オタクはここでしょう吾輩はオタクである。
漫画を愛し、アニメを吸って、ソシャゲを嗜み、推しのためにATMになることに己の人生をかけて生きてきた生粋のオタクである。
そんな吾輩、現在本気で死にかけている。主に心が。
「なんっで既知転……」
目が覚めたらド派手なビラビラ服着て棺桶に詰め込まれてましたうぇーい!
ツイステじゃねぇかよ!! しぶで!! 百万回見た!!!!
まさか狸呼ばわりの猫型のアレが棺桶を開けたりしねぇだろうなと戦々恐々としながら時間が過ぎるのを待ってたんだけど、普通に時間宣言とともに蓋ぱっかんして鏡の前に呼ばれ、さくっと組み分け……じゃなかった寮分けされて列に並ばされた。
鏡曰く
「汝の魂は……イグニハイド!!」
ですよね知ってた!!
国ごとまとめて働き蟻呼ばわりされてる日本人が、ここ以外選ばれるはずがありませんな知ってた!
でも一つ大問題があるんだけど鏡さん。
自分、自他共に認める魂にまで刻み込んだ機械音痴なんだけども……。
オタ活に必要だから必要最低限簡単スマホでゲームとpixivは見られるようにはなったけど、十数年生きてきて未だにATMでお金下ろせないレベルと言ったらわかってもらえるだろうか。
え、あのいきなりファンタジーからSFに足突っ込んだようなハイテク最前線で、自分生きていける? 今からドア開けられるかどうかも不安なんだけど?!
「……いざとなったら全力で助けを求めよう……」
誰にかは知らんけどな!
結論から言おう。なんとかなった。
むしろなんともなりそうになかったので全力で助けを求めた。
誰にって、廊下で出会ったちっちゃくて可愛くて空を飛んでるかわい子ちゃんにだよ!!
いやもうほんと、奇跡の出会いだったと思う、あれは。オルト君がいなかったら自分多分廊下で寝ることになってたわ。
事情を話して専用の鍵とか最低限の施設の使い方とかを結構な時間をかけてレクチャーしてもらうことになったのは本当に申し訳なかったけども。
代わりに兄さんとお友達になってよ、なんて可愛いこと言われてまだ二年生のイデア先輩の前に連れて行かれた時は本気で緊張で吐くかと思ったけどね、何アレ神がかり的に顔がいいんだけどあの先輩。
まぁ機械音痴だけど全力でオタクですとアピールし、PCがまともに使いこなせないからとアナログで描いた自作品(なぜか秘密ノートが生活用品とともに部屋に届いていた触ったの誰だ)をお見せしたところ、どうにかお仲間認定されて普通に話をしてもらえるようになりましたヤッホイ。
あ、ついでにサクッと取り込まれてある程度修正をかけられて、いつの間にかアカウントが作られていたマジシブという投稿サイトにアップされたそうです。何それこわ。ブクマはそこそこついてた。
そんでまぁ、どうにかこうにかこっそりなじみ始めていた異世界生活だったんだけど、どうもそろそろ終わりのようですね天国のお父さんお母さん今そちらに向かいます。
「ふふ、そんなに怯えないでください。少々お話を伺いたいだけなんです」
「あはぁ、すげぇ顔ぉ」
「ひい」
現在私、マフィアに絡まれております… …!
ことのはじまりは、せっかく仲良くなったんだからと思い切って遊びにきてみたボドゲ部で、イデア先輩とのんびりカードゲームの説明を聞いてる時だった。
「ほほう、『コラボカフェ』」
「はい。好きな作品の世界観に合わせた内装、イメージ料理やイメージドリンク、さらにオタならばハマらずにはいられない、各料理一品につき一枚のシークレットプライズ……推しが出るまで何杯飲めるかでチャレンジ状態になったり「胃袋募集」なんてSNSで専用垢ができたりする騒ぎになったりで、でもそれだけの価値はあると思うんですよねー」
「何それ絶対オタクは好きなやつじゃん、気がついたら鬼課金してるガチャじゃん。しかも周りはお仲間しかいないわけでしょ安心感やばい」
「それな」
なんでそんな流れになったのかは覚えてないけど、とにもかくにもこちらの世界にはない文化であるところのコラボ系企画についてを熱く語ってしまっていたんだよね。
何にしろあの系統のイベントは、チケットはネットでの抽選販売が基本。機械音痴極まった私にとってはあまりにも敷居が高く、発表があるたびに指を咥えて涙を飲んでいた憧れのそれであるわけでして。
「そんな企画ありきなら、イグニ寮生でも意地でおんもに出そうだよね、拙者は多分外注になりますが」
「いや草。そこはガチガチに防御固めて自分で行きましょうよ推しの「いらっしゃいませ」が聞けるかもしんないんですよそんなんあるか知らんけど」
「普通に胃袋容量が足りないっすわドリンク一杯で腹一杯っすわー」
「あまりにも脆弱」
「やかましわ」
その時はもう推しと楽しく好きな話題で話ができるのが嬉しくてテンション爆上がりで、周りを見る余裕なんてなかったし声を抑えるなんて気にもしてなかった。
まさか、その会話をマドルの目になって聴いてるタコちゃんがドアの外にいたなんて、想像もしてなかったんだよ……!
「イデアさんと実に面白そうなお話をしているのが聞こえまして、ぜひ私にも詳しい話をお聞かせいただきたいと思いまして」
一見穏やかそうにニコニコ笑ってるように見えて、目が全く笑ってない銀髪のタコちゃんは、明らかに全部聞くまで帰らない、って顔をしている。
誰かに助けを求めようにもオクタ3人組の悪名は既にモストロが開店してしばらくたった今全校に広まってるし、唯一頼れそうな相手だったはずのイデア先輩は状況を把握するなり誰より先に全力で逃亡を図りやがったのでここにはいない。
くっそあのホタルイカ、次にあったら絶対酢漬けにしてやる……。
「もちろんタダでとは言いませんよ、あなたは前回のテストでも我々と取引はして下さらなかったようですし、この機会にぜひそちらのお試しなどいかがですか?」
あぁ、例のあの百年分のテスト傾向まとめ……。
「アレは別にいらなかっただけで……」
「は?」
思わずぽろっと漏れた一言に、ずん、と凄まじく空気が重くなったのがわかった。ヒィ。
「いらない、とは、どういうことでしょうか? 貴方は成績は悪くはないがトップクラスとはいいがたく、あのテスト対策ノートは出題傾向だけでなく新たな研究データなどのアップデートも完璧に網羅し、使用した生徒のほとんどを上位に導いた完璧なものであるはずだ」
アズールのひくひく引き攣った頬、浮いた青筋。それを見てゲラゲラ笑ってるリーチ兄弟が正直めちゃくちゃ怖いんだけどどうしよう。
「た、確かに完璧だったと思うよ、アレを使ったら自分でもテスト上位に食い込めたと思うし」
「でしたら何がご不満だったと?」
うん、実は、元々あの事件を知っていた私は多少のリスクを背負ってもアズールの作ったノートが見てみたくて、あわよくば契約者の一人に加えてもらおうと偶然そのノートを図書室で使ってる生徒を見つけてこっそり覗き込んだりしてたんだけど。
「先生の、雑談」
「え?」
「例えば授業の合間に先生が話してくれる雑談とかそのあたり。テストに関係ないようで、めちゃくちゃそこから出題してくる先生もいるんだよね。おかげさまでそこの記述問題は20点とか言うふざけた配点だったけど、アーシェングロットのノート使った人で満点だった人はあんま見なかった気がする」
「そ、それは」
「あと、陸と海の解釈の違いかな、時々「なんでこういう判断になるんだろう?」みたいなのがちょこちょこあって、そこが気になって集中できなくて」
まぁ、チラ見だったからあとで注釈とかはあったかもだけど。
チラ見でなんでそこまで判断できたのか、ってのはそこはもうオタの特技としか言いようがないというあれです。速読は任せて。
むぐぐ、と顔を真っ赤にして口をつぐんでしまったアズールはとんでもなく可愛いです。バブちゃんかな。
「あの、だからつまり、その」
「なんです?!」
「こ、コラボカフェ、た、対価とかはいらないから……あの、もし実現するなら、よ、呼んでくだ、さい。イデア先輩と一緒に」
まぁめっちゃ嫌がりそうですけど? 見捨てて逃げたんだから巻き添えは必然ですよね?
「……ま、まぁ、いいでしょう。ですが対価はきちんとご用意させていただきますよ。取引は公平ではなければ」
「ひぇ」
その後、一晩オクタに誘拐、監禁された自分の語ったソレによって、モストロラウンジwithコラボカフェは本当に実現してしまった。
きっちりしっかりイデア先輩と一緒に招待されたよ! ドチャクソ悲鳴上げてたしガクブルしてたけどな!!はっはっは!! ザマァ!!
初のコラボは、オタク文化になじみのない皆さんにもわかりやすくグレートセブン。
赤の女王のスイーツセットとか、海の魔女のシーフードランチとか、なるほどメニューが満載でとても楽しかったし美味しかった。
シークレットプライズは各偉人様方のスペシャルトレーディングカード。何十枚かに一枚、全員が勢ぞろいしてる絵柄のレアカードが紛れてたりするやつ。
このコラボカフェは今後数か月に一度不定期に開催される、と発表があって、今度はヴィル様の映画だったり有名なアニメだったりが計画されてるみたい。
「いやぁもう、商売になりすぎるアイデアを本当にありがとうございました! おかげさまでイグニハイド寮の生徒さん方にも多数ご来店いただきましたし、これからもどうぞご贔屓に!」
「ひぃ……はははは、はい。えっと、アーシェングロット、余計なお世話かもなんだけど……」
君、大事なとこであと一歩詰めが甘いとこがありそうだから気を付けてね。
こっそりそっとささやいた自分に目をむいたアズールに背を向けて、今回のカードの封を開ける。
「お、やったぁ! 全員勢ぞろい盛装バージョン! イデア先輩に自慢しよーっと!」
うん、やっぱオタクはイグニハイドで正解だね!