いい加減にしてください!!「おう昴、やる」
「またですか?」
不知火が雑に投げて渡した箱を受け止めながら昴はうんざりとした顔でその箱を見る。本日通算五箱目になるチョコ菓子に米神を抑えたくなった。
曰く、本日はポッキー&プリッツの日だそうで。子供たちに意気揚々と大量に大人買いしたそれを渡そうとしたら奥さんに叱られ締められ、それを自分の所属する部署に配り歩いているらしい。最初こそ、同期や先輩もありがとうと受け取っていたのだがこの親バカ、否バカ親は段ボールで買い占めたらしい。しかもそれをどこにしまっているのか本人も覚えていないらしく、出てくる端から通りすがりの人間に渡しているうちにもう要らないと誰からも受け取ってもらえなくなったらしい。そうなると残りの菓子は昴に集中砲火される。しかもまとめて渡してこないのがタチが悪い。拒絶しても先輩命令! と叫ばれながらコートのポケットからジャケットの内ポケット、そのうちベルトにまで挟まれ出してにっちもさっちも行かなくなってしまった。あ、これはあれだ。マダオ(まるでダメなオヤジ)モードだ、と昴が思いつく頃には引き出しにも仕込まれるという始末。さらにはまだまだあるらしい、出てきたら渡すと言う死刑宣告まで食らっていた。こっそり不知火のデスクに返す等、反撃(?)はしているのだがそれが見つかるとまた昴に戻ってくると言う悪循環。
これがしばらく続くのか。本気か。
昴はうんざりしていた。不知火は真面目にやれば自分の不足分をフォローして立ち回ったり、あれこれと先読みし動くことができるし、何より肝心なところで冷静で頼りになるのだがマダオモードになると真逆になる。子煩悩故ではあるのだろうが、仕事中にまで親バカしないでほしいと思いつつ言えていない。行ったが最後だ、とすら思う。何故かは自分でもわからない。
「すいません、前回の事件の鑑識結果を……」
ひょこ、と刑事課を覗き込んだ蒼が硬直する。それもそうだ、男世帯の刑事課に充満するチョコの匂いに誰しもそうなる。というか普通にアンバランスである。自分でもそうおもうのだから蒼は勿論、他の部署の人間も同じことを考えるだろう。
「あ、すいません。預かりますね」
取り敢えず、ここから彼女を返してやらねば。そして仕事をしつつあの先輩をどうにかせねば。なんで俺が、と思う気持ちは封殺する。
と、分厚いレンズの眼鏡の奥の青い目がじっと昴の背後を見ているのに気がついた。その先を視線だけで追いかけると、山積みになっているポッキーの箱。いつの間に。しかもジェンガみたいに積んである。あれではさっと退かせられないではないか。
この間三秒である。取り敢えず彼女が何かアクションする前に帰らせよう絶対面倒な事になる! と昴は慌てたのだが。
「瀬戸浦さん、あんなにお菓子食べる人でした?」
不思議そうに言われて、ああもう手遅れだと内心で頭を抱えてあはは、と苦笑を返すしかできない。彼女もなのだ、やたらと自分に食べ物を与えたがるのは。
終わった。更に来るぞ、追加が。
内心腹を括りながら「子真神さんが」とあのバカ親からであって自分で買ったのではないとアピールしようとして、ふと彼女にしては珍しく歯切れの悪い様子を見せた。
「? どうしました?」
「あの、すいません。あれ半分くれませんか? お金は払うので」
後輩の子が好きなんです。その言葉を今日ほどありがたく思ったことはない。
お金はいらないから好きなだけ持っていってくれ、できれば全部。と、必死に頼む昴に蒼は困惑しながらも引き取ってくれ、昴はその日安堵して家に帰ったのだが。
翌日、がさつに段ボール箱ごと菓子が置かれている光景に思わず踵を返して帰りたくなった。