腹が減っては、部屋の扉が閉まると、ついに彼と二人きりとなってしまった。
自分はこれからどうなってしまうのか。そればかりが頭を占める。
コツコツコツと革靴の鳴る音を聞きながら、俯いて膝の上で拳を固く握る。
「名前は?」
静寂を割く声に弾かれたように顔を上げると、思っていたよりも穏やかな顔の彼と目が合ってしまったものだから、一瞬何を言われたのか分からなくなってしまった。
「き…キム・ヨンス」
呆然と自分の名をつぶやくと、彼は眼を細めて、
「ではヨンス。」
「はい」
そして言った。
「腹は減っていないか?」
「…は?」
テーブルに次々と並べられる皿を見ながらヨンスは戸惑っていた。
あの後、あれよあれよという間に神室町にある焼肉店に連れてこられた。
馴染みの店なのだと笑う彼に相応しい、高級感漂う店の、奥の個室に通された。
なぜこんなことに、と縮こまるヨンスに席を促し、同じく向かいの席に座ったハンは側に控えた店員に次々と注文を伝えていった。
そして現在に至る。
「さあ、遠慮は要らない。食べたいだけ食べなさい」
全ての品物が届き、店員が個室を出て行くと、ハンは微笑んでそう言った。
その表情も声色も、まるで純粋な好意しか感じられないものだから、ヨンスは更に困惑してしまう。
「あの…なんでこんな…」
心底困惑しつつ声を絞り出すと、ハンは苦笑いしながら手元のトングで肉をつまみ、網に広げた。
じゅう、と音がして肉の焼ける匂いが鼻をくすぐる。
「日本でも言うだろう、えーっと、ああ。腹が減っては戦は出来ぬ」
「はあ…」
いまいち意図が分からず気の抜けた返事をしてしまう。
網の肉がひっくり返され、美味そうな焼き目に思わずぐう、と腹が鳴った。
「ふふ。ヨンス。人間、腹が減るとね、意図せず悲観的になってしまうものなんだ。」
腹の音にくすくすと楽しそうに笑われ、羞恥に顔が染まる。
顔をそらしたヨンスの目の前の皿に、焼けたばかりの肉が置かれた。
「君が困惑したい気持ちはよくわかる。」
美味そうな湯気を立てるそれに生唾を飲み込む。
「だからこそ今は腹いっぱい食べなさい。」
促すように箸をこちらへ渡される。
少し躊躇したのち、その箸を手に取った。
「いただきます」
と手を合わせると、
先ほどと同じ笑みを浮かべたハンが満足そうにうなづいた。