さんだけですからね。僕も七海がこんなこと頼んでくるの初めてですし」
     では、と背中を押された時、灰原がもう一言添える。
    「七海、おいしいパンが好きですよ」
     明るい声を背後に受けながら、閉まる扉の音を聞いた。

    「本当にいらっしゃるなんて」
     七海が住んでいるのは思っていたより簡素な作りのマンションだった。
    「どうぞ、上がってください。それともウサギじゃない七海に興味はありませんか」
     ネイビーのパジャマに白のカーディガンを羽織った七海はバーラウンジで見るより幼く見えた。降りている髪のせいなのか、それとも熱で赤くなった頬のせいなのか。
    「そんなわけないじゃん、あがるよ」
    「そうですか、でも五条さんはいつも私のお尻ばかりやらしく見つめていたので」
     ばれてるし。五条は買ったばかりのスニーカーを放り出し、狭い廊下を渡ってリビングについた。こんなにリビングまで短い家ってあるんだ、と思ったが言わないでおいて、七海が出したジュースを口につける。
    「あ、そういえば、おみやげ、これ」
     はい、と渡した紙袋を覗き込んで、七海の顔が綻んだ。
    (かわいい)
    「ありがとうございます。私、パンが好きなんです」
     知ってる、とは言わずに「よかったね」と言えば「はい」と素直にバゲットの香りを吸い込んでいるので吟味した甲斐がある。
    「……それで、五条さん」
     向かいに座った七海が五条の目を覗き込む。いつもは撫でつけてある前髪が降りているぶん、どこか人形のようだった七海が身近に感じる。
    「今日は、私を抱きにきたんですか?」
     海色の瞳がジっと見つめてくるので、五条は純粋に「なんで?」と口から零れ出た。それから自分でも驚く。いや、だって、この状況はどう考えてもエッチオーケーの状況なんだからそりゃ抱くでしょ。そのために今までお店に通い詰めていて、そして今日がその千載一遇のチャンスじゃないの。なのに、なんで疑問に思っちゃうわけ。
    「ちがうんですか? あれだけ私のことをエッチな目でみていたのに」
     七海が笑う。保護者のような優しい顔に混乱していた五条はストンと気持ちが落ち着いた。
    「うん、七海とはエッチしたい。めちゃくちゃしたい。できるなら今すぐしたいけど、病人にスることじゃないし、僕、七海とお話するのが楽しかったんだ。だからエッチしなくてもいい。いや、めちゃくちゃしたいけど、それは今じゃなくていい」
    「……よくできました」
     そう言って笑う七海の海色の瞳が、悟はやはり好きだった。
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