安心と信頼のバルデシオン委員会の資料整理にあたり、検証に必要となる錬金薬をウルダハのマーケットで物色しているところだった。つん、と肩をつつかれて、ひとりで来ていたものだから眉を顰めながら振り返る。果たして目の前にいたのは、頭の先からつま先までを覆う甲冑に身を包んだ男(恐らく)だった。やあ、と挨拶でもするみたいに片手を掲げている。
「えっ…と……」
誰?
いちおうその言葉は飲み込んでおいた。
身の丈をこえる槍を背負っているところを見るに竜騎士だろうか。竜騎士といわれて真っ先に頭に浮かぶのはエスティニアンだが、彼にしては身長が合わないし、何より彼はこんな気さくな絡みかたをしてこない。
しばらく戸惑っていると、肩を落とした甲冑の男は後ろ手を組んで、ちぇ、とばかりに足元の小石を蹴飛ばした。なんて子どもみたいな拗ね方するんだこのひと。いかつい甲冑姿とのギャップが凄まじい。
項垂れたフルフェイスの兜の隙間から、己よりも高い位置にあるのに器用に上目遣いで伺うような、すこし悲しげな星の青が覗いている。
「あっ…あんた」
もしかして。
俺のいちばんの英雄の名前を音にのせると、男はぱっと嬉しそうにおもてをあげた。
「やっと分かった?」
「なっ…あ、紛らわしいことするなよ!」
「グ・ラハなら分かるかと思って」
苦労しながら兜を脱いであらわれたのは、嬉しそうに笑うアーテリスの英雄だった。兜が暑いのかすこし汗をかいていて、わずかに湿り気をおびた前髪がくちゃくちゃに乱れている。
「ミコッテは鼻が効くって言うから」
「そうだけど…こんなとこじゃ分からないって」
そうなのか?とばかりに大きく目を見開いた男は、ちょいちょいと前髪を直しながら辺りを見渡した。
「人が多いし、ただでさえマーケットなんだ…スパイスの匂いが強すぎる」
「なるほど」
向き直って笑う英雄の目元には年相応にやわらかく皺が刻まれていて、あぁ好きだなあと心のなかで呟く。子どもみたいな悪戯するくせに。やっぱりどうあってもかっこいい。
「見たことないの着てるな。かっこいい」
「だろ?最近つくったんだ」
ミラプリしてるから中身は違うんだけど、とよく分からない冒険者用語が出てきたので、首を傾げながら笑っておく。ダンジョンに潜ったり相変わらず細々としたおつかいなんかもしているだろうに、こんな立派な装具をいったい何時作っているのやら。
「俺用事終わったんだけど、あんたこのあと時間あるか?良かったら飯食いに行こう」
「いいな、行こう」
そういって腰元のポーチから何かを取り出すと、瞬く間に普段着のような気軽な装いに変わるものだから目を剥いた。以前にも見たことがあるけど、本当にどうなっているんだろう。
冒険譚の前に教えてもらおう。わくわくしながら、彼とふたり並んでクイックサンドへ向かうのだった。