フィリアトラル大陸の湿り気を帯びた空気は、夜になると幾分かましになって心地よい風が頬をなでる。シャバーブチェはどこも満席で、タンカード片手に立ったまま談笑している客も多い。多種多様な種族が肩を並べていて、大きな笑い声に時折食器を倒す音などがけたたましく響いている。誰も彼もが楽しそうで、それはいま目の前に座る英雄も同じだった。
無精髭におおわれた口元に、今しがた切り分けられた肉のソースが滴っている。齧り付く彼の唇は、他のヒューランの男性と比べてもやや厚めに思えた。汚れた口元を雑に手の甲で拭って、タンカードになみなみと注がれたエールをあおってはまたこぼして、また雑に拭って笑っている。終末をとめるために奔走していたころとは違う、緩んだ笑顔だった。
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