願いが叶う7秒前「あ、安室さん!短冊置いてありますよ!七夕だし、書きましょう!」
買い出しに来たスーパーの入口に飾られた笹を指さして榎本梓は声を張り上げた。
え?と顔をひきつらせる安室透に構わず、梓はさっさとピンク色の短冊に『お店が繁盛しますように! 喫茶ポアロ一同』とマジックペンで大きく書き込んだ。
「……従業員の鑑ですね……」と感心する安室に梓ははい、と黄色の短冊を渡す。仕方なく安室もペンを手にした。
(願い事を短冊に書くなんて、何年ぶりかな……)
記憶を辿るが定かではなかった。
少し考えてからスラスラとペンを動かす安室の手元をのぞき込み、梓が首をかしげる。
「『エレーナ先生』ってどなたですか?」
「僕の恩師ですよ。僕が僕として生きていくために、とても大切なことを教えてくれた人なんです」
へえ、と呟く梓に、手早く短冊を笹にくくりつけた安室は「さあ、早く買い物済ませないと」と店内へ入るよう促した。
両手にエコバッグを抱え店を出ようとした安室は、笹の下で短冊を手にする恰幅の良い男性と赤茶色の髪の少女を見つけた。二人は楽しそうに短冊に文字を書いている。
「どうか体重が半分になりますように、と」
「その願いが叶うように、今晩のメニューはこんにゃくステーキとこんにゃくラーメンにしようかしら」
「そ、それは勘弁しとくれ……。哀くんは何を書いたんじゃ?……『れいくん』とは?」
ピタリと足を止めた安室に、梓が「どうしたんです?安室さん?」と問いかける。
「お母さんがカセットテープに吹き込んでいたのよ。『れいくんって男の子がよく喧嘩してはうちの病院に来てたの。志保、あなたが産まれてくるのをとても楽しみにしていたわ』って」
安室の右手からエコバッグが落下した。床に横たわったエコバッグから飛び出たグレープフルーツが転がり、少女──灰原哀の足元で止まった。
哀と安室の視線が重なる。
笹につけられた短冊が揺れた。
『エレーナ先生の娘さんが、元気で笑っていますように。ゼロ』
『いつか、れいくんからお母さんの話が聞けますように。アイ』
願い事が叶うまで、あと7秒。