後追いのリーズナー桜の木を皆焼き尽くす戦火。
雨彦は戦いの途中で大怪我をして入院していた。最近は少し良くなったが、ずっと息が苦しい。毎日見舞いに来てくれる優しい大切な仲間たちを無言で見送る。
そんな中、北村は雨彦がいない隊で仲間を守って死んでいった。かなりの犠牲を出しながらも我が軍は勝利をおさめていた。
雨彦が知らないところでこの世界はやっと平和を取り戻そうとしていた。
あれから1週間後、古論が見舞いにやってきた。
「壮絶なものだったので…現状復帰に時間がかかり、なかなか来られなかったのです。」
「大変…だったな……北村…は…?」
「 …まだ。」
疲れた様子の古論はほんの数分で帰ってしまった。顔がよく見えない。
古論でこの様子ならもっと体力のない北村ではきっとまだ来られないんだろう。いつまで経っても北村は来ない。
病室のカーテンがゆらゆら 窓から生温い風を運んでくる。初夏の風と共に現れる見慣れた姿、北村だ。
「遅かったなお前さん、大変だったろう」
雨彦は北村を抱き寄せて手を撫でる。
「お疲れ様、行けなくて悪かったな」
唇でも触れ合いたかったけどマスクが邪魔する 「悪いな、こいつを外すと苦しくてな」
あの戦いの前に来た時には見かけなかった機械がたくさん置かれている。北村は雨彦の頰を撫でて苦しげに眉を下げる。
「心配しなさんな、今日は調子がいい」
雨音と機械の音が病室に鳴り響いている。
隊員たちがやってくる前に北村は帰ってしまった。
「お前…さんら……いつも…すまないな…」
遠くで誰かが話しているのが聞こえた気がした。
『速…で……昨日…見され…遺…は北……ら…ん………と判明………た。我が…を守…………亡く………………』
ある日、雨彦は北村に質問した 。
「お前さん、他の奴らと一緒に来ないのかい」 北村は優しく雨彦の目を見つめる。
「ははぁ、二人きりってことか…」
指を絡ませたり抱き合ったりした。
最近セミが出始めたようで外が騒がしい。部屋の中は酸素が流れる音がして雨彦の声はほとんど聞こえなかった。
上手く息が吸えない…
外がうるさい、日差しが強い。毎日見舞いに来る上官や隊員たちがベッドの横で泣いている。
やめてくれ、悟らせないでくれ、皆も北村のようにいつも通りにしてくれ…
いつのまにか無理矢理に空気を送り込まれるようになっている。それでも苦しかった。
ふと意識が遠のく。ああ、このまま眠ってしまう……
外では死にかけたセミが音を立てている。管を通されたらしく喉が痛いが、どうやらよくなったらしい。体に繋がれた管は減っていた。眠いがなんとなく体が軽い。
ああ北村、すまないな。来てくれたのに、話すことすらできない。
北村は雨彦の手を握る。北村が何か言っているが別の音ばかり聞こえる。北村、北村、何も聞こえない。どうしたんだ。
夜中、来るはずのない来客。月明かりに照らされた北村がベッドの隣に立っていた。
「…きたむら」
何ヶ月ぶりだろうか、体を起こすことができた。軽い、軽い、治ったのか。
「北村」
もう一度名前を呼ぶと北村はキスをしてくれた。
「雨彦さん」
手を強く握られる。
「今日は月が綺麗だねー」
「ああ、そうだな」
「近くに見に行こうかー」
雨彦が頷くと北村は雨彦を抱きしめる。北村に抱きしめられると雨彦は心地よくて眠ってしまった。空を飛んでいるような心地だった。秋風が吹いている。
「雨彦、そんな、雨彦…。」
病室の中でモニターが鳴いている