「お~い、なんかよぉ、すっげぇ気が爆発してたんだけどよ、あれって悟飯だよな?」
な、な、とピッコロの家にやってきては肩を組んでくる馴れ馴れしいことこの上ない旧友というか、宿敵というかをジットリと見つめながら家主は深い深い溜息を吐き出した。
「そうだが、お前そんなこと俺に聞かずに本人に聞け」
「いや、オラもそうしたかったんだけどよ、なんか本を読むのに忙しいからピッコロに聞けって」
あの野郎。娘の世話だけでなく父親までこっちに回そうなんていい度胸だ。ピッコロはコメカミをヒクヒクさせながらまだ肩に乗っかってくるサイヤ人を壁に向かって放り投げた。
「俺はこれから修行だ。だから簡潔に説明してやろう。そうじゃないとお前はいつまでもつきまとってくるからな。確かにあの禍々しい気は悟飯のものだ。俺はアレを悟飯の中に眠る獣が覚醒したものだと思っている。言うならばビーストってところだな。怒りが最高潮に達した瞬間、アレは生まれた。だがそれ以外はわからん、わかったか!」
「ええ~、つまり悟飯が今までになく怒ればまたアレになるってことか? オラ手合わせしてぇんだよぉ、あんなつえぇヤツほっとけるわけねぇだろ」
なあなあ、と振りほどいたにも関わらず後ろをついてくる悟空に振り返り一言。
「くどい! アレについては俺もわからん! 本人もよくわかっとらん! だから手合わせしたくともどうにもならん存在なんだアレは!」
「いい~……なんでそんなに怒ってるんだよ意味わかんねぇ。でもよ、悟飯が怒るようなことすれば出てくるってことだろ……う~ん」
「ふん、まあ、悟飯を怒らせたくても無理だろうな、なんてったってあの変身は俺がきっかけで」
フフン、鼻を鳴らす。あの悟飯を目覚めさせたのはほかでもない自分だと、ピッコロは少しばかりの優越感に浸っているのだ、ここ数日は。この宇宙で一番強い悟飯、気高き獣、それの引き金となった。この自負の心は数日程度では薄れることはないだろう。
そんなピッコロの横でうんうんと唸る悟空。しかし、それは爆発した。
空気をビリビリと揺らすこのプレッシャー、恐ろしいほどの気の膨張。禍々しいオーラ。
「おい! ピッコロ!」
「分かっている!」
二人は一目散にその気のもとへ飛んだ。
場所は間違いなく悟飯の自宅。
何かあったのか、いや、それにしては大きなエネルギーは一つしか感じられない。
そうなると一体なにが、どんなヤツが悟飯を二度目の覚醒に導いたというのか。
「悟飯!」
「悟飯どうした!」
父親と師匠が滑り込むように窓から悟飯の自室に入り込んだ瞬間、血のように真っ赤な相貌を持った獣がゆっくりと振り向いた。
「……ピッコロさん、お父さん」
禍々しく、超常現象にも似たようなビーストはその不吉さと相反するように大きく瞳を開いてキョトンと首を傾げる。
「どうしたんですか二人ともそんなに慌てて」
そしていつもと変わらない声音でそうのたまうので、思わずピッコロは牙を剥き出しにした。
「どうしたもこうしたもお前がまたそんな危なっかしい変身をしているから飛んできたんだろうが!」
「あ、あ、あ~! そっか、すいません、どうにも腹が立って」
むむむと眉間に皺を寄せる悟飯。その様子に悟空はピッコロの脇を小突く。
「なあ、なんか聞いた話と違くねぇか?」
小声で言う悟空。悟飯は持っていた本を指さした。
「だって見てくださいよココ! パンちゃんのために買った図鑑なんですけどパオズオオムカデの学名が間違ってるんですよ!」
指さす写真の先に「やあ」と掲載されているでかいムカデ。悟空は悟飯と図鑑を交互に見つめて「……別によくねぇか?」と呟いた瞬間。
「よくない! 一回だけなら誤植かなぁって許す……いや、それも本当は許しちゃいけないんですけどこれで三か所目なんですよ間違えてるの! しかもまだ図鑑の半分もいってないのにこの量! こども向けと書いてあるからこそこどもに間違った知識を与えてはいけない、一番慎重にならなければいけない書籍でこの間違い! 量! 絶対に許せない……!」
ごぉ、と揺らぐ気に部屋の資料が風圧に飛んでいく。
「パパ、さっきからずっと悲鳴あげて最終的にこうなっちゃったんだよ」
実はソファに座っていたパンがそう言うと悟飯は一度大きく深呼吸してから「やっぱり、許せない」と図鑑を閉じる。
「悟飯! その姿のうちにオラと組手してくれよ」
「すいませんお父さん、僕これからこの出版社にいってくるのでまたあとで」
言うや否や、窓から飛び出していく閃光。
図鑑を抱えながら消えていく。
「え~、それまであの姿でいられんのかよ悟飯~!」
叫ぶ悟空。散らばった資料。
その光を見つめながらピッコロは呟いた。
「いや、それとこの前の怒りが同等なのか、悟飯」
獣は分からない。ましてや、ソイツは人智を超えているのだから。完。