ビー玉箱「福沢が乱歩に貰ったものをしまっておく箱」を
「ビー玉箱」と呼んでいる。
名前にビー玉と付いているが、入っているものは様々。
五百円玉や貝殻、猫のぬいぐるみ……しまう前に食べてしまったが駄菓子なんかも入っていた。
この箱は、乱歩がビー玉を福沢にあげた出来事に由来する。
「福沢さん、ビー玉取って」
周りから「探偵双人」と呼ばれるようになって間もない頃。
学生服に身を包んだ乱歩は、買って貰ったラムネを再び福沢に差し出した。空き瓶には硝子玉が入っている。
福沢は受け取った瓶の飲み口を回して外した。そのまま傾けるとビー玉が転がり出てくる。
出てきた硝子の塊を布で軽く拭くと乱歩に返した。
「やったー!」
受け取った乱歩は、嬉しそうに中を覗きこんだ。福沢はその様子をまじまじと見つめた。
「それ程にビー玉が好きか」
「うん。見てて全然飽きないんだから」
乱歩が福沢に駆け寄り、「ほら」と言ってビー玉を手渡す。次は福沢が硝子の中を覗き込んだ。
「光が反射して、硝子がいろんな色になるでしょう」
改めて見てみると、ビー玉は様々な色に変化しながら景色を映していた。
福沢の前で自慢げに腕を組む乱歩だったが、黙って固まったままの福沢に気付き、乱歩が聞いた。
「もしかしてビー玉覗いたことないの?」
「こんなにじっくりと見たのは初めてだ」
「へえ」
空にかざしたビー玉は、透き通って多くの光を反射する。さっきまで濁った硝子の塊に見えていたが、ビー玉は別物のようだった。
「福沢さん、笑ってる」
「このビー玉は格別に綺麗だ」
すると、「僕にも見せて!」と福沢の立っていた場所に乱歩が強引に押し入る。再びビー玉の中を覗くが、先程乱歩が見た景色と変化はなかった。
「……いつものビー玉と変わらないけど」
そのビー玉は、乱歩にとっていつもの硝子と何も変わらない。しかし、福沢にとっては、特別綺麗に見えたのだ。穢れの無い、純粋で透き通った、福沢が長く忘れていたようなものがそこには詰まっていた。
乱歩はじっと福沢を見つめた。
「ねえ」
乱歩はビー玉を摘む福沢の手を両手で包んだ。一回り小さい手がゆっくり離れると、福沢の掌には透き通ったビー玉が乗っている。
「これ、福沢さんにあげる」
驚いた顔をする福沢の掌では、ビー玉が宝石のように輝いていた。
「僕、昔からビー玉沢山集めてるんだ。一つぐらい福沢さんに分けてあげてもいいかなって」
「そうか、有難う」
福沢は持参した信玄袋の口を開け、中にあった手ぬぐいでビー玉を綺麗に包んだ。福沢の表情は微かに柔らかくなっている。
それを見た乱歩は満足そうな顔をした。
ビー玉をしまい終わると、二人は再び歩き始めた。
「ビー玉の他にも、僕面白いもの沢山知ってるよ。福沢さん知らないだろうなあ」
「是非知りたいものだ」
乱歩が「その答えを待っていました!」と言わんばかりの笑顔になった。空になったラムネの瓶は、乱歩の両手で大事そうに握られている。
「仕方ないなあ!この僕が福沢さんにまた教えてあげるよ!」
正面を向いている福沢の表情は、乱歩からはよく見えなかったが、声色が温かかった。なんだか、かつて隣に居た、亡き父の声に似ているような気がした。
「楽しみにしている」
この日からビー玉箱は誕生し、時が経つにつれて箱の中も賑やかになっていった。
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凄まじい足音が近付いて来ていた。
部屋の中にいる福沢は顔を顰めた。額に手を当てて溜息をひとつ吐く。
「社長ただいまー!」
ドアを吹き飛ばすように、勢い良く浴衣姿の青年が部屋に入ってきた。
「楽しかったか」
「うん!」
乱歩は浅草のとある遊園地に遊びに行って、今帰ってきたのだった。いつもは探偵帽子をかぶっている頭には狐の面が乗っており、はしゃいでいたのが伺える。
人が怖いと言って人見知りだった子供は、いつしか友を持っていた。子供のような彼だが、乱歩はあの日から確実に成長していた。福沢は嬉しいような寂しいような目で乱歩を見守る。
「馬車に乗ったり、回転する仕掛けの遊具に乗ったり、まあ仕掛けはバレバレだったんだけど……あと的当てで……」
乱歩が手提げの中に手を突っ込んで何かを探している。持って行ったのであろう駄菓子がぽろぽろと溢れ出ている。福沢は黙って落ちたそれを拾い上げた。
「あった!」と叫び声が聞こえると、お目当てのものが見つかったようで、布袋からようやく手が飛び出す。
乱歩は嬉しそうにそれを福沢に差し出した。
「これ、お土産」
微かだが福沢の顔が綻んだ。
「ああ。有難う」
あの日から、二人の周りは随分変わった。成長だってした。しかし、あの日の約束は変わっていない。
ビー玉箱の中はいっぱいになっていた。