心臓を作った死神と、心臓の鼓動を聞かせる相棒のお話心臓は生き物が持つ急所だ。心臓を失えば、鼓動が止まれば普通は死ぬ。ファンタジーの化け物やゾンビは動くけど、あれはいわゆる“規格外”ってやつだ。
急所なんてない方がいい。あったって狙われるし邪魔になる。わざわざ作る必要はない。『死神』という俺様にとって、心臓とは持つ必要の無い物だ。
「───だからな、相棒。俺様に心臓はないの。分かった?」
「うん」
「相棒今何時?」
「2時と10分」
「しかも深夜だよな。昼じゃねぇよな?」
「前よりは早く来たけど」
「夜中の時点で意味ねぇんだよ」
この前『死神は魂を食べるのか』と夜中の3時に叩き起された。今回は2時にしたからいい……なんて一休も呆れるような苦し紛れのとんちを、サラッと何事も無いような顔で言ってくる相棒にため息を吐く。
相棒は俺様の胸を無遠慮にぺたぺたと触り、唸り声を上げていた。
「本当だ…。えぇ……、心臓ないのかぁ」
「なんで残念そうな声出してんだよ」
「だってさぁ……」
相棒は口を尖らせ、手を離すとこちらの胸元をじっと見つめてくる。いつもなら『相棒は口を尖らせ、手を離すとこちらの胸元をじっと見つめてくる。いつもなら『何見てんだよ金取んぞ♡』とおどけてみせるものだが、先程の会話と睡眠の邪魔をされた苛立ちでとてもじゃないが出来ない。
「俺に心臓があってなんかメリットあんの?狙ってんの?」
「いや?」
相棒は首を横に振り、少しだけ眉を下げて笑う。何が可笑しいんだと視線を向ければ、相棒は少し視線を落とした。
「ただ、一緒じゃないんだなって、思っただけ」
「は?」
「ドキドキするとか、心臓がキュッてなるとか、そういう感覚は君にはないんだなって」
「……」
なんだそれ。
相棒の言ってる意味わかんねーよ。
そう思っても言葉にはならなかった。何故か声が詰まった。ちょっと寂しそうな顔をした相棒を見たからだろうか。
なんか、置いてかれたような気分になる。
「ごめんね。教えてくれてありがとう」
相棒は俺に礼を告げて部屋を出ていく。その背中を見送り、俺は自身の胸元をそっと撫でた。
……心臓なんかあったって、邪魔になるだけだろうが。
「……で、作ったんだ。心臓」
「相棒がどーーーーーーしてもって言うからよォ。わざわざ作ってやったよ。感謝しろよ?」
「サーティーン今何時?」
「深夜の二時」
「ご丁寧にどうも……」
夜中に叩き起された相棒は寝ぼけ眼を擦りながら欠伸をしていた。今まで散々叩き起された分のお返しだ。ざまみろ。
「そら、俺様が相棒の為に合わせてやったんだ。なんか言うことねぇのかよ」
「心臓って作れるもんなんだね」
「もっと他にあんだろっ」
「うーん……」
寝ぼけた頭じゃ物事を考えられないらしい。相棒はゆらゆらと頭を揺らしながらベッドから起き上がり、こちらへ近づいてくる。
「本物の心臓?」
「本物本物。ちゃんと動いてるし俺様の急所」
「えー……どんな感じか確認してもいい?」
「いいけどよ、俺様は高いぜェ〜?お触りは一回につき一万───」
「えいっ」
ぽふ、と重たい質量が心臓のある胸に触れた。視線を下ろすと相棒の頭の天辺が視界に入る。そこで漸く理解した。
相棒が、俺の心音を直に聞いている。
「わぁ、本当だ。心音する」
相棒は俺の胸に耳を押し付け、離れないように俺の背中にそっと手を回し、眼を瞑って俺の心音に聞き入っていた。
胸から伝わる相棒の体温を、鼻を掠める相棒の匂いを、背中に触れる相棒の手の熱を、耳に届く相棒の息遣いを───俺は全身で感じていた。
「……?なんかドクドク鳴り始めたね」
背中に回された手に少し力が込められて、耳をぐっと押し付けられて、匂いが、呼吸音が近づいてくる。
なんだこれ。なんだ?なんだよこれ。
心臓が激しく動いてる身体中の血液が沸騰して駆け巡るようなこれは。心臓が絞り上げられてはち切れそうな感覚に陥るこれは。
「サーティーンの心臓の音、凄いね」
相棒がこっち見て笑った。その顔を見ただけで喉が渇いていく。ぶるりと身体が震え上がる。心臓が口から飛び出しそうだ。吐きそう。変な感じだ。なんだこれ。
「……サーティーン?どうしたの?顔赤いよ」
「?!」
相棒の言葉でやっと声が出せた。相棒の頭を無理やり引き離し、一度深呼吸をする。引き剥がされた相棒が一瞬怯んだ顔を見せて、それを見たらまた心臓が大きく動きやがった。落ち着け、落ち着いてくれ俺様の心臓。ああクソ、やっぱ心臓なんかあってもメリットなんざ何一つ無ぇ!
「だ、大丈夫?」
「何が!?」
「なんか、心臓バクバク言ってたから……」
「うっせぇ!うっせぇよ!言ってねぇよバカ!このバカ!」
「何故に罵倒……?」
相棒は俺様の罵倒に面食らった顔をして、それを見た俺の心臓がまた跳ねた。跳ねるな。こんな顔いつも見てるだろ!
俺は足をもつれさせながら立ち上がり、相棒から距離を取る。そうでもしないと心臓が破裂しそうな気がした。なんで破裂すんだ?わかんねぇ。
相棒はというと、離れた俺を心配そうに見てる。やめろやめろ。その顔見てたら心臓がギュッてされた気分になる!
「とにかくもう触んなって!」
「え〜、まだ聞いていたい。サービスして」
「サービス終わり!営業終了だ!!」
「そっちから来たのに……」
「そんじゃバイバイッ!!」
「あ、待って」
相棒は俺の腕を掴んでその場に引き止めた。それだけで俺様の心臓がびょんと飛び跳ねた気がする。相棒何してんだ?!
「心臓の音聞かせてもらったからさ。お返しに私の心臓の音聞いていっていいよ」
……マジで何言ってんだこいつ。そんなの聞いたら俺様の心臓がどうなるか───いや、その前に対価として釣り合うと思ってんのか?
「ほらほら、遠慮しないで」
「ぅおっ」
肩を掴まれて引き寄せられ、俺の頭が相棒の柔らかな胸の中に埋もれる。相棒の心臓の鼓動はやけに大きく聞こえて、俺の心臓の音がそれに合わせて大きくなっているような───。
「どう?聞こえる?」
相棒の声が上から降ってくる。嫌という程聞こえる。離してくれ。そう言おうとするも、口はパクパクと開閉するだけで声が絞りだせない。
もぞもぞと頭を動かしてその場から逃げようとすると、相棒はその小さくて柔らかい手で俺の頭を撫で始めやがった。
「心臓の音を聞くと安心するらしいよ」
誰が言ったんだそんなの。全然安心しねぇ。むしろ変な気分だ。胸の奥がムズムズして、耳の先まで暑くなってくる。このまま溶けそう。
「どう?サーティーン」
「…………」
「サーティーン?……ちょっと顔赤いよ?本当に大丈夫?」
べた、と首筋を無遠慮に触ってくる相棒の手。触れられた瞬間電流が走ったかのように俺の身体は跳ねて、心臓が強く締め付けられて、背中からなんか噴き出しそうな気がしてきた。
「〜……!」
「え?なんて?」
「っ、は、離れろってぇ!!」
「ギャッ!!」
相棒をベッドへぶん投げる。心臓はまだバクバクと鳴り続いていて、視界がゆらゆらと揺れている。目眩じゃねぇかこれ。
「サーティ───」
「帰るっ!!」
「え、あ、はい」
相棒は戸惑いながらも止めはしなかった。二度目は止まってくれないのを理解しているからだろう。なんか今はそれも腹立つ。俺様の事を理解してるみたいな感じが。
相棒の部屋の扉を思い切り閉める。ばたんと大きな音を立てて閉じた扉に相棒が小さな悲鳴を上げたが、それも気に止めず早歩きでその場を去る。
「ああくそっ、心臓なんか作るんじゃなかった!!」
自分の中にある心臓は、握り潰すまでドクドクといやに鳴り響いていた。