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    はるつき

    @htso917

    左右完全固定派字書き。
    ロカリュ(SN2)とちーとど(忘バ)多め。時々シンセイ。
    可愛い攻めとかっこいい受けが大好き。
    リアクションありがとうございます!

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    はるつき

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    ロカリュ。
    過去一ポエミーな少女漫画小説

    端的に言えば両片思いから付き合うまでの話。

    ブルーアンバー僕がこの感情を最初に自覚をしたのは、アメルが聖女と呼ばれるようになる前、もっと穏やかに暮らしていたときからだったと思う。

    その頃からすでに僕とリューグはよく喧嘩をしていてその都度アメルが仲裁に入っていた。同い年のはずなのにアメルは僕らの姉のような存在だった。幼馴染というよりはほぼ姉弟のような関係。
    リューグとアメルが台所に立っているのは日常よくあることで、僕には決して見せてくれない穏やかな笑顔のリューグを見てモヤモヤした事は数え切れない。
    「アメルはどっちが好きなの?」
    ある日、村の女の子たちとアメルの会話が、偶然見回り中に耳に入った。思わず足を止めて身を隠し耳をそばだてる。ふわふわした表情のアメルはうーん…と口元に人差し指を添えて宙を眺める。十秒ほどしっかり考えて、
    「ロッカは頼りになるお兄さんで、リューグは弟みたいに思っているよ」
    と僕らに対して全く恋愛感情を持っていないという答えに思わず失笑してしまう。あまりに異性として意識されてなさすぎて悲しいはずなのに、なぜか安心した自分が居た。何に安心したのかはよくわからないけれど。
    「おい、サボってんなよ」
    女の子とは反対側から声を掛けられて振り向くとリューグがいた。いつもの険しい顔に気持ちが沈む。僕にはその表情しか見せないのが最近は悲しかった。
    「別にサボってない」
    返す言葉もリューグの態度につられて冷たくなってしまう。
    「どうだか」
    ため息をついたリューグの態度は嫌だったがどうしようもない。そのまま無言で並んで歩き出す。
    何を言ったらいいのか、どうしたら笑ってくれるのか、どうしてこんなに衝突するのか、答えの出ない問ばかりが浮かんでは消えていく。いつもはアメルが真ん中にいて色々話を取り持ってくれていたから、こんなふうに歩くこと自体が久々でどうしたら良いのか分からなかった。
    「っ、おい兄貴。」
    注意力散漫のまま歩いていると突然手を引かれ引き寄せられる。引っ張られたことよりもマメだらけの硬い手のひらの熱さに驚いて僕は声を上げた。
    「うわっ!?」
    「そこ、この間仕掛け罠設置したとこだぜ。踏みてぇのか?」
    引き寄せられなければそのまま踏み出していた場所には野生動物用の仕掛け罠が設置されていた。そんなところまで気が回っていなかった。
    ああ、またどんくさいなと小言を言われるんだろう。すぐに耳に届くであろう言葉の暴力を想像して備えていると突然額に掌がそっと当てられた。懐かしさを感じ何かを思い出しそうになったが何も思い出せなかった。
    「具合わりぃのか?」
    心配そうな声色に胸が苦しくなって視界が揺れる。
    「ちが…っ、大丈夫」
    突然優しくされて動揺を隠せず大丈夫だと言う声が震えた。おそらく僕は今酷い顔をしている。
    「変な兄貴」
    眉を下げて八の字にして笑うその顔に視線が奪われた。
    ―――ああ、恐ろしいことに気づいてしまった。僕はどうやらお前に恋をしている―――

    思えば生まれてからずっと隣にいてくれる弟の存在が愛しかった。
    怖い物知らずだった僕の後ろを半泣きでひょこひょこついてくる姿に少しも邪魔だとか迷惑だとか思ったことはない。ただただ守ってやりたかった。守りたいと思う反面で、優しいリューグみたいになりたかった。自分の中の暴力性を、無鉄砲さを押し込めて隠して、上手に隠せるようになった頃、気づけばリューグは昔の僕のようになっていた。僕がそうだったように彼もまた憧れてくれていたのだろうか。なんと残酷な話だろう。
    しかし現在はそれよりも残酷な事態になっていた。
    どういうことか僕は実の弟を恋愛対象としてみている。アメルが聖女と呼ばれるようになって、聖王都から来たというトリス御一行に運命みたいな出会いをしてからも。危険な橋ばかりを強制的に流されるように渡り続けてもなおこの思いは消えなかった。
    消えないならばもう一生隠しておこう。
    こんな事が許されるわけがない。何よりこの思いを彼が受け取るわけが無いのだ。
    ぎゅっと大事に一生誰にも見せずに胸に抱きしめていたらこんな醜い感情でもいつか宝石になれるだろうか。

    彼を恋慕していると気づいてからあれから十年が経ち僕らは二十歳になっていた。
    誰かいい人いないのかと聞かれることもあるがのらりくらりとかわしている。彼以上に好きになれる人が現れることは多分無い。それに本当に好きでもない誰かと親密に交際できるほど器用な人間ではない。
    ふと、リューグはどうなのかと考える。成り行きで一緒に生活している僕を邪魔だと思わないのだろうか。
    「なあ」
    「なんだよ?」
    「リューグは誰かと付き合ったり結婚とか考えたりしないのか」
    よせばいいのに言葉が出る。もう付き合っている人がいると言われたらどうするつもりなのか。無鉄砲さが全面にでている。まずいと思ったが止められない。
    「興味ねぇし」
    「そうなの?」
    「兄貴はどうなんだよ」
    まっすぐに見つめられて胸の内にしまっていた宝石がここにいると突然存在を主張し始める。ここに確かにあるのだと。これを渡してしまえと無責任な悪魔が囁く。
    一生外になど出さないと決めたはずなのに、どうしても言いたくなった。
    単に持ち続けているのが限界だったのかもしれない。宝石と形容するより今はそれはただの重石のついた枷でしかなかったから。
    言いたい。言いたくない。相反する気持ちでいっぱいになる。返答するには遅すぎる間が流れた。
    「ふは、変な兄貴。んな真剣に考えることかよ」
    そういってあの日と同じ顔で笑って同じ台詞を言うから、視界が真っ白になった。
    何も考えられなくなって次の瞬間にはリューグの肩を掴んで思いの全てをぶちまけた。
    「僕はずっとお前だけが好きなんだ」
    「……へっ?」
    言って、即座に後悔した。
    胸のうちにしまっていれば淡く輝いていた宝石は、日の光を浴びた瞬間に醜い土塊に変わってしまった。
    驚いている顔すら愛おしく感じる僕はどこまでも浅ましい。すぐに手を離し距離を取った。
    「ごめん、ごめんなリューグ。気持ち悪いよな、忘れてくれ」
    リューグの言葉は聞かない。そしてその晩僕は逃げるように彼の前から姿を消したのだった。


    『僕はずっと、お前だけが好きなんだ』
    そう言われて不思議と嫌な気はしなかった。多分同じようなことをずっと思っていたからかもしれない。
    幼少期に勇猛だった兄貴の後ろを半べそをかきながらついて回っていた事がふと思い出される。怖がりだった俺を馬鹿にすること無く守ってくれた背中に追いつきたくて強くなりたくて必死だった。
    あの時の記憶はずっと色褪せないままなのにいつからか兄貴が昔の俺みたいにな腑抜けになったのだけが嫌だった。世界一かっこいい俺だけのヒーローでずっといてほしかった。
    幼少から兄貴に対して抱えていたこの感情の名前が恋慕だと知ったのは兄貴に告白されてからだった。我ながら遅すぎる。
    『兄貴もだったのか、俺も』って言ってやりたかった。いきなり好きだと告白されて少しびっくりしただけなのにどうして心の底から傷ついた顔をしていたのかわからない。
    そして、あろうことか俺の返事なんて必要ないと言わんばかりに一方的に謝って、兄貴は俺の前から勝手に姿を消した。
    綺麗に存在がなかったかのように片付けられた部屋となくなった荷物に呆然としてその日は何もできなかった。
    ―腹立たしい。悲しい。なんで俺を置いていった。俺の返事はどうでもいいのか。
    そればかり毎日考えていた。ある日、ロッカがでていったらしいという噂を二週間遅れで聞きつけたトリスが家に押しかけてきた。
    追い返す元気もなく家に上げる。明らかにいつもと違う様子の俺を見かねてトリスは口を開いた。
    「もうさぁ、探しに行ったらどう?」
    「はぁ?」
    「ロッカのこと」
    「今更勝手に出ていったやつのことなんか知るかよ」
    「そう本気で思ってるんならせめてそういう顔をして言ってほしいわね」
    ぎゅっと鼻を摘まれる。よほどひどい顔をしているらしい。余計なお世話だ。
    「大事なんでしょ?」
    「まぁ……それなりに」
    大事じゃないわけが無い。たった一人の身内だ。その身内は俺を置いていなくなったわけだが。
    「言い方を変えるね。派遣現地調査ってことで街の外に出てみない?」
    「なんだそりゃ」
    「討伐したはぐれ召喚獣とかメイトルパとシルターン原産の植物とかの分布図調査の手伝いを依頼したいの。お金も入るしついでにロッカも探せて一石二鳥じゃない」
    「なんで俺がそんな」
    「じゃあロッカと一生会えなくてもいいっていうの?」
    卑怯だ。長年の付き合いがある分、俺がどう言えば頷くか分かっているやり口。トリスなりに、多分他の奴らもそれなりに心配して考えてくれたのはわかる。
    「わーったよ……ありがとな、トリス」
    「どういたしまして。探す宛はあるの?」
    「心配すんな、俺と同じ顔の男を探せば良いんだから簡単だ」
    指名手配中の男の似顔絵よりもずっと精巧な見本が幸い俺の顔についている。
    翌日、早速俺は兄貴を探す旅に出た。

    『自分と同じ顔をした男を見なかったか』
    そう聞いて各地を点々として三ヶ月。山を三つ超えた先の村で訪ねて回るがそんな顔の男は見ていないと言われた。
    もう少し向こうの谷まで、と足を伸ばす。戻るのも引くのも決断するのに時間がかかる。人探しがこんなにしんどいと思わなかったが諦めるわけには行かなかった。
    谷を目指して歩いていると森の奥で山小屋にしては立派だが家にしては粗末なつくりの建物が見えた。煙突から煙が上っており人がいるようだ。戸口にそっと近づいて耳をそばだてる。盗賊のアジトではなさそうで意を決してドアを叩くと少しの間のあと老婆が顔を出した。
    俺を見て意味ありげに頷いて中に入るようジェスチャーをされて、躊躇しながら恐る恐る室内に入って促されるままに椅子に座った。
    「人探しかい?」
    カップに並々と紅茶を注ぎながら老婆はしわがれた声で尋ねた。どうしてそれがわかったのかは不思議だが頷く同じ顔をした男を探しているのだと伝えるととここには来ていないねぇとのんびりとした口調で教えてくれた。なんとなくそんな気はしていたからがっかりはしなかった。
    「そうか」
    「海の方へ行ったようだ」
    「本当か?婆さんあんた何者?」
    「あんたより長生きしているただの年寄さね」
    飄々とした態度だが不思議と腹は立たない。すんなりと信じられる。それほどなにかに縋りたいのか。軟弱になる思考にほとほと嫌になる。
    「これを持っておいきな。きっとあんたの標になってくれる」
    「しるべ?」
    「そうさ」
    そういってシワシワの細い節くれだった手の中にあるものを俺に握らせた。ゆっくりと手を開くと蜂蜜色をした鉱石が乗っていた。
    「琥珀だよ。ただの琥珀じゃないんだ日にかざしてご覧」
    そう言われて窓に石をかざす。蜂蜜色に輝くものと思っていたが青白く蛍光していて思わず息を呑んだ。
    「青琥珀っていうんだ」
    「希少なもんじゃねえのか」
    「珍しいってだけさ老いぼれにはもう必要がないからね。さあ探し人は海の方だよ暗くなる前に山を降りな」
    急き立てられるように小屋を追い出されそのまま山を降りた。
    標、といって渡された手の中の宝石はそれ以来一人旅の友になった。辛い時や迷った時に光にかざしてその青白い光を見ていると不思議と落ち着いた。
    海の方と老婆に助言された通り海岸沿いを歩いて姿を探した。海ときいてとりあえず目指した大きな港街にようやくつく。宿の手配が先かと考えていたら行商が目に入り足が止まった。見たことも食べ方もわからない果物を見ていると「あんた昨日も来ただろう、そんなにこいつが気に入ったのか」と笑って行商の男に言われた。久しぶりにきいた人違いの言葉に心臓が裂けそうなくらい高鳴った。
    ここにいる、と確信して手当たり次第に宿屋と酒場を虱潰しに聞いて回る。いちいち驚かれて説明するのが億劫になってきたころようやく大きな荷物を持って港にいったという情報を握った。急いで停泊船が止まる波止場に出たところで「あれ、船に乗らないでいいの?」と声を掛けられた。
    「は?どういうことだ?」
    「え?どうってさっき船のチケット買ってたでしょう?もう船でちゃうよ」
    「え!!?」
    ほら、あれと指を刺された帆船はまさに出向したところで、がくりと腰が抜けた。
    勘付かれた。やられた。逃げられた。
    「大丈夫?」
    突然座り込んだ俺を心配して手を差し伸べた少女に曖昧に頷いてよろよろと立ち上がる。
    「あ、ああ…大丈夫。あの船はどこに行く船だ?」
    「向こうの大陸に行く船だよ」
    「次はいつでるんだ?」
    「次の出港は十日後じゃないかなぁ」
    せっかく掴めそうだったのに逃がした。徹底的に俺から離れようとするその姿勢が気に食わない。何年かかっても絶対に捕まえる。
    海の向こうに消えていく帆船が見えなくなるまで睨み続けた。


    リューグが僕のことを探していると知ったのは家を逃げるように出てから半年後のことだった。
    どこかに居を構えてひっそり暮らそうと思っていた計画は路銀を稼ぎながらの逃避行に変更となる。金策をしながらなので思ったより早く遠くにいけないけどそれは相手も同じだろうと思っていたのにどういうわけか足が早い。
    トリスかミニスあたり、金の羽振りが良さそうなところがパトロンとしてついたのだろう。
    なんとしても捕まえようと躍起になられるとより逃げたくなるのが心理というもので追いつかれるギリギリのタイミングで僕は大陸行きの船に飛び乗った。
    多分これが一番僕とリューグが近づいた瞬間で、僕の逃避行はそれからなんと運が良いのか悪いのか二年ほど続いた。家を出て二年半、長い家出だ。
    後半は大陸に渡って戻ってを卑怯にも何度か繰り返したけれど最終的に今度は山へ行こうと進路を変えた。野営を繰り返しながらようやく宿場町トレイユに到着する。
    大きい町ではないが旅人も多く出入りするここなら追いかけてくる男の存在も来たらわかるだろうし何より宿が格安だったのでしばらくここで休むことを即決した。少年が一人で切り盛りしているという宿に一週間ほどお世話になる事にする。
    聞くと彼には双子の妹がいるという。妹の病気を治すために妹を含めた家族は不在にしており一人で宿を切り盛りしているそうだ。
    「僕にもいるんです、双子の弟が」
    「へぇ〜。今日は一人なのか?」
    「事情があってちょっと逃げてて」
    「喧嘩?」
    「まぁそんなところ」
    「大人でも兄弟喧嘩ってするんだな」
    あっけらかんと痛いところを突かれて僕は笑ってその場を誤魔化すしかできない。僕が絶対に伝えてはならなかった醜い気持ちを勝手にぶつけて、勝手に気まずくなって勝手に去っただけなのだ。今更戻るに戻れず二年もこうしているなんて言えたものではない。いっそ喧嘩ならどんなに良かったか。
    いつかは和解したいのだが僕がリューグを弟以上の感情を持って接してしまう事は目に見えている。おそらく一生会ってはならない。会わない方が良い。
    「ま、何もないけどゆっくりしてってくれよ」
    「ありがとうございます。あ、僕と同じ…もう少し怖い顔してるかもしれないけどそんな男を見かけたら教えてくださいね」
    「おー。じゃ、俺仕込みあるから戻るな。」
    「じゃあ僕も部屋に行きます」
    突き当り右、手前から2番目の部屋と案内されて部屋に入る。
    こじんまりとしているが清潔感があって日がよく入る暖かい部屋で今はもう帰れない自分の部屋によく似ていた。じわりと目頭が熱くなる。
    ここに来てホームシックとは。湧き上がる感情を振り払うようにベッドに身を投げ出し目を閉じる。まぶたの裏に浮かぶのはいつだってリューグの顔だった。
    ―会いたいなぁ。
    もう逃げるのをやめてしまおうか、ここで新しい生活を始めて、いつか見つけ出されたときにはきちんと謝ろう。そうして別の人生を歩んだほうが良いのかもしれないなんて夢想する。
    くだらない事を考えている間に睡魔がじわじわと這い寄ってきた。久しぶりのベッドの柔らかさに抗うこと無く僕は眠りに落ちた。


    ――夢を見た。
    目の前にずっと会いたかった人が立っていた。
    逃げようと身構えたのに優しい声で名前を呼ばれて抵抗できなかった。座るよう促されて逆らえず隣におとなしく座る。触れたところがあったかくて思わず泣きそうになった。
    ―ねぇほんとはずっと会いたかった。もう離れたくないんだ。ぼくと一緒にいてくれる?
    そう言いたいのに言葉は出ない、否定されるのが怖い。何も言い出せずもじもじと膝をすり合わせてつま先を見つめているとリューグがゆっくりと口を開いた
    『なぁ、見せたいものがあんだけど』
    『なに?』
    そういいながらリューグはシャツの胸元をおもむろに開いた。あらわになった肌の白さに思わず目をそらすとコロコロと笑って「ばぁか、ちゃんとみろって」とたしなめられた。恐る恐る顔を上げる。
    心臓のある場所に拳ほど大きな蜂蜜色の宝石が露出しており僕をみていた。琥珀のようだ。陽の光を浴びてオレンジ色ではなく青く輝くそれに釘付けになる。
    『兄貴も同じの持ってんだろ』
    『僕のは……そんな綺麗なもんじゃないよ』
    『綺麗だ』
    ほら、こんなに。
    そういって僕の宝石を愛おしそうに撫でながら無邪気に笑う。ああ、僕らおなじだったんだ。それなのに逃げたりなんかして、僕は本当にバカだ。

    「なぁ、バカ兄貴」
    ふ、と懐かしい声が聞こえて意識が浮上する。どこまでが現実で、どこまでが夢かわからなかった。
    僕の視線の先には男がこちらに背を向けて座っているのが見えた。後ろ手に僕の手を強く握っている。あったかくてマメだらけの硬い手。僕はこの手をよく知っている。
    「リューグ?」
    「はっ、やっと捕まえた」
    よぉ、元気そうだな、そう声を掛けられて一気にこれが現実だと分からされる。
    「リューグ!!?」
    「だからなんだよ、声でけぇって」
    振り払おうにも払えない力で掴まれて起き上がることもままならない。陸に打ち上げられた魚のように混乱してベッドの上でジタバタと暴れる僕を押さえるためにリューグは僕に馬乗りになった。
    少し伸びた髪にしばらく見ない間に精悍だった顔つきはどこか柔らかい表情を貼りつけて僕を見下ろして微笑んでいる。
    「すげぇ探した。なんで逃げたんだよ」
    「それは……そうするしかないだろ。僕がお前に言ったこと忘れたのか?あんなこといって一緒に入れるわけ無いだろ」
    「俺もずっとお前だけが好きって言ったら?」
    その言葉を聞いて息が止まる。まだ夢の中なのか?僕は夢の中で夢を見ている?
    「夢……?」
    「夢じゃねぇって」
    そういって両頬を捻りながら引っ張られた。かなり痛い。現実を痛みでわからされる。
    ふ、と手を離してリューグはゆっくりと僕に尋ねた。
    「…………なぁまだ俺のこと好き?」
    「好きだよ。大好き。何物にも変えられないくらい好き。本当だ」
    今にも泣き出しそうな震えた声で僕の気持ちを聞かれて、たまらず頬の痛みも忘れて即答してしまった。不安げに揺れる瞳が涙で滲んで光を反射してキラキラしていた。思わず手を伸ばすと簡単に届いた。震える手で頬に触れるとリューグは顔を傾けてうっとりとした表情で僕の手に猫みたいに顔をすり寄せる。
    「良かった」
    僕の上からようやく降りて見せたその安堵の笑顔と言葉に僕の心臓はいよいよ破裂寸前だった。数秒前はあんなに流暢に愛の言葉が飛び出たのに今はもう何も言えず、ただリューグを強く抱きしめる。
    「「っ…」」
    抱きしめてすぐに胸に鈍痛が走り二人で変な声を上げて身を引いた。思わず胸を擦る。
    「忘れてた」
    「武器を仕込んでる…?」
    「違ぇわ」
    そういってシャツのボタンを外して胸元があらわにした。この光景さっきも見た気がして思わず視線を逸らすと「ばぁか、ちゃんとみろって」とたしなめながらリューグは笑う。間違いない、さっき夢で見たやつだ。
    恐る恐るそっと顔をあげると胸元で控えめなサイズの琥珀がついたペンダントが揺れていた。心臓じゃなくて良かったと安堵する。
    「標って言って貰った。兄貴みてぇだなって思って」
    「僕?」
    「かざすと青く見えんだ」
    言いながら紫外線に当てるとそれは蜂蜜色ではなく青白く輝いた。その神秘性に胸が締め付けられるほど感動するが、こんなふうに僕が見えていたというのはだいぶ言いすぎだ。すぐに我に返って否定する
    「僕はこんなに綺麗なもんじゃない」
    「綺麗だ」
    頑として譲らない。青琥珀に導かれているかのように夢が現実に塗り替えられていく。
    「ずっと俺のこと想ってくれててありがとな……帰ろうぜ」
    その言葉を聞いた瞬間、涙腺が決壊した。
    涙もそのままにリューグに覆いかぶさるように抱きついて頬擦りをする。リューグは振り払いもせず享受して、僕の背中に腕を回した。くすぐったそうに無邪気な笑い声に愛おしさがますます溢れて止まらない。

    ああ、もう二度とこの宝石を手放すものか。


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