お別れの仕方 時を渡る前のこと、忘れられた塔へ向かう前日の夜のことだった。その時はまだベロニカが生き返るかも知れないとか、そういうことをふんわりと考えていた。
まさか僕一人で時を渡ることになるなんて思わなかったし、誰も考えていなかった。そんな夜。
「もし、もしもベロニカが生き返って、それで、上手くいったらその時は……その後は勇者さまは何をするんだ?」
焚き火を囲んで僕とカミュは将来のことを話し始めた。
「その後かぁ……今、家でごろごろしてるしなぁ……」
「ははは。だから聞いてんだろ、ちゃんと目標決めておかないと今のお前はなーんもしないだろ」
進行の鬼だ。
「カミュだっておんなじだろ」
「俺はちゃんと決めてある」
カミュはイレブンを見ない。目前の燃える焚き火を眺めながら会話を続けた。
「えー? 僕と一緒にごろごろしようよ」
「そりゃいいな」
「……そんなつもりないくせに。で、何をするの? 僕の参考にさせてよ」
俺はなぁ。そう言って彼は幸せそうにこちらを見て微笑んだ。
目が合って、それに釘付けになって、固まった僕を置き去りにして彼は続きを口にする。
「マヤと旅に出ようと思うんだ。お前と旅をしたこの世界を」
「へ、ぇ……」
僕を通して彼は妹を見ている。たまにそういう時があって、今回もそれなんだろうと思った。僕は期待しそうになった心を宥める。
「でも、マヤは病み上がりだから。俺一人であいつを安全に旅させるには回復が使える奴がいたら、安心だと思うんだ」
「えっ、あ、それ」
「なにも予定が無いなら、イレブンも一緒どうだ?」
カミュとまだ旅ができる。もう一度、旅ができる。僕は嬉しくてその日の夜はわくわくして、眠るのが難しかった。
あの夜のことを思い出し、今の僕は始祖の森を歩いていた。あの夜はこの森で話をしたんだっけ。
「で、燃え尽き症候群で無期限休暇中の勇者さまは何するか決めたの?」
「いいや、まだ何も。ベロニカは先生になる為の勉強中なんだっけ」
僕の後ろを、双賢の姉妹がクッキーを食べつつ歩く。
「そうよ。私も勉強中だし、セーニャもね」
「セーニャも先生になるの?」
「いいえ、私はパティシエの勉強です。毎日お菓子作りですよ」
「本当に毎日、クッキーケーキクッキーケーキよ」
わぁ文字だと読みづらい。
「イレブン様も、何者かになる為の勉強をされてみては?」
クッキーを一枚渡される。チョコレートの粒が入ったクッキーだ。
「そうね、いいんじゃない。その剣を奉納しちゃったら勇者様のお役目は一応おしまいだもの」
「何者か……」
きっと何者にもなれないかも。
「ピングドラムでも探そうっての? まぁ、お宝探しでもしながら世界を見直して見なさいよ、なりたいものが思いつくかも知れないわよ」
「カミュ様も妹様とお宝探しをされているんですよね、ご一緒されてみては?」
「うーん……」
チョコレートクッキーを口に放り込む。サクリとクッキーが砕ける。
「このクッキー美味しいね」
「ありがとうございます」
剣を奉納した後、とりあえずユグノアに行ってみた。ロウじいちゃんの仕事を見て、自分のやりたいことを見つけてみようと思った。
「イレブンや、それはお主のやりたいことではなく、何か仕事を探しておるだけではないか」
ロウじいちゃんはそう言った。
「何もしてないと、なんだか家に居づらいんだ」
ベロニカもセーニャも将来のために頑張っている。僕も何かしないと何もしない人間になっておじいちゃんになってしまう。
漠然とした不安や焦りからそんなことを思った。
「カミュには会ったのかの?」
「ロウじいちゃんは会ったの?」
僕は旅の終わりから一度も会っていない。
「いいや。まぁ、マヤ殿がここに興味を持つとは思えぬしの」
「それはどうだろう。お城があった所だからお宝探しに来るかも」
ほっほっほ、それはそれは。ロウじいちゃんはそう笑って続けた。
「ならばここに宿を用意しようかの」
「……僕もそれ作るの手伝う」
今は手を動かしていたかった。
僕はとりあえず大工になることにした。
時を渡って、邪神を倒した日の夜。デルカダールの王宮で休ませて貰った時のこと。
「勇者様はこの後何をするんだ?」
「……まだ、考えつかなくて」
深夜、僕の部屋に訪ねて来た彼はそんな質問を投げかける。
「ふぅん? まぁ、死ぬかも知れねーって状況だったしそんなもんかね」
「カミュは何をするか決めてあるの?」
「へへっ、俺はマヤと旅に出るぜ。あいつの体調も万全だしよ。まぁ時が止まっていただけみたいだしな」
もしかして、と思い疑問を口にする。
「このまま行っちゃうの?」
「……勇者さま」
いつかの夜みたいに、彼は僕を見つめて微笑む。少し細身な彼の手指が僕の髪を撫でる。
「勇者さま、イレブン。ありがとうな」
こちらの質問に答える気のない彼は、勝手に感謝の言葉を述べる。一人で終わりにしようとしている。
「僕は、何をしたらいいと思う?」
焦って、どうにか引き留めようと言葉を探す。
「さぁな。なんでもありじゃねぇの? 勇者さまは多芸多才だしな」
カミュがこのまま居なくなったら、きっとみんな悲しむ。こんな様子ならきっと他の人には挨拶に行ってないだろう。
僕にだけ別れを告げるなんて、ずるいじゃないか。後でみんなに言われちゃうよ、どうして引き留められなかったの、なんて。
そしてその後、まぁイレブンだって頑張って引き留めようとしたものね、なんて言って引き下がっちゃうんだ。納得しちゃうんだ。
それをわかってるからカミュはずるい。
「本当にそうかな」
多芸ならば、君を明日の邪神討伐記念祭に参加させることができる?
「ま、ダンスはもうちっと練習した方がいいぜ」
くく、と笑って彼は窓際に立った。
待って、カミュ。
その夜結局引き留めることが叶わず、彼は窓から飛び出して行ってしまった。
僕はその夜、彼が居なくなった窓辺で泣いた。そうして漸く僕は長く彼に恋をしていたのだと気付いた。お馬鹿すぎる。
居なくなってから気付いたって遅い。
思い出して今も少し傷付いた。
「うぅ……カミュの馬鹿、初恋ドロボー、盗賊野郎……はぁ」
気付かなきゃ良かったとも思った。何度も何度も。
旅に出たカミュとマヤちゃんは、案の定何処にも目撃情報が出なかった。そうじゃなきゃあんなお別れの仕方しないよ。
「本当はロトゼタシアから出てるのかも。違う世界とか」
ヨッチ族の村からならば何処へでも逃げ出せるだろう。
でもなぁ。彼が言っていたことを思い出す。
「僕と旅をした世界を見て回るって。本当にそうなら、いつかユグノアにも来るんじゃないかな」
出来立てほやほやのユグノア宿屋一号店のベッドで、僕はごろごろと寝返りを打つ。
「もしかして、僕達が眠ってる深夜に移動しているんじゃ」
それなら目撃情報が集まらないのも納得だ。
「目の下に隈だらけのカミュなんて見たくない。……まさか、マヤちゃんのことを考えるなら、そんなことしないか」
僕は翌日の深夜、街中を散策していた。
「一応ね、一応」
誰に言うでもなく街を歩く。ユグノアは街と呼べるほど復興しており、僕がここに来てからさらに復興が進んだ。
建物の隙間をキョロキョロと見回す。
「……ふぁわ」
あくびが出た。だけど我慢。カンテラを揺らして街中を更に歩く。そこでふっと右端に青い何かが見えた気がした。
一本隣の道で、人影を見た気がする。
「……」
もし、もし本当にカミュだったとしたら。僕は何を言えばいいんだろう。
なんて話しかけたらいいんだろう、恥ずかしい。昔かかった呪いを思い出した。あの呪いはホムラの里で解いて貰ったんだっけ。僕とカミュの二人旅だった頃、僕の恥ずかしい呪いのせいで何度も酷い目に遭って……。
いやいや、回想はいいからとりあえず追いかけよう!
僕は屋根を飛び越えて、隣の道へと駆けた。
「ぼ、僕は悪いスライムじゃないよう……」
多分僕は鬼の形相だったんだと思う。眠かったし。カミュかと思って走ったし。
「ゆ、勇者さま……ね、寝た方がいいと思うよ」
寝不足をスライムに心配されてしまった。
「ねぇ僕ってかっこいい?」
「ぽ、ポマードポマードポマード……」
スライムは謎の呪文を唱えて逃げ出そうとした。が、勇者は回り込んだ!
「僕は口が裂けてる女性のお化けじゃないし、第一その呪文は効かないってが最近の定説だよ」
「……かっこいいと思うよ。だから通して……」
スライムはカンテラの灯りを受けてキラキラと揺れる。
「僕は弱いものいじめがしたいわけじゃないよ」
眠気のせいか、口が余計なことを語りだす。
「僕さ、好きな人がいるんだけど。やっぱり容姿はカッコいい方が好きになって貰えるかなって」
「僕はスライムだから人間の美醜の感覚はわからないスラ」
スライムがスライムらしく語尾まで変えて言った。
「さっきかっこいいって言ってたじゃん。あれは嘘なの?」
「そういう面倒くさいところダメそう」
「デイン」
「力任せもダメだと思います」
冒険者の最初の敵と見做されがちなスライムに、僕は心をボコボコにされた。スライム、強い。
「僕は……、……寝る」
背中を丸めて宿屋に引き換えす。
「勇者さまの顔の美醜はわからないけど、宿屋を作っていた勇者さまはすごくカッコよかったよ」
「……ありがとうスライム太郎」
「僕の名前ダサいな……」
適当に名前を決めるなというスライムの抗議を背中に受けながら、僕は宿屋に戻った。
もしもカミュに会えたらなんて言おうか。
どうして誰とも会わなかったの? 最近調子どう? 上手くやれてる?
どれを聞いてもはぐらかされそう。
大体、姿を隠して生きてる兄妹なんだから、どれを聞いても無理だろう。
どうしてカミュは最後に僕にだけ挨拶をしてくれたんだろう。理由はわかってるけど、そのせいで僕は恋を自覚しちゃったし。文句の一つでも言ってやりたい。
君のせいで、君が好きだって知っちゃった。
「寝よう」
目を閉じて、新品のベッドシーツの海を泳いだ。
あれから一年が経ってしまった。
僕は恋心を拗らせたまま、なんだかんだとユグノア王子として国位を引き継ぐことになった。
ますます彼と会える気がしない。
「こんな形を望んでいたわけじゃないんだ」
薄暗い朝の、僕の部屋に後悔の言葉が落ちる。
「でもよ、やっぱお前は王子なんだから。収まるべき所に収まったんじゃねぇの?」
懐かしい声に喉が締まって、心臓が早鐘を打ち汗が吹き出した。
死ぬかも知れない。
「久しぶりだなぁ、勇者さま」
会えないだろうと思っていた彼が、目の前に現れた。
早朝の僕の部屋に、夜みたいな彼が窓辺に立っている。
「急展開だ」
寝起きの怠い体が覚醒した。
「別に俺にとっちゃあ急でもないけどな」
「いや……なんでもない平日の早朝に人の部屋に来るのは急だろ」
朝日も昇りきってないよ。
「そういや、寝れてねぇの?」
小首を傾げるその仕草を久しぶりに見た。こんなに可愛かったのか。
「……寝るのが早いだけ」
「嘘つけ、目の下隈が酷いぜ」
聞きたいことが沢山あった。
今どうしてるのか、マヤちゃんはどこに行ったのか。二人とも元気なのか、どうして会いに来てくれたのか。この一年間、何者でもないままの僕は、僕のことなどおざなりにしてそんなことばかり考えていた。
恋にうつつを抜かすと碌なことがない。と、先人は言ったけれど、まさに現状の僕はそれで少し後悔していた。
しかし、一年間も考えていたからこそ、分かったこともある。
「僕、カミュが好き」
どうせ何を聞いても答えてくれないなら、こちらから一方的に言うまでだ。
「じゃあね、カミュ。元気でね」
「おい」
「もう後悔はないよ。言いたかったことはちゃんと伝えられたし。これからは自分が何をしたいか考える事にするよ」
「いや待てって。勝手に一人で進めるな」
それを君が言うのか。
「……悪かったって。そんな顔するなよ」
今の僕は、もしかしたらあの夜みたいな鬼の形相なのかな。
「まぁほぼほぼ無表情に近いけどな」
カミュは、ベッドの脇に凭れるように地べたに座った。彼の顔がこちらを見上げる。
「マヤは元気にしてるぜ。もちろん俺もな。今は二人でほとんどの時間を海で過ごしてる。今は久しぶりの陸地ってことだな」
「……マジか」
なんだこの人。こっちが聞きたい事を勝手に答えてくれるんだけど。
「他には何かあるか?」
聞きたい事、なんでも答えてやるよと彼は言った。
「元気?」
「元気」
「船で移動してるんだよね?」
「そうだぜ、クレイモランで用意した特別な船だ。シャール女王がな、どうしても贈らせてくれって」
まぁカミュがいらないと言っても、国として敬意を表して褒美を渡さないと品位に関わるし。
「でも、女王様に以前聞いた時は、カミュがどこに行ったか何も知らないって」
「そりゃそういう約束だったからな」
「君ってやつは」
はははと笑った。他にも聞いてくれよと次を促された。
「うーん……ユグノアの街は見てくれた? どうかな、かなり復興が進んだんだよ」
「そうだな、ここに来る前にロウのじいさんにも会ったが、復興の様子を教えて貰ったぜ。勇者さまはめちゃめちゃ頑張ってるんだな」
えらいぞ、と彼は言う。彼は組んだ腕をベッドに乗せて、その上に頭を預けた。記憶の中のカミュよりも、今の彼はあざとくて可愛く見えた。
「カミュはかわいいな」
「それって質問か?」
「質問かも。どうして可愛いんだろう」
「可愛くねえから知らねえよ」
頭を撫でてみたくなった。だって、こんなに近くにいて、次に会う機会がないかも知れないんだ。触れてみたい。この朝のことを大切な思い出に残したい。カミュがいたことを夢だったのかと思いたくない。
彷徨う左手を彼のそばに置いた。臆病な僕には彼に無遠慮に触れる勇気は持てない。
「他に聞きたいことは?」
「……今、幸せ?」
「幸せだ」
本当に幸せななのだと微笑む彼の顔が、遠い昔のキャンプの夜に重なる。
「勇者さまは幸せじゃねぇの?」
「幸せだよ。ユグノアは着実に復興しているし、ロウじいちゃんは今も元気だし、イシの村のみんなも元気だって」
「でも後悔してるんだろ」
「後悔してたけど、まぁいっかなとも思うよ。国の復興に携われたし。この人生でもまぁ、いいと思える」
カミュに会えたから、この役職の懸念事項は消えた。今の僕には本当に後悔がない。
「ふぅん」
僕の左手に彼が触れた。手の甲をなぞる。
「今はもう勇者さまじゃなくて、マジで王子さまなんだな」
左手の痣は綺麗に無くなった。僕は奇跡を起こすことも見ることもないと思う。
「そうだね。きっとこのままおじいちゃんになって行くんだと思う」
「王様になるのか?」
「たぶん?」
「王子さま、他に聞きたいことはないのか?」
「もうないよ」
もう帰るの、とか。僕のことどう思ってるの、とか。
どうして僕の所に来たの、とか。
そんな悲しいこと聞いても意味ない。
「聞いてくれよ」
「聞かないよ。その代わり……帰っちゃう前に、一回だけ」
カミュの腕を引いて、ベッドに座らせる。昇り始めた朝日が、彼の顔を照らす。少し眩しそうに目を細めた。
「ぎゅっとしていい?」
「いいぜ、ほら」
両手を広げて受け入れてくれた。
抱きしめると、うっすらと石鹸の匂いがした。はじめて抱きしめた彼の体が存外薄くて、ちゃんと食べているのか心配になる。カミュの腕が僕の背中に回る。優しく背中を撫でられて、どきどきする。
「へへっ、お前、思ったよりデカいな。はじめて会った時より、マジでデカくなったし、今も成長してるのか?」
「そ、そうだね……えへへ、今は建築現場で仕事してるから」
へらりと笑うしかないだろ。こんなにぎゅうぎゅうと抱きしめてしまって、幸せでいっぱいにさせられて。
腕を離すのがこんなにも惜しい。
「……イレブン」
少し体を離したカミュが僕を見る。
「心臓の音がヤバイな。大丈夫か?」
「さっき言っただろ、君が好きだって……」
恥ずかしさから、抱きしめる腕を解いた。カミュから距離を取る。
「勇者さまの方がかわいいじゃねぇか」
「仕方ないだろ」
はぁ、とカミュはため息をつくと、僕が開けた距離を詰めてきた。
「前回も前々回も今回も、お前臆病すぎる」
「な、なんの話……」
「まぁなあ、俺が受け手に考えちまったのが悪かったんだよな」
「だからどういう……」
「だって勇者さまはいっつも強引で……だから俺の迷いごとどうにかしてくれそうだから」
カミュの腕が、僕の首に回る。暑くなった体に、朝の冷たい風が吹きつけて心地よい。一瞬、カミュの纏っている石鹸の匂いが強く感じとれる。
「イレブン、好きだよ」
ようやく僕は、彼が別れの度に僕に挨拶に来てくれる理由を悟った。つまりカミュは、
「引き留めていいの?」
「一緒に生きていけたら、楽しいだろうなって言ったの覚えてるか?」
「え、そんなこと言ったけ」
「ほら、お前が旅を終えた後、なーんもしねぇでゴロゴロしてた時」
「あぁ、んえ? あれ、それ」
時を渡る前だよね。
「ま、そういうことだ」
「なんだそりゃ……」
奇跡起こりまくりじゃん。誰だよ奇跡なんかもう起こらないとか斜に構えたこと言ってた奴は。恥ずかしいすぎる。
「う、うわぁ……う、どうしよう、嬉しいとか悲しいとか感情がごちゃごちゃで」
「泣けばいいだろ。ちゃあんとここにいてやるから」
よしよしとあやしてくれたカミュは、じゃあ朝飯食ってくるからとあっさり出て行った。
さっぱりしすぎじゃない?
「顔真っ赤じゃん勇者さま」
久しぶりに会ったマヤちゃんはあの頃よりも少し背が伸びたようだ。隣に立つ兄との身長差が縮まっている。
「マヤちゃん……お久しぶり。焼けたねぇ」
「いしし、海の女だからな。兄貴はやべーくらい白いけどな」
朝食をとっていた兄妹と街のレストランで再会した僕は、同じテーブルに着いて食事をとった。
「で、その様子だと兄貴は無事に住む所ゲットしたんだろ。やったな! 玉の輿!」
「こら! そんな言い方するな……大体、そんなつもりで来たわけじゃ……」
「住む所?」
デザートのショートケーキを食べながらマヤちゃんが答える。ちなみにこの店のデザート類は僕とセーニャ考案のメニューがいくつもある。特に、お土産用の箱入りクッキーは自信作だ。
「おれのメダ女入学が決まってよ、学校に行ってる間、兄貴が一人でふらふらしてたら心配だろー? おれの知らねえ所でくたばってたら洒落にならねぇし」
「……クレイモランから仕事の紹介が来てたからそっちでも構わなかったんだ」
食後のコーヒーを飲みながらカミュは言う。
「でもま、おれのおにーさまは会いたい奴がいたからな。くくっほらな、結局うまく行ったじゃねぇか」
してやったり、満足そうに彼女は笑った。
「……言ってくれればいつだって泊まる場所を提供できるよ。宿屋さんいっぱい作ったから」
「ありがとな、イレブン」
可愛らしく小首を傾げる癖と、優しい眼差し。
うん、今ならわかる。この人僕のことがめちゃめちゃ好きだろ。
「兄貴……おいおい、そんな甘ったるい顔してんじゃねぇぞ。妹さまがいるんだから少しは控えろ」
「……気をつける」
マヤちゃんはキメラの翼を使って、メダル女学園へと飛んだ。「じゃあな!」と別れ際があっさりしていたので、この兄妹はたぶんそういう感覚で生きているんだろう。
別れる時は別れる、そういう感覚。
「べつに、そんな薄情でもないんだぜ」
「薄情とまでは思わないよ。あっさりしてるけど、ちゃんと挨拶してくれるし」
「別れる時はいつだって急だし、二度と会えないかも知れないのはお互い様だろ。生きてりゃ新しい誰かと会うことも同じだけある」
カミュが自身の考えを口にするが珍しくて、驚きつつも先を促した。
「誰かの特別じゃなくて、たくさん出会った中の誰か、くらいに埋もれるくらいがちょうどいいと思ったんだ。別れたあと、数年もすれば綺麗に忘れちまうような」
「どうかなぁ……別れ際にそんなあっさりされてたら、大切な人だったら余計に思い出すよ。嫌われてたんじゃないかな、とか。死ぬつもりなんじゃないか、とか。なんか」
「……だから、イレブンにはちゃんと挨拶しただろ」
「あんなのあっさりの範疇だよ!?」
カミュの基準ってどうなってるんだ。というか、そうか。
「カミュに別れを告げる人って逆に少ないからか……」
先に居なくなるのはいつもカミュの方。だから基準がおかしいのかも。
「イレブンだってあっさり過去に飛んだ癖に」
「だって過去に行ってもカミュが居てくれるから」
そろそろ本日の仕事の開始時間が迫っている。朝日が昇って美しい街中を二人で並んで歩く。
「とりあえずは僕の家、部屋一つ空いてるからそこを使うといいよ。ちゃんとした家は後々だね」
「えっ」
驚いたカミュが立ち止まる。
その様子に僕も察して慌てる。
「えっ? あっ……その、良かったら僕の家、部屋が一つ空いてるから。そこでいい?」
「ん、よろしくな。イレブン」
「これからよろしくね、カミュ」
二度とお別れがないように、僕はカミュと人生を歩む。何者になれるだろうかと不安と焦りでいっぱいいっぱいだったけれど、カミュと生きる人になりたいと、僕は思った。