不思議な猫の恩返しある日、いつものように終電日付変更コースでの帰り道、不思議な猫を拾った
目の覚めるのような青い毛並みの長毛種
誰かに染められた虐待にゃんこかと思ったけど、根元まできちんと青いし、なぜか風もないのにふわふわと揺れて、何をされたわけでもないのに少しだけ怖い
それでもぐったりとした猫を放っては置けず、ひとまず抱えあげて一人暮らしのアパートに連れ込んだ
お気に入りのタオルを敷いた密林の箱にシンデレラフィットした彼(♂だった)は一声だって泣かず半目でこちらを伺っていて、とにかく水分だけでも取らせた方がいいかとお皿にペットボトルの水を注いでやる
見られていたら落ち着かないかと離れてしばし待つとてちてちと小さな水音が聞こえてきたのでおそらくは飲んでくれたのだろう
その間に「病気、猫」とか「食べやすいもの、猫」とかで検索をかける
結果、家にあるもので彼に出してあげられるのは無糖のヨーグルトだけでちょっとだけ申し訳なくなった
それでもないよりましだろうとお水を飲み終わっただろうタイミングでこれもお皿に出しておいてやった
ちらちらとこちらを伺う猫君の、ようやくパチリと開かれたその目が綺麗な金色であることはこの時に気づいた
また離れてしばらくたってから覗くと、ヨーグルトも半分ほど減っていて一安心だ
さて、猫ちゃんにかまっていたせいで、自分の分の夕飯を忘れていた
すでに時刻は日をまたいで1時間ほど。今食べたら確実に明日の朝が辛い
それでも胃に何も入れないで寝るとそれはそれで哀しい思いをするので、無言でビールのプルタブを起こした
ぷしゅり、という音の直後にがたたんと派手な音がしたので、多分猫君を驚かせてしまったなこれ
気にせずぐっと一息で半分ほど煽って大きく吐息を一つ
ホント、これがないとやってられないんだこの一口のためだけに生きている
あ、戸口から覗いてるな。ごめんよ、こんな姿を見せて
「動けるよういなったなら、いつでもお外に出ていってもらって構わないよ。でもどうせなら、明日の朝くらいまでここで休んでおいきよ」
通じるわけもないのに、ポヤポヤとそんな風に話しかけた
さぁ、さっさと風呂に入って寝なければ。明日も朝は始発で出社なんだ。
寝たんだか気絶したんだかわからない短い睡眠の後に迎えた翌朝。一応外に出られるように少しだけ開けていた窓の前に、ちょこんと猫君が座っていた
なんだ、律義に待っててくれたのか。その姿にほっこりと癒されて、パジャマ姿のまましゃがみこんだ
「君がいてくれたおかげで久しぶりに家で声を出したよありがとね」
こてりと傾げられた首は、まるで本当に内容を理解しているみたいだ
「私はもう会社行くけど、別にいつまでいてもらっても構わないからね。くつろいでお行きね」
ぱっぱとパジャマを脱ぎ捨てたら、猫ちゃんが顔を両手で覆っていて、なんだか目隠ししてるように見えた
その日は珍しく終電より二本も早く帰れたので、ぎりぎり深夜営業のスーパーに滑り込むことができた
いないだろうなと思いつつ、その日の自分の夕食であるおすしのパックと一緒にパウチタイプの猫おやつを買い込んだ
ついでに今日のおつまみにと駄菓子の棒スナックとポテチも。今日もビールだ
はたして、家に帰ると密林の箱は空っぽだったけど、細く開けられた窓の向こう、ベランダの隅に青いふわふわが揺れている
「猫さんや、お腹は空いていないかい?」
声をかけると、耳だけがこちらにぴくぴくと動いていてすこぶる可愛らしい
「よかったらまた話相手になっておくれよ」
それから窓を開けたまま寿司のパックを開け、半分ほど食べ進めたあたりだろうか
ビールの缶をぽいと放って転がった先に、青いお手々がひょっこりと
「猫さんや、ちゅー●があるんだけどどうですか」
言いながらさっさと封を開け、鼻先に差し出してみる。スンスンと匂いをかいだ後、そろりと小さな舌が延ばされた
猫君がゆっくりとパウチを一つ空にする間に私もテーブルの上を空にした
少し迷ってからそっと伸ばした手を猫君は拒まず、ふわふわの毛に指が埋まる。おお、柔らかいな
「君はどこから来たのかなぁ、珍しい色だし、特に汚れてもいないしねぇ」
勝手に名前を付けたら怒られてしまうだろうか?
それまで大人しかった猫君が、大きく反応したのはエコ袋の中の駄菓子の棒スナックだった
なごなごと低い小さな声で鳴きながら、一生懸命爪の先で転がしている
「……もしかして、食べたいのかな?」
味としてはチーズとコンポタ。猫ちゃんに食べさせて大丈夫なものなのだろうか、こういうの
結局オネダリに負けた私は悪い人間である
チーズ味の方を半分ほど割って差し出してやれば、猫君はそれはもう幸せそうに目を細めてシャリシャリと齧りついている
「なかなか君変わった味覚をしてるんだねえ。まぁ、毒になると困るから全部はやめておきなね」
その指示に従うように、チーズ味は差し出した分だけ猫君のお腹に収まった
ポテチは明日に残しておくとして、今日はもうお風呂に入って早寝しよう
早寝と言っても昨日より少し早いくらいで、時間的にはド深夜なんだけれど気分として
「ねぇ猫君、明日はベランダじゃなくてお部屋の中にいなよ。そろそろ外は暑いでしょう」
それから猫君と私の不思議な生活はしばらく続いた
猫君はふっくらしてるけど触るとわりとがりがりで、なのにあんまりご飯を食べてくれないのが気がかりだ
だからと言って無理に食べさせるのも違う気がする
結局、帰宅後夜は一緒に少しだけ食べる、という毎日だった
いつの間にか私は猫君のことを「先輩」と呼ぶようになっていた
特に理由はなく、猫先輩、と冗談で呼んだら反応が返ってきたから、そのまま採用されたという感じだ
先輩は昼間はどう過ごしているかわからないけど夜はなんだかんだと部屋にいてくれるし、最近はベッドに上がってくれる
朝まで一緒に寝て、お見送りをしてもらうことも増えた頃
ふと気が付くと床に倒れていた
毎日始発終電でまともなものも食べていなかったのだから体調を崩せばあっという間だ
どうしたって頭を上げることもできずただただぼんやりと床にうつぶせてどれくらいたっただろうか
気配を感じて目を開けると目の前が真っ青だった
あぁ、これは猫先輩の毛の色だ。心配して目の前にいてくれるんだろうか
そんな風にほんの少しだけ口の端を持ち上げた瞬間、ふわり、と体が浮いた
え、と思う間もなくベッドの上に下ろされ、額にひんやりとした何かが触れる
これは手のひらだ、と感じたのは現実だったのか夢だったのか
「馬鹿だね、君」
やけに耳に心地よい、低い男の人の声が聞こえた気がして、そのまま意識は闇に沈んでいった
「あ、ちょ、せめて水一口だけでも…あぁ、クソ、もう聞こえてないか」
そうだね、咽喉乾いたなぁ