鳥取砂丘 広大で。
灼熱で、極寒で。
潮のにおいもずっと遠い。
鷹山崇は、本物の砂漠を知っている。
暗い空に滲むように、人が息づく明かりが見えた。
それが、わずらわしいとは思わない。むしろ、すこし浮かれた。利き手で握ったスマホを耳に押しあてながら歩いているところだ。ゆっくりと。足音は無い。無音ではないが、むこうに伝わるのは鷹山の声だけだろう。
「お前、今、どこにいんの?」
会話の頭ではなく、いくつかのやり取りを経てから烏丸が聞いてきたのは、きっと、この独特の静けさのせいだ。
鷹山は短く答えた。
「鳥取」
「は」
「砂丘」
は、と呆れたのか息を吐いたきりの表情を脳裏に描いてみる。烏丸の目はひどく丸くかった。
「そういや、お前鳥取からの転校生だったよな。―――よく行くの? 砂丘」
「たまに」
鳥取は鷹山が子どもの時期に過ごした土地だった。はじめて飛んだ空でもある。とはいえ鷹山の住居と砂丘とが近くにあったわけではない。
たしか、最初は、さしたるきっかけもなく訪れてみたのだった。
どこにでも行ける翼を得ても、鷹山には行く当てがほとんどなかった。
「そうか、いいな」
烏丸は、ずいぶんおだやかな声で応えた。
優しいひびきだ。その表情を思い描いて見ようとする。
しかし、細部があいまいで、あまり上手くはいかなかった、次第に、鷹山の、眉間が寄った。
「会いたくなった」
自分でも耳慣れない。
湿った舌の運びで告げた。
最後の呼気が、振れた。
会話が止まった。
烏丸が、驚いている表情を想像してみるのは容易かった。
ほんとうに、表情がくるくるとかわる。
そんなことを思いながら、頷かれないとはわかっていてもあとに続く言葉を口にした。
「抱きたい」
「ふざけるな」
一転、烏丸の吐き出す声が冷えきった。
断ち切られそうで怖い。
しかし。
それはどういう意味でだと妙に冷静に、生真面目に詰めてくる。やめておけばいいのに。
いちいち烏丸らしくてとてもいい。
好ましい。
「どういう意味ででも、あらゆる意味で」
「それは、もっと俺と近くなりたいと。もしかしてそういうことを言っているのか」
なるほど。
そこまで難しく捉えるのかと感心をしながら、鷹山は、自身の願望をつぶさに観察しようとする。
耳を澄ませて目を閉じる。
頬で、腿で、内腕で。胸も。己のすべての肌で烏丸にすり寄って、背中を抱きしめて返されたい。
ひどく単純な欲望を、わかってもらえるだけの信頼をいまだにもたない。
進み続ける左右の靴の隙間から砂がなだれ込んでくる、足首ごとここに沈めようとするかのような重い流れを感じはじめた時に、かつんと、厚手のマグカップの底が鳴った。
知らず、強く押し当てていた平たい機械越しに繋がる、烏丸のむこうに、さあさあと雨の降る空間があることだけがわかった。
鷹山は、時折、無性にここを踏みたくなるのだ。
砂漠の偽物。
ではなくて。
寂しさと、帰りたい場所の、偽物だ。