いい降志の日に寄せてわたしとあなたは何もかもが違う。
性別も、年代も、歩いてきた道も、何もかもが。
「……あなたの手って、大きいのね」
カウンターの中で流れるような所作でコーヒーを入れる安室透に、頬杖をつきながら灰原哀は声をかけた。
「え?そうですか?普通だと思いますよ」
まじまじと広げた自分の右手を見つめてから、安室は哀に「手、出してみて」と言った。
素直に哀が右手を出すと、安室はその手のひらに自分の手のひらを重ねてクスリと笑った。
「ほら、ね。君の手が小さいんだよ、哀ちゃん」
後ろで女子高生たちが「いーなー」「私も小学生になりたーい」と羨望の眼差しを向けてくる。
小学生になりたいのならいい薬があるわよ、と心の中で呟きながら哀は安室の手から逃れようとした。が、ふたつの手のひらが離れる瞬間、小さな白い手は褐色の大きな手に握りこまれた。
「……何の真似よ?」
ギロッと子どもらしからぬ迫力で睨みつける哀に、安室はにこっと笑いかける。
「君に渡したいものがあってね」
そう言うと安室は右手は哀の手を握りしめたまま、左手を背後の棚へと伸ばした。
はい、どうぞ、と右手に握らされた袋の中身を見て、哀はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「……ドーナツ?」
「焼きドーナツだよ。ハロウィン用に梓さんとたくさん作ったんだけど、君、来なかっただろ?」
ああ、と合点がいった。確かに4日前のハロウィン当日、お菓子を用意してくれているから、とポアロにおもむく少年探偵団たちに哀は同行しなかった。この胡散臭い男に魔女の仮装など見られたくはなかったから。
「だから今日、私を連れこんだの?これをわざわざ渡すために?」
「連れこむなんて人聞きが悪いなあ。ちょっとコーヒーでも飲んでいきませんか、って声かけただけじゃないですか」
お手本のような笑顔の安室に、女子高生たちから「あむぴ、その子にばっかり優しくてずるーい!」「うちら、いい推しの日だから安室さんに会いに来たのにー!」「カフェオレおかわりちょうだーい!」と賑やかな声が飛んでくる。行ってあげなさいよ、と哀が顎でジェスチャーすると安室は笑顔を貼り付けたまま女子高生たちのテーブルへと歩いていった。
「……ほ、志保」
ん、と瞳を開けた志保の目前には金色の髪があった。
「あむろ、さん?」
夢うつつで名前を呼ぶと、目の前の男がムッとした表情になる。
「なんで安室なんだよ、今さら」
「だって、夢見てて……。今日、4日?」
「ああ」
「ちょうど一年前の夢を見てたわ。ほら、焼きドーナツをもらった、去年のいい推しの日の」
一年前とは全てが変わった。灰原哀が消えて宮野志保が生還し、安室透とバーボンは降谷の中で眠りについた。
二人の関係性も、大きく変わった。
へえ、と表情が緩んだ男ーー降谷零は何やら考えこむと部屋の隅にあるチェストから小さな箱を取り出した。
「本当は、ちゃんとしたシチュエーションで渡そうと思ってたんだけどな」
「え?」
「今年は、少し高級なドーナツを渡すよ。君はもう、子どもじゃないからね」
高級なドーナツ?と首を傾げた志保は、開かれた箱の中身を見て瞳を見開いた。
降谷はきらきら光る石がついたリングをうやうやしく白く細い薬指に嵌めた。「元の姿に戻っても、君の手は小さいな」と笑いながら。
透明な石の上に、志保の瞳から流れた雫が落ちた。
私たちは何もかもが違う。
肌の色も手の大きさも、目指すべき場所も。
だけど、私たちは似ている。胸に巣食う孤独も、亡くし続けた過去も。
深く愛し、強く愛されたいと願う想いも。