何があるでもなく「未来とはなんなのだろうな」
ふと疑問に思ったことを口にした
目の前のタヌキ顔をした猫、徳川家康は唖然としながらワシを見る
彼とはよい同盟関係だろう、遊びに来ないかと今日も安土城に呼んでやった
「…はあ、それまたなぜ」
「いや、ふとな」
「信長殿らしくないですね」
「そうかニャ?」
ときは1580年
未だ周りは敵ばかりであるが、天下までの道のりは着実と進んでいる
長篠で武田を追い詰め、越後の龍といわれた可愛いけど厄介な上杉謙信もすでにいない
問題は毛利であったが、あのサル…秀吉が担当している中国方面も、滅多な事がない限りは危機に瀕しはしないだろう
もはや敵なし、自身が頂点に立つのも時間の問題だった
「信長殿は、"視えて"いないのですかニャ」
「何をだ?」
「"未来"ですよ」
「…ああ、どうなんだろうな」
目の前のオレンジ色の毛をした猫は、落ち着いた声で問いかける
「私はてっきり、信長殿は今後の日本の在り方がどのようなものか、想像がついているのかと」
「ううむ…」
しばらく沈黙が続く
夜の薄暗い空間を月明かりが安土の街を照らしている
そしてその光は、自分自身をも照らしていた
「…未来など、何も決まっておらん」
ふと口にしたそれは、あまりにもフワッとしていて
しかし核心に触れるようなものであった
…ような気がした
「もし、もしな?ワシがある日突然ポックリ逝ってしまったのち、息子たちでなくお前やワシ以外の誰かがそれを引き継ぐとなるならば」
「…なら?」
「ワシは多分、"時代の連鎖"を感じるのだろうニャ」
「……つまり、諦めると?」
「そりゃ、死んでるもんな」
「まあそうですがニャ…あまりにも突拍子のない想像で…」
「ま、あくまで"仮定"の話だがニャ」
盃を交わしながら駄弁る
このような静かな時間も、ワシは結構好きだった
「…ま、そんなことはないと思いたいがニャ」
「…そんな未来があったら、私は今より苦労しそうですニャ」
「は、混乱はするだろうニャ。たとえばワシが死んで、お前は周りから狙われる立場になるとか。そして死を覚悟の壮大な冒険をするのだ」
「縁起でもないこと言わないでくださいニャ…」
「で、やっぱり未来ってのはわからんもんなのかニャ」
ワシはマタタビ茶を喉に流し込みながら、ふいに天を見た
そしてぱっと何かを思いついた
いや、すでに答えはあったのだった
「未来は、"創るもの"だとワシは思っている」
「…おお」
「ワシがこの手で創り上げた未来こそ、今の過去であろう
稲生、桶狭間、姉川、長篠…
ワシが未来という土台を創って、お前たちに託す。
まだどうなるかは勿論わからんが、きっといい国になるのであろう、この国は」
発言には少しの本音、希望も含まれていた
家康殿は黙ってこちらを見ている
「ワシは諦めんぞ、この命がある限りは」
「…見事です」
家康殿はふと笑みをこぼした
その様は、何かを見据えた眼差しをしているような気がした
「…いつもとは違う雰囲気なのに、やはり信長殿は信長殿でしたニャ」
「当たり前だ、ワシはこの先も一生ワシなのだ」
「ですね」
「…創りましょうニャ、我々が願う未来を」
「うむ、そうだな!」
その後も他愛のないことを話し、家康殿は帰っていった
未来とは希望に満ち溢れたものであり、またひどく残酷なものでもあるだろう
それをこれからもワシは創っていくのだ
月明かりが安土の街を照らしている