Merry X'masその日、師匠は赤いサンタ帽を被って相談所の仕事をしていた。
「こういうのは雰囲気だからな〜うちもクリスマス商戦に便乗させてもらって営業しようっつー魂胆だ。お前の分もあるんだから被っとけよ」
そう言って僕は師匠と同じサンタ帽を頭に乗せられて受付の定位置に座ることになった。
その頃の僕はちょうど小学校の冬休みに入っていて特に行くところも無かったから休みに入ってからはよく相談所へと通っていた。普段からお客さんはまばらだったけど、冬になるとそれなりに調子が悪くなる人が多いようでマッサージのお客さんが増えていたから、師匠が施術をしている間僕は漫画を読んで過ごしていることが多かった。お会計の時に真っ赤なサンタ帽を被っている僕を見て、あら可愛いサンタさん、と個包装になったビスケットをくれた常連さんがいて、僕はそのビスケットを食べながら師匠がコーヒーを飲むついでに淹れてくれたホットミルクを両手で抱えて火傷しないようにちびちびと飲んで過ごした、そんな冬休み。
あの日師匠はパソコンに向かって、僕は受付でいつものように漫画を読んで、二人ともサンタ帽を付けてる以外は特にいつもと変わりなく過ごしていたんだけど、24日のクリスマスイブともなると誰も霊障相談には来ないらしくて結局その日は一人もお客さんが来ないままだった。
「こんな日に依頼持ち込んで来る客なんかいねえか。暇だな……」
窓の外ではらはらと雪が降ってきたのが見えた。
「雪もちらついてるしとっとと閉めるか……」
師匠が立ち上がりブラインドを閉めようとしたところ、何か思いついたようで茂夫くんアレルギーとか何か食べれないものとかある?と聞かれたので僕は首を横に振った。ちょっとここで待ってろよ、と言って師匠は表の看板を本日終了に裏返してからそのままどこかへ行ってしまった。一人残されて静かになった相談所で、僕は少し心細く思いながら待っていたら10分ほどして師匠が何やら袋を持って帰ってきた。
「ほれ、スマイルマートのチキン。一緒に食おうぜ」
そう言って師匠は近くのコンビニでチキンを買ってきてくれたのだ。
「夕飯前だからな、あんま腹いっぱいにすんなよ。家のご馳走食えなくなるぞ」
「ありがとうございます」
「ケーキは帰ったら家族と食えよ」
コンビニチキンをあまり食べる機会が無かった僕は紙袋に包まれたそれを目を輝かせながら受け取り、そっと破いて中のチキンを半分取り出した。まだだいぶ温かいそれを一口食べると中の肉汁が溢れて零れおちそうになった。
「せっかくのクリスマスだし、たまにはそれっぽいことしないとな。小腹も空いたし、お前もいるし丁度いいだろ」
そう言って師匠は豪快にチキンに齧り付くと、あっつ!!と叫んでチキンを落としそうになった。中の肉汁が熱かったらしい。僕はチキンを浮かせて冷ましてあげた。
「おお……サンキューな茂夫くん」
よくやったぞ。あ、牛乳飲むか?脂っこいもん食べたらなんか飲みたくなるだろ?
師匠は僕と自分用のマグカップに牛乳を注いでくれた。それを手に取りコクコクと飲み干す。この時飲んだ牛乳の味はなんだかいつもより美味しく感じた。
そうして僕らはサンタ帽を被りながら相談所でコンビニチキンを頬張り、牛乳を飲んで二人だけのささやかなクリスマスを過ごした。
僕は今でもクリスマスになるとこの時食べたチキンや牛乳の味を思い出す。今となってはよく食べるいつもの味なのに、あの時二人で食べたチキンはなんだか特別な味がしたのだ。
――――――――――――
しんしんと雪が降り積もる中、コト、コト、と階段を登り、本日終了と看板が掛けられたドアを開ける。鍵はかかってないようで、ドアノブを回したらすんなり中へと入れた。
「……表の看板が見えなかったのか?」
中央の所長席に座ったまま、こちらへ声をかけてくる。
「電気がついていたので」
僕はそのまま足を進め、その人の座る机の前で手に持った白いビニール袋を見せた。
「それより、これ食べませんか?スマイルマートのチキン」
◆◇◆
「あんなに売ってるなんて凄いですね。この時間でもチキン山積みになってましたよ」
「そりゃクリスマス本番だからな。今日明日は店側も気合い入れるだろうよ」
僕らは師匠の入れてくれた牛乳を飲みながら、まだほのかに温かさの残るチキンを頬張った。
僕は仕事が終わったその足で相談所へと向かった。この日だけはみんなどことなく浮かれ気味で、残業もそこそこにさっさと仕事を終わらせて家路につく同僚が多いのだ。
「……お前、今日が何の日か知ってる?」
彼女とデートの予定とかないの?
師匠がこちらには目もくれずチキンを頬張りながら聞いてくる。
「今日は大切な人と一緒に過ごす日です」
そう答えると僕も自分のチキンを頬張った。
「……あっそ」
そっけない言葉とは裏腹に師匠は満更でもなさそうな、少し照れたような表情をして目を逸らす。
「師匠こそ、仕事もないのにこんな時間まで残業ですか?」
僕の記憶ではクリスマスに相談所に来るお客さんはほとんどいないし、こんなに雪の降る日なら尚更早めに相談所を閉めててもおかしくないのだ。
「生憎、繁盛してるんでな。こんな時間まで残業だ」
そんなことを言いながら師匠はゴクゴクと牛乳を飲み干す。
僕は本当はもう知ってる。サンタさんの正体はフィンランドに住んでるおじさんじゃないってこと。
相談所にいつも牛乳が置いてあるのは、僕が来た時のために師匠が買っておいてくれてたんだってこと。24日のクリスマスイブの日に会う約束なんかしてなくても、相談所の看板を本日終了に裏返して、彼は僕が来るまでずっと待ち続けてるってこと。たとえ僕に彼女ができて、クリスマスにデートの予定が入っていたとしても、彼はずっとここで待ち続けるんだろうなってこと。
「ついでにケーキも買ってきたんです。一緒に食べません?コンビニのやつですけど」
「……別にいいけど」
僕はMerryX'masと書かれたプレートが乗っかってる苺のショートケーキを二つ取り出した。付いてきたプラスチックフォークでそっと掬って口に運ぶ。
昔家族と食べたような、どこか懐かしい味がした。