哀しいほどに綺麗で、はしたないくらいに清廉潔白で、溶けるほどに甘い「……?」
彗は川の近くの草むらでまばたきを繰り返していた。川の流れる音と青々とした草のざわめく音以外何も聞こえない。
「ここは……」
額に手を当てる。
考える気力すらなく、所々汚れたシャツに登る蟻を見つめていた。
彗は草むらの中で目を覚ました。
風と流れてゆく川と共に身を任せていた。さっきまで何をしていたんだっけ…自分の名前や一般常識以外何もかも忘れてしまっていた。
それもそのはずだ。医者は「記憶喪失」と告げた。名前や一般常識を除いて、すべてが霧のように失われたのだ、と。
「センパイ」
「…?」
またぼんやりとしていた。
焦点の合わない目で初夏の庭を見ていた。
先程雨が降ったようで、庭の緑や開花寸前の花は濡れている。
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