結婚式祭壇の前に白い花が並び華やかに飾り付けられている。立ち会い人でもある招待客が座るための椅子が整然と並び、チラホラ集まりだした人々のどこか浮足立った空気がこの場をより華やいだものへと変えていた。
今日はかつて最強と呼ばれた男の結婚式だ。
リゼルは並べられた椅子の一番最後にちょこんと座り、ざわつく人々をどこか遠くから眺めるような心地で見つめていた。
ギシリ
不意に隣に現れた気配に横を向く。
「ジル」
今日のために装いを整えた男がそこにいた。
「どうした」
「いえ、いい天気で良かったなと思いまして」
見上げる先の空は晴れ渡り、今日という良き日を祝福するかのよう。
眩しさに目を細めれば、追って視線を上げた男も同様に目を細める。
「そうだな」
「綺麗でしたよ」
空から視線を逸らさず言えば、横にいた男が問うようにこちらを向く。
「花嫁」
その黒い瞳にひたりと視線を合わせて言えば、男の瞳が驚きの見開かれるのがはっきりと見えた。
「会ったのか」
「ええ。ちょっとした頼み事があると呼ばれまして」
ふーんと男の視線が祭壇に送られるのを見つめながら、彼を見た時から思っていた言葉を贈る。
「ジルも、その格好似合ってますよ」
ついと視線だけがこちらに戻り、不機嫌そうに片眉を上げて顔ごと逸らされるのに笑みが漏れる。
「照れてます?」
「別に」
ツンと返される声音は他の誰かが聞けば恐ろしさに理由もわからず謝罪したかもしれない。だがリゼルがそんな事をするはずもなくふふりと笑って男の横顔から視線を外した。
「今日は参加できて良かったです」
「そうかよ」
「君の大役も見ものですし」
「今すぐ帰れ」
「みなさん幸せそうです」
「そういうもんだからな」
この場で陰気な顔をしてたら、それはそれで問題だ。返る言葉に確かにそうだと笑い合う。
「ジル」
「ん」
「オレ…」
「ニイサーン」
響いた声に二人で振り向く。
「これ忘れてる大事なモン」
言って投げられた小箱を危なげなく受け取り、投げんなと赤毛の男に声を上げる彼。しかしリゼルはそんなやりとりには目を向けず、ただ男の手に収まった小箱を興味深げに目で追いかける。
「なんです?」
言われた男がバツが悪そうに視線を逸らすのをその手に手を重ねて呼び戻せば、パカリと開けられた蓋の中に並んだリングがキラリと光りを反射した。
「忘れちゃ駄目じゃないですか」
こんな大事なもの。
パクンと閉じた箱を懐に仕舞うのを咎める声が追う。
「逃げようとしたんじゃ?」
「お前も来るか?」
質問に答えず別の質問が被せられて、答えずとも答えがわかる。
じっとその目を見つめ続ければ次第に諦めたらしい、ふうと溜息がその唇から漏れて、リゼルはくすりと微笑んだ。
「行きませんよ」
「だろうな」
渋々立ち上がった男が祭壇へと向かうのに合わせてリゼルもまた立ち上がった。
なんだとこちらを向いた男にリゼルが言う。
「俺もフラワーガール役を頼まれてしまって」
は?瞬いた男が担うのはリングボーイ。
今日はかつて最強と呼ばれた男の結婚式。
「まさかあの2人の結婚式がまだだったとは思いませんでしたね」
宿屋の老夫婦の姿が浮かぶ。
仲睦まじい2人が実は式自体は挙げていなかったと聞いたのが先日。
ならばと急遽用意されたのが今日の式だ。
どういうわけかリングボーイをやるよう申し使ったのがジルで、嫌がる彼を老輩がどのようにしてか説き伏せて今に至る。
「なんで俺」
「気に入られてるんですよ」
「お前もな」
「光栄ですね」
今日は祝福するかのように晴れた良き日。
最強と呼ばれた男の結婚式。