お兄ちゃんやめます。⚠現パロのつもり
ケンカのきっかけなんて思い出せない。多分いつものしょうもない奴。
ただ今日はお互いに余裕がなくて、何かのはずみで出た言葉が兄貴の逆鱗に思いっきり触れた、らしい。
「兄貴のくせに!」
「じゃあもう全部やめて他人になるよ!それで満足だろ!」
そう言って兄貴にしては珍しく乱暴にドアを締めて部屋を出ていった。え、なんて言った今。
他人になると言ったか。どうやって。
兄貴が本当に他人になったようだと自覚したのは喧嘩した翌日からだった。
兄貴と呼んでも露骨に無視された。仕方なく名前で呼んだらめちゃくちゃ丁寧な敬語で話してくる。自動音声のアナウンスによく似ていた。
俺に対して外行きの顔で、声で話す姿にゾッとした。すげぇ怒ってるじゃん。
いつもは一緒に学校に行っていたがわざとずらして早く出る兄貴…もといロッカの背中を見送った。母さんから『珍し。一緒にいかないの?』と聞かれたが俺だって聞きたい。曖昧に返事をして家を出た。
学校ではクラスが違うから全然気にしていなかったが休憩時間や昼になってもこっちに顔を出すことはなかった。いつもだったら顔を出すのに。
「また喧嘩したの?それともついに兄弟離れ?」
「知らねぇよ。マグナが兄貴に聞いてこいよ」
「遠慮しとこうかな」
遠慮すんなよ。能天気な笑顔で相手の懐に入り込むの得意そうな顔してるくせにマグナはこういうときは奥手だ。
思わずついたため息にマグナは無理に話を変えてくる。
「そういえばなんでロッカがお兄ちゃんなの?」
「え?」
先に生まれたのが数分の違いしかないのに明確に兄と弟と分けられてるのが不思議らしい。
物心がついたときにはすでに俺の前に立っていたし、なにかあればヒーローみたいに俺を庇ったり守る存在を兄と呼ばずしてなんと呼ぶのか俺は知らない。別に守られたいなんて思ったことは無いけど。
「知らねぇよ。なんか…そうなんだようちは」
「早く仲直りできるといいなー」
「はっ、別に…」
ケンカなんて日常すぎてなにが原因でケンカしたのか覚えてねぇんだわ。
他人ごっこが始まって数日経った。
案外快適だった。
一人で過ごすのも悪くない。あいつがいないからかクラスメートからよく話しかけられることも増えたし。ガミガミ小言を言われることもないし。このままこんな感じでやってくのも悪くねぇなと、思っていた。
―思っていたのに。
「俺に何の用だよ」
放課後、顔も知らないやつに屋上に呼び出された。ガラも頭も育ちも悪そうな数人の男の真ん中に女子が一人。なんだっけこれ。美人局ってやつ?
「お前だろ、俺のツレに手ぇ出してんの」
「はぁ?」
身に覚えが全くない。なんなら全員初対面だと思っていたがよく見ると女の方は見覚えがある。兄貴と同じクラスで生徒会の書記だかなんだかしてる女だった気がする。名前は覚えてねぇけど。
「人違いだろ。知らねぇよ」
「ふざけんなよ証拠はあんだよ」
「あ?」
そういって見せられたスマホを見て呆気にとられる。そこには楽しそうに笑い合う女と兄貴の写真が何枚も収められていた。女の方は何枚かばっちりカメラ目線だったのでわざとやっているのがバレバレだ。
「それ兄貴だわ。まじで俺関係ねぇじゃん。」
「そんな嘘信じられるか」
いや信じろよ。結局何をどう言っても無意味じゃねーか。襟を思い切り掴まれたけど中々次の動作に移らない。勿体ぶってないで殴るならさっさと殴ればいいのに馬鹿だな。
『―――兄貴がここにいたら良かったのに。』
なぜかそう思った。そしたら誤解も解けたしあいつ口は回るからもっと穏便に済んだはずで。
ああけどあいつは兄貴辞めたんだっけ。ずっと兄貴がいると思ってたからそれは少しさみしいかも知れない。今になってそう思った俺も大概どうかしている。
来るわけがないのに心のなかで呼んでみた。
タイミングよく応えたのは兄貴ではなく教師だった。雷が落ちるみたいなつんざくような怒号。
「お前ら何やってる!この時間屋上は立入禁止だぞ!」
掴まれていた手を離されて振り返ると生活指導の教師が時代錯誤の竹刀を持って立っていた。鬼のように顔を赤くして怒っている。その後ろには腕に生徒会の腕章をした兄貴がいた。俺が良くするみたいな不機嫌そうなつまらなそうな顔。珍しい表情をすることもあるもんだ。俺がそういう顔してると諌めてくるのに。
ヤンキーは舌打ちをしながらも教師には逆らえず逃げるように足早に去っていく背中をぼーっと見送った。そのうちの二人は俺と兄貴の顔を交互に見ていた。本当に双子だと思ってなかったのかよ。
「リューグ」
「兄貴。」
「一緒に帰ろう」
どうしてここにいる、どこから見ていた?とか色々聞きたいことはあったのに遮られた。カバンを教室に取りに戻ってそのまま一緒に昇降口から外に出る。会話はなく黙々と歩いた。何を話したら良いのかわからない。いつも何を話していたっけ。
ケンカってどうなったんだっけ。まだこいつの中で続いてんのかな。
「ごめん」
「何が?」
突然短く謝られて何のことかわからなくて聞き返す。
「……いろいろ。」
「ふーん。別に気にしてねぇけど。あ、けど」
「けど?」
「兄貴辞められたのは少し困ったからもうそういうのやめろよな」
朝起こしてくれる存在がスマホのアラーム以外無いのも、教科書忘れても借りに行けないのも、隣をこうやって一緒に歩いてくれる人がいないのも、何かあったら真っ先に駆けつけてくれる人がいないのも、その逆も。全部、困る。
「やめないよ」
「じゃあお詫びにコンビニでなんか奢ってくれよお兄ちゃん」
「そういうときだけ弟面するのどうかと思う。」
「恋人面なら?」
「その聞き方はずるいよ。なんでも買わせていただきます」
「やった」
善は急げと兄貴の手を引いて走り出す。いきなり手を握ったから後ろで動揺してやがる。
振り返って笑うと顔まで赤くするから面白くて久しぶりに声を上げて笑った。