Melt like Chocolate「よし、できた…!」
チョコレートを詰めた小さな箱に赤いリボンでラッピングをかける。
もうすぐバレンタインだなという話になった時、監督生から「自分の世界のバレンタインは好きな人にチョコレートを贈るんだ」と教えてもらった。僕もエースも付き合っているとはいえ、男子校だしただその日が過ぎるだけだと思っていただけに目を見合せた。話している時は興味無さそうにしていたくせに、寮までの帰り道で「デュースくんからのチョコ、ほしいな〜」なんてわざとらしく肩を組んで耳元で言われてしまったら、ふざけた言い方をしていても甘い声に誘われて頷くしかなかった。
そして明日をバレンタインに控えた今日、オンボロ寮のキッチンを借りてエースの為だけにトリュフを作って、今完成したところ。元々簡単なレシピだけれどマスターシェフのおかげでなかなかよくできていると思う。クローバー先輩に敵う味ではないにしろ、愛情はたっぷり込めたつもりだからきっと喜んでくれるはずだ。
ついにバレンタイン当日になった。数日前にエースから「十四日は二人きりだから」と囁かれ、今日はエースを起こす前にルームメイト二人から「今日は他の部屋で映画鑑賞会するから。お前ら喧嘩すんなよ」と言われ、心臓がバクバク言っている。チョコを渡すのは二人きりになってからだとはいえ、朝からこんな調子で大丈夫なんだろうか。
緊張のあまり、エースに声を掛ける前に布団を剥ぎ取ってしまったし、階段は転げ落ちそうになるし、何も無いところで転びそうになるし、錬金術で違う薬品入れようとするし、箒から落ちそうになるし。なにかやらかしそうになる度にエースが助けてくれて事なきを得た。僕が緊張しすぎてこうなっていると分かっているのか「大丈夫かよ」と心配してくれる。でもこうなるのにはエースがいつもより近くに来るからであって、僕だけのせいじゃない。肩を組んだりそのまま耳元で話しかけたりするから…! それにいちいち顔を真っ赤にする僕を普段なら揶揄ってくるのに、今日に限ってなんだかすごく愛おしいものを見る目で見てくるし。緊張を助長させるのは止めてほしい。
夕飯を食べ終わった後、寮のキッチンの冷蔵庫に保管してあるチョコを取るためにエースに先に部屋に戻らせた。この後僕はどうなってしまうんだろう。エースは今日一日あんな調子だったから、ただチョコを渡して「おいしい」と言ってもらって終わり、なんてことはなく、なにか企んでいるに違いない。
部屋に戻るとルームメイト二人はもう既に他の部屋に行っているらしくエース一人だった。正直、エースに渡すまでいて欲しかったんだが仕方ない。
「エース」
「ん。おかえり、デュース」
自分のベッドで暇そうにしていたエースの目が僕を認めた途端に甘く溶けた。学校にいる時のそれよりも甘すぎて溺れそうになる。あれはあれで人前だからって抑えていたのかもしれない。
「これ、チョコレート…」
「え、まじで作ってくれたの? サンキュ」
勿体ぶるのも何か違う気がしてベッドに腰かけながら手渡した。完全に照れ隠しだ。けれど、少し驚きながらも心底嬉しそうに目を細めて受け取ってくれる。昨日僕がオンボロ寮に行った理由を知っているくせに。それでも好きな人が手作りのものをこんなに喜んでくれると作ってよかったと思う。
「開けるよ?」
「…どうぞ」
箱にかけた赤いリボンを殊更ゆっくりと解いていく。そのエースの指から視線が逸らせない。なんでそんなにゆっくり解く必要があるんだと言おうと顔をあげるとエースと目が合った。その顔が。
「ぁ…」
「どしたのデュース」
「な、なんでもない…」
「ふぅん?」
一瞬で顔が赤くなるのが自分でも分かるほど熱くなった。なんで、なんでだ。僕はただチョコレートがほしいって言うから作っただけなのに。普段僕からは言えないから頑張って「好きだ」って言ってみようかなとか思ったりしただけで。
ただ箱を開封するだけなのに僕を求める目が、まるでこれからこうなるんだと言っているようで…
そんなことを考えている間にゆっくり丁寧に箱を開けてしまったエースは「トリュフじゃん! うまそ~!」と喜んでいる。こちらを乱すだけ乱してこれだ。僕もエースの調子を狂わせたいと思うのに、エースの方が先に何かを思いついてしまった。嫌な予感がする。
「ね、デュース」
「な、なに…」
「これ、デュースが食べさせて?」
「な…!」
片手で充分持てる大きさの箱を両手で持ってこちらにずい、と差し出して、捨てられた子犬みたいに目を潤ませてじっと見つめてくる。わざとらしいそのおねだりの顔ですら僕にはかわいく見えてしまう。
「い、一個だけだからな……」
「ありがと♡」
ちゅっと頬にキスまでされてしまったらもう僕はエースのいいなりだ。それでもいいと思えてしまうんだからエースは僕のことをよく分かっている。
一つつまんでエースの口元に持っていく。エースが口を開く。そんなに大きく開けていないのに赤い舌が見えて…。
「……っ」
「…」
この静かな空間が辛い。エースの視線が突き刺さって恥ずかしくなってきた時、手首を掴まれてエースの口が閉じた。僕の指はエースの口の中。はっとしてエースを見るとニヤ、と片方の口角を上げて、欲をどろどろに溶かしたような視線で僕をも溶かそうとしている。
掴んだ手首はそのまま、指の腹をエースの舌が這う。爪の先から指紋や関節を丁寧に伸ばすように付け根まで。僕の指でチョコを溶かすようにあの赤い舌が蠢いている。
「えーす…っ」
エースは僕の様子を見るためにか、視線を僕の目に固定して動かない。
ぴちゃ
二人だけの空間に木霊する音が大きく響いて耳を塞ぎたくなる。
舌先を柔らかくしたり固くしたり、指全体を包みこんだり。じゅる、とわざと音を立てて吸われたり。そんなことされたら…
「ん、甘…。ごちそーさま」
いつの間にか箱は蓋がされてベッドの上にある。手首を掴んでいた手とは逆の手で頬を撫でられて、その手に擦り寄ってエースを見上げる。
「どしたの? そんなかわいい顔して」
「お前…。わざとだろ」
「ん? 何が?」
さっきまでのことが嘘のようににこにこと憎たらしい笑顔を向けてくる。このまま終わるのはどうかと思うし、エースもきっとそんなつもりはない。じゃなかったらわざわざ二人きりにしないし、優しくしないし、指舐めたりなんてしない。僕にでもそれくらいはもう分かる。
箱を手繰り寄せて一つ取り出す。エースの口に押し付けながら耳元へ囁いた。
「好きだエース。僕をチョコレートみたいに」
溶かしてくれ