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    glide_315

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    glide_315

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    たいみつ♀
    たいみつ版ワンドロ様お題「ハグ/抱っこ」

    あなただけのヒロイン「きゃあ!ステキぃ〜!」
    「いいなぁ、マナもしてほしい!!」
    決して広くはないリビング、というか居間に響くのは愛らしい声ふたつ。お揃いのツインテールが揺れている。
    覗き込めば、ふたりは仲良く一冊の本に向き合っていて。
    あれ?あんなんうちにあったか?漫画はなかなか買えない我が家計、かろうじてあるのはわたしが密かに古本屋で購入した特攻の拓だけだ。まあ、妹たちは1ミリも興味がないからあってないようなもんだけど。
    「どしたの」
    「おねーちゃん、見て見て!」
    「ハルカちゃんが貸してくれたんだよ。超面白いの」
    表紙を見れば、顔の半分目、って感じの女の子と、イケメン男子。あー、残念ながら通らなかったなりぼんは。前にアニメやってたからタイトルは知ってるけど、中身は全然知らない。だって一番忙しい時間帯だったし。ちょうどルナマナにご飯食べさせなきゃだったし。
    少し大人になったふたりの食事の時間はちょっとだけ遅くなった。この頃はルナがよく手伝いをしてくれるから、わたしも大分余裕ができたからもしそのアニメが今放送してたら見れたかもだけど、まあんな机上の空論言っても仕方ない。
    つーか、ぜーんぜん少女漫画とか興味ないし。千冬と違って。
    千冬なら知ってるんだろうな。もしかしたら持ってるかも。わたしでも知ってるタイトルだし。
    んで、うちのかわいこちゃんたちは何にきゃあきゃあ騒いでたんだ?
    そろそろ、お年頃のふたりだ(マナはまだ早いかもだけど)。そもそもがわたしが姉な所為か若干マセてたふたりだけど、姉の贔屓目を抜かしても滅茶苦茶美少女なんだから、惚れた腫れたのひとつやふたつはあるだろう。ま、残念ながらわたしに似て超面食いだから多分男子たちがこてんぱんにやられてるんだろうけど。
    ちょうど、カレーが出来たところだ。わたしよりも早く帰ってきたルナが、サラダは仕上げてくれていた。マナも学校に行く前に炊飯器をセットしてくれている。
    本当はさっさと食べさせなきゃだけど、このくらいはいいだろう。
    わたしを取り囲むふたりの間にしゃがみ込めば、ぺらぺらとページがめくられて。
    「稚空くん超絶かっこよくない!?」
    「ちあきくん」
    「これこれ、ここ!憧れるよねぇ、私にもこーゆー人出来るかな」
    「出来る出来る、ルナ美人だし」
    「こんな風に抱き上げてもらったら最高に幸せだよねぇ」
    「ま、でも今これ実現できるのはおねーちゃんだよねぇ」
    「へ?」
    「タイタイ!」「大寿ちゃん!」

    「いやいやいや流石にないだろそりゃ」
    「どうした?」
    「あ、あー」
    しまった。やらかした。くそ、ルナマナめ。いや、妹たちにぶーたれるのはおかしいんだけど。
    そもそも、偶然が重なったのがいけない。どうやら、ルナの友達のハルカちゃんは少し昔に発売されたこの漫画を全巻揃えられていないらしく、どうしても続きが読みたいルナは珍しくごねにごねた。
    そんなルナをなだめて、わたしが思い出したのが千冬である。
    『持ってますよ!貸します貸します!めっちゃ面白いしきゅんとするんで是非読んでください!全巻貸します!』
    そうして、バイトが忙しい千冬とわたしがちょうど落ち合える日は、わたしが彼の家に行く日で。
    とどのつまり、わたしは大寿くんチに少女漫画一式を持ち込んだのである。
    そして、わたしたちは大抵、おうちデートはそれぞれが好きなことをして過ごすのが常である。たまにお互いが気になる映画をレンタルショップで借りて一緒に見たりもするけど、今日は大寿くんも大学のレポートがあるらしく、せっせとパソコンに向かっている。
    いいんだけどね、大寿くんが無言で作業してるの盗み見るの好きだし。
    と、思って手持ち無沙汰になったわたしは、そそくさと漫画を取り出してみたのである。
    確かに面白い。画は綺麗だし、いかにも少女漫画な制服の造形や、おしゃれな私服も見ていて楽しい。主人公の前にライバルとして現れた例の彼もどんどん素顔がわかっていくのはちょっとドキドキするのも頷ける。
    そして、例のシーン。
    ふわり、抱き上げられる主人公。かつてのライバル、そしてヒロインが好きになってしまった男の子が、朗らかに笑う。
    まぁ、憧れる気持ちはわからんくもない。恋を夢見るお年頃の妹たちならばなおさら。
    でも残念ながらわたしはそこまでかわいい女ではないのだ。そもそも、付き合うと決めた男とのファーストインプレッションはお互いトップクを着ての和平交渉。次に会ったときにはお互い本気で殴り合っていたのだ。
    レモン味のキスとか、歯の浮くような甘いセリフとか。そういったものは、残念ながら全くもって無縁だ。
    「いや、千冬から少女漫画借りてて」
    「珍しいな」
    「妹たちが続き読みたいって言っててさー、んで、このシーンがきゅんとするらしくって」
    「どれだ」
    どうやら、コーヒー休憩のタイミングでばっちり見つかってしまったらしい。
    大寿くんは、高そうなガラステーブルにわたしの分のカフェオレも置いて、隣に腰掛ける。
    近い距離で覗き込まれて。つーか、このページだけ見たって全くもって意味不明だろう。案の定、多分わたし以上に少女漫画に触れてこなかったに違いない大寿くんはん?と首を傾げている。
    「どういう状況だ」
    「ちゃんと話すと長いんだけど、要は主人公とライバルが色々あってお互い惹かれてて、そんな中こーやって抱き上げるシーンがあるわけ。んで、ルナマナがめっちゃいいなぁーって」
    「ハァ」
    まあそういう反応だよね。だってこんなこと、現実にあるわけがない。ドラマや漫画じゃあるまいし。
    あと、大寿くんのキャラじゃない。わたしもだけど。
    案の定、大寿くんは何が何だか、って顔だ。それは数日前のわたしと一緒で。「意外と似た者同士だよね」と言ってきたのは、誰だったっけ。
    「こんななよっとしたヤツがいいのか、ルナとマナは」
    「うーんそこはわからんけど、とにかくこういう風にロマンチックに抱き上げられるのがたまんないらしいよ」
    「そうなのか」
    「そうみたい」
    まるで他人事みたいな言い方になっちゃったけど、事実だし。
    てか、普通の男ってこういう風に女の子のこと抱き上げられなくない?わたしの周りは何故か出来そうなヤツが大半だけど、でも東卍の中じゃ一般人代表的なタケミっちとかは多分絶対無理。ヒナちゃんですら怪しい。
    そう思うと、目の前のこの男。
    教会の長椅子を掴んでは投げ掴んでは投げというとんでもない行動をしていた男だ。
    もしかして、リアルにわたしの体重なんてあってないようなもんなんじゃないのか?純粋に、興味が沸いてきて。
    「ねえねえ大寿くん、ちょっとわたしのこと抱き上げてみてよ」
    「は?突然どうした?」
    「だってさ、羽根生えてるみたいに軽いなんてゼッテー嘘じゃん。あと普通の男の子ってこんな簡単に抱き上げられんのかなって」
    全くもって大寿くんは普通の男の子ではないんだけど、大寿くんが出来なければきっと漫画の中の稚空くんは大寿くん並みの体格の持ち主なんだろう、実は。
    ぐ、っと腕を差し出してみる。
    なんだかんだでわたしには甘くなりつつある大寿くんは、ハァ、とため息をひとつ。
    そして、ソファーから立ち上がったかと思うと、優しくわたしの脇に腕を差し入れ、て。
    「わっ!」
    ふわり、と。身体が、宙に浮く。一瞬の恐怖。でも、すぐに立ち消えて、香るのは大寿くんのシャンプーの匂い。今までほとんど見下ろしたことのない男の顔が、真下にある。
    漫画の中のヒーローみたいな百点満点の笑顔なんかあるわけがないけど、わたし的には花丸あげたくなるような、不器用な微笑みで。
    「隆奈は軽いな、羽根が生えてるみてぇだ」
    「……うあ」
    「つーかマジ、ちゃんと食ってるか?こんな細くてよく倒れねぇな」
    あの、わたし、一応かつて暴走族の親衛隊長張ってたんで体重は見た目よりもあるんだけど。
    つーかキャラじゃないじゃん。わたしも、大寿くんも。
    そんな言葉も全部全部。喉の奥に消えていく。
    顔からどころか体中から火が出てるんじゃないかってくらいに全部が熱い。
    信じられないくらいに優しく、腕の中に閉じ込められる。別にハグが初めてなわけではない。でもなんだこれ、こんなのは知らない。
    「おい三ツ谷、死にそうな顔してっぞ」
    「こんなん誰でもそうなるワ…!」
    だからさ、お願いだよ。そんな風に、軽々と持ち上げちゃうのも、そのまま抱きしめてくれちゃうのも、後にも先にもわたしだけにしてよね。
    流石にそんなことを素直に言えるほど少女漫画のヒロイン出来ないわたしは、仕方ないのでその逞しい背中に、離れないと言わんばかりに腕をぎゅ、と巻きつけた。
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