「それ当て付けっていうんだよ」視線を巡らせた。
すぐ見つけられるほどに、赤い髪は目に馴染んでいる。
「結人くん?どうかした?」
「いや、なんでも」
俺が女子と話すとき、どこかしらに見慣れたアイテムはちらつく。
赤い髪。馴染みのパーカー。ベースケース。
視界の隅にそれを置いて、目の前の会話に意識を向けた。
「それで、結人くん、ギター弾けるんでしょ?あたしもギター弾いてみたいなって思ってて、結人くんに教えてほしいなって」
柔らかそうな、女子の手だ。
慣れていなければ痛いだろう、弦が指先に食い込むあの感覚に、この手はどこまで耐えるだろうか。
まあ結局のところ、ギターは目的じゃなくて、彼女にとってただの手段でしかないんだろう。苦笑がつい漏れる。
「サークルのひとに頼んで、練習用の部屋貸してもらったの。時間ある?」
「もちろん」
そう軽く返事をして、自分の部屋に帰って来る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
鍵を差し込んで回す。軽快な音がする。
リビングの明かりは点いていた。
「おかえり、ユウ。遅かったね」
航海は俺の部屋の合鍵を持っている。
今日はここで会うことを決めていたけど、俺が遅くなったから先に部屋で待っていてほしいと連絡した。
「ちょっとな」
「女の子?」
「まあ」
いつもだ。このやり取りは、最近俺が女の子と出掛けるといつも、航海とする。
航海は、俺が女の子といると知っている。俺がそういうふうにしているから。航海の耳に、直接言わないにしろ、何かしらの形で入るようにしているから。
そう、と返事をする航海の声は平坦で、まるで感情が籠ってないみたいだ。
そんなことないくせに。
一瞬、動揺した表情を見せるのは、たぶん俺だから分かることだ。
俺が女の子と出掛ける度に見える航海の動揺は、俺の優越感をじわじわ満たしていく。
これをなんて呼ぶのか、知っている。
でも、この気持ちをそう呼ぶには、俺のはもう歪んでねじまがって、ぐちゃぐちゃになっている。
気づいたところで、それを伝える勇気もないんだ。
小さく俯いているような背中に、触れられないでいる。
***
俺の部屋で会う話をしていた。
珍しく、航海から遅くなると連絡があって、しばらくしてから漸く、玄関の戸が開く音がした。
「航海、おかえり。遅かったな」
「ちょっとね」
ちょっと。
その返しには、覚えがある。
「…女の子?」
「……うん、そう」
どすっと、なにか、胸に重たいものが落ちてきた気がした。
「…どうしたの。なに、情けない顔してるの?」
航海が笑って、俺に近寄る。
ユウが悪いんでしょ。
眉を下げて、悲しそうな笑顔で言った。
「ユウがすること、気づいてたよ」
そっと肩に、手が触れる。冷たい。
「とっとと自分のものにしておけばよかったのにね。先、越されちゃったね」
そうして耳許に囁かれて、そのあとのことは何も考えずにただ衝動のままだった。
手を引いて、航海をすぐに部屋へと押し込め、ベッドに押し倒して、白い肌に歯を立てた。
無理やり押し広げる隙間と、重ねた体は熱かった。
途中、どろどろになった航海が、俺の視線を捕まえて言った。
「最初から、こうしてくれればよかったのに」
***
「最初からって、俺を好きってこと」
「聞かないで。分かってたくせに。分かってて、他の女の子と遊んでたくせに」
「付き合ってくれる?」
「いやだ。先越されたって言っただろ」
「…えっ、航海、今、ほかのひとと…?」
「…一生僕のこと追いかけてろよ、ばか」