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    huwakira

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    麦を煎って麦茶を作る監督生のお話

    麦茶が飲みたい 麦茶が飲みたい。

     ふと監督生は口の中に浮かび上がった懐かしい味を思い出し、もにゅりと唇を動かした。
     季節は真夏、あともう少しで太陽が真上にくるような時間帯。飛行術で走り回る学友たちを記録ボード片手に眺めているだけの自分は、汗がキラキラとおかしなエフェクトに見える主人公クラスの彼らと違い、日陰でスンとした顔で立っているだけの見切れモブだろう。
     そんな彼らを遠くから眺めていると、まるでテレビ画面の向こうを眺めている気分になるわけで。
     散々朝寝坊をした後ごうごういう扇風機の前で、見るともなしにお昼のTVの番組をリモコンでパシパシ変えていた夏休み、自分の隣にはいつも、時折からんと涼しい音を立てる氷入りの麦茶があった。
     残念ながら、基本紅茶が幅を利かせるこのツイステッドワンダーランドには麦茶の文化はない。いや、あるのかもしれないが、見かけたことはなかった。
     緑茶は一応あるようだが購入にはそれなりの覚悟がいるお値段だったし、ほうじ茶などはその存在すら知られていないようだ。
     一度飲みたいと思ってしまったら口が完全にその味になってしまって、これはもうアイスティーや炭酸飲料などでは収まらない渇きだろう。

    「……作るか」

     頭の中には、とある動画投稿サイトで有名な配信者が鍋の中でゆすっていた大麦の姿がぐるぐると踊っていた。


     流石に大本の穀物から栽培する知識はないため、すがるような思いで駆けこんだ購買では無事いくつかの種類の麦が小分けにされて販売されていた。
     なんでも主にポムフィオーレで健康補助バーや朝食のグラノーラシリアルなどに使用されるために、大麦小麦のほかにもライ麦やオーツ麦なんかも手に入るらしい。
     皮つきと皮なしとどっちがいいかと問われて咄嗟に悩んでいしまったけれど、動画では皮つきだったのでとありがたくハーフサイズの一番小さい袋を購入。
     あとは失敗せずにからから茶色くなるまで煎って、煮出す……ってどうやるんだっけ、お湯でぐらぐらしたらいいのかな? 確かトレイ先輩あたりがお茶をぐらぐらすると香りが飛ぶって言ってたし、弱火とかがいいのかもしれない。

    「何はともあれ、レッツチャレンジ!」

     胸に抱えたのはたかが大麦一袋。それでも久しぶりに感じるワクワクした気持ちに、監督生は思わず小走りになっていた。


     フライパンで焦げないように木べらで大麦を混ぜ返すと、ぱちぱちと皮がはじける音ともに、たまらなく香ばしいいい香りが一気に調理場に広がって、監督生は思わず大きく息を吸い込んだ。
     これこれ、この匂い。

    「ふな、くせぇとは違うけどめちゃくちゃ鼻につくにおいなんだぞ……」
    「うーん、グリムはこの匂い苦手? キンキンに冷やしたら美味しいお茶なんだけどね」
    「んー……まぁ、できたら飲んでやってもいいんだぞ、子分がせっかく作ってるんだからな!」
    「ふふ、ありがとう、親分」

     可愛い親分サマはしわくちゃの顔で複雑そうだけど、どうかしばらくは我慢しほしいし、できれば慣れてほしい。これでうまくいったら、時々は絶対この匂いをさせることになるだろう監督生は、苦笑いとともに指の背でそっとグリムの眉間を撫でてしわを伸ばしてやった。

     煮だす、という工程は、マブたち経由でお菓子作りの達人からのレクチャーを受け、どうにか「水から入れて沸騰後弱火で5分ほどことこと、そののちに静かにおいて10分ほど」というところで落ち着いた。
     使う茶葉やら水の質やら温度やら、そういう細かい部分で大分差ができるというので、まさにお試し、というところだ。
     連絡中にバットに広げて冷ましておいた、パッケージなんかで見覚えのある濃すぎない茶色になった大麦を大きめの不織布のパックにいれ、棚の隅で埃をかぶっていた多人数用の大きな薬缶に水を張る。

    「どうか、美味しくできますように」

     ぽしゃりと浮かべた不織布の白に、思わずナムナムと手を合わせてしまったのは、まさに日本人らしい所作と言えた。


     煮だし、を終えて色のでた薬缶の中から不織布パックを取り出して、更に冷ますために一晩、それを朝冷蔵庫に入れてきた監督生は、今日のところは、と放課後の友人たちの誘いも先生からの雑用も全部放り投げていそいそとオンボロ寮へと帰宅した。
     荷物を自室に放り込んだら駆け足で調理室へ飛び込んで、どんなに磨いても曇ったままのグラスに氷を一つ、二つ、三つ。
     そこにそっとひえひえの薬缶を傾けると、記憶にあるよりずっと薄い金色のような茶色がからころと氷を揺らした。

    「う、わぁ……きれい」
    「ふな、昨日みたいな強烈なにおいはしねえんだぞ」

     同じくそわそわして足元でちょろちょろしていたグリムと二人でカチンとグラスをぶつけあって、そっと口をつければ、味を感じるより前に広がる、独特の香り。
     そのあとほんのりほろ苦い優しい麦の風味が追いかけて、何よりもこのすっと通る心地好い咽喉越し。

    「んっはぁ……おいっしい!」
    「ふな、紅茶とは全然違うけど面白い香りがして、なのにほとんど余韻を残さずすっと消えていくからめちゃくちゃ飲みやすいんだぞ!」
    「ふふ、しかもね、これで塩を舐めれば完璧、ってくらい、夏場に必要な成分たっぷりなんだよ」
    「そういうのはよくわかんねえけど、あっつい外から帰った後に絶対美味いやつなんだぞ!」

     フヒヒ、と思わず変な笑い方になってしまった監督生は、もう一口ぐっと煽って、一緒に氷を口に迎え入れてゴリゴリとやりながら、今度はこれに塩ゆでの枝まめか冷やしトマトでもつけてやろうと、ひそかにぎゅっと拳を握ったのだった。






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