断髪『ねー、ほんとにお兄ちゃん彼女いないの?』
『いないって言ってんだろ。むしろお前にはいそうに見えるのか。』
『見えないから聞いてるんだけどなー。』
『じゃあ見たまんまだよ。』
『もう、なんでお兄ちゃんには彼女できないのかなぁ。』
『身内からと外からじゃ、見え方は違うんだろ。』
『身内贔屓抜きにしたって、頭良くて、警視庁の刑事さんで、特別な課にいて、何よりも顔が良い。』
『……お前、それ言ってて恥ずかしくならないのか。』
『なるわけないでしょ! だって全部、事実なんだから!』
瞼を刺すような眩しさに、ゆっくりと目を開ける。
窓から見える太陽は、まだ頂点には届かずとも、普段起きた時に見かける位置よりもだいぶ高くにあった。随分と深い睡眠だったらしい。
昨日、ようやく妹の葬式を挙げられた。
既に骨になってしまった妹をもう一度焼くことはできなかった為、葬式後は骨壷をそのまま家に持ち帰った。死亡日時から考えれば、四十九日などとうの昔に過ぎてはいたが、やはり両親は即座に墓に入れるのには抵抗があったようだ。今はまだ、仏壇の前に置かれている。
その仏壇の前に行けば、ようやく見慣れてきた妹と目が合った。
捜査資料から引っ張ってきた写真なので、映りも画質も良くはない。それでも、夢の中の妹は、まるで実際に見てきたかのように、鮮やかに、生き生きとしていた。
そう、久しぶりに、穏やかな夢を見た。
彼女は、小さな赤ん坊と、そう歳の離れていない幼児を連れていた。旦那の姿はなかったが、なんとなく、良い家庭を築けているんだろうと確信できた。
対して自分は、変わらず刑事で、零課の一員で、そして独身のようだった。妹はまるで母親みたいな小言を言って、幼い頃と変わらない笑顔で笑った。
そこで目が覚めた。
こんな未来が良かった、なんて口にするには、まだまだ罪悪感と無力感が邪魔をする。それでも、今まで夢に見ることすらなかったことを思えば、確かに前に進んでいるのだろう。
一つ息をついて、手を合わせて、それから立ち上がって洗面所へ向かう。顔を洗い、髪を結ぼうとして……ふと、夢の中で視界に映り込んだ自分の髪は黒かったと、気がついた。頭皮が引っ張られる感覚もなかったから、長さも今とは違ったのだろう。
鏡の中には、当然、白く長い髪の自分が写っている。
頭の真後ろまで持ち上げた腕を下ろし、左側で緩く結ぶ。
一度リビングに戻り、ハサミを手に洗面所へ帰ってくる。
結んだ根本に刃を入れ、ゆっくりと力を入れる。
ざくり、と心地よい音と共に、三十年分の重みが離れていった。