「三治郎!虎若!!」
忍術学園1年は組の教室で皆本金吾が声をかけた。
「今から校庭行こうと思ったんだけど二人も行かない?」
もう3人しか残っていない教室で金吾はそう尋ねる。そんな金吾に二人は
「ごめん、俺たち今から委員会行くんだ」
「多分また何か逃げてるだろうしね…」
と申し訳なさそうに答えた。
「そっか…ねぇ、ぼくもついて行っていい?」
帰ってきたそんな答えに興味を湧かせたのかはたまた寂しがり故にこの同級生たちと一緒にいたいのか、金吾は三治郎たちにそう聞く。
「どうだろう…いいかな、三治郎」
「大丈夫じゃない?竹谷先輩も甘いお人だし」
金吾のその言葉を聞いた三治郎と虎若は顔を見合わせて頷きあったあと、
「「それじゃあ3人で出発だー!」」
と叫んで金吾の手を両側から引っ張り生物委員の活動場所…生物小屋へと連れ立って走っていった。
ーーーーーーー
三治郎、虎若に連れられて金吾が来た生物小屋は何とも……カオスな状況だった。まず1番に、本来いるはずの蓬色の制服と青色の制服に映える色素の薄い髪が見当たらない。代わりに本来いないはずの見覚えのある濃い髪とそれによく似た色の青い制服が目に入る。さらには
「竹谷先輩!!新しく大山兄弟にジュンとネネ、ジュンコがお散歩に出かけました!!」
と萌黄色の制服を身にまとった見目麗しい先輩は若干涙目で叫んでいるし、
「竹谷せんぱ~い…!しき丸先輩がいらっしゃいませ~ん…!」
趣味は日陰ぼっこだと言っている顔色の悪い同級生は生物小屋の影に立って周りをキョロキョロと見まわしている。
「竹谷先輩!きみこ見つけました!」
普段何かと突っかかって来るクラスの良心である同級生は大きな青大将を網に入れ、遠ざけて持っている、そして
「孫兵、すぐに捕まえろ!孫次郎、しき丸には桜桃咲先輩を探しに行ってもらっているからいいんだ!きみこは直ぐ檻にいれろ一平!虎若と三治郎は直ぐに手伝ってくれ!」
ぼさぼさ髪の青い制服を着た先輩は箸を持って地面にへばりつきながら顔だけを上げて叫んでいる。金吾が戸惑っている中、こんな状況に慣れっこなのか同級生二人はまったく我関せずで毒虫探しに加わっていった。そして金吾は
「ところで、なんで成光先輩がこちらに?」
自分の所属している委員会の先輩である5年は組の成光朝右衛門が生物委員とともにいることを不思議に思い、ちょこちょこと近づいていって問う。竹谷と同じく箸を持ち地面を見ていた朝右衛門は顔を上げて
「あぁ、金吾!いやあ、ハチには世話んなってるからな~手伝いだぁ」
といつものように間延びした声で答えた。そういうものなのか…と金吾は思い、邪魔にならないように見て居ようと少し離れる。ちなみに、離れたところから見る生物委員会はなかなかに面白かったと後に金吾は同級生のいい子たちに語った。
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「ほんっーとうに悪い!朝右衛門!!マジで助かる!!」
「気にすんな~同じ5年だろ?それに今日は七松先輩に呼ばれるまでは暇だからなぁ」
そんな会話を繰り広げている委員長代理たちにふと三治郎は聞いた。
「桜桃咲先輩と二之湯先輩はどうされたんですか?」
「桜桃咲先輩は先輩のひよこのソラとデートだって言ってたよ。僕だって…僕だって!!ジュンコとデートしたいのに!!…ジュンコぉ!!!どこにいるんだい?」
その問いに聞かれていない孫兵が答える。いつも通りの孫平を苦笑しながら見て八左ヱ門は、
「さっき孫次郎にも言ったけど、しき丸は桜桃咲先輩の捜索に行ってるよ」
と補足する。ちなみに金吾は一人、捜索だなんてあの六年生は次屋先輩や神崎先輩のように方向音痴でいらっしゃるのか?と考えていた。
「忍術学園の生徒で桜桃咲先輩を見つけて連れて来れるのは先輩方を覗いたらしき丸だけだからな~。縁先輩って呼んでるのもしき丸くらいだし」
と笑いながら朝右衛門が付け加える。ようやっときみこを檻に戻した一平は
「そう考えると二之湯先輩ってなかなか凄い方ですね」
と感心したような声を上げた。するとそこに新たな声が加わる。
「ハチー朝右衛門ー縁先輩拾ってきたよ」
金吾が声の方に顔を向けると大柄な暗い桃色の髪を持った六年生が笑顔を浮かべた小柄で儚げな五年生に引っ張ってこられている姿が見受けられた。しかも、先輩後輩という間柄のはずなのに
「ちょ、一寸待ってくれしき丸。引っ張らなくてもいいじゃないか」
「だめでーす。手を離したら医務室戻っちゃうでしょ」
「それは…!」
「ぼくの仕事、先輩を連れてくことなんで」
と気兼ねなく言い合っている。噂をすれば影、6年い組の桜桃咲縁と5年い組の二之湯しき丸がそこにはいた。2人の発した医務室という単語に朝右衛門がピクっと反応し
「桜桃咲先輩、どこか怪我をしていらっしゃるんですか?」
と尋ねる。怪我が多い委員会だ。保健委員の次に医務室、という単語に敏感なのだろう。
「俺は無傷だよ。ただソラが、ソラが……」
「…はぁ、ソラが怪我をしたんだって。まったく、それで医務室から離れようとしないなんて…」
言葉に詰まる縁の代わりにしき丸が答える。しかしチラッと横目で見ると珍しく縁がシュンと落ち込んでいるのでしき丸は目を丸くする。そしてしき丸、朝右衛門、八左ヱ門は焦ったように
「心配しすぎですよ。そう簡単に死なないだろうし。ほら、虫探し手伝いましょう?」
「大丈夫ですよ、元気になりますって~」
「委員会していればあっという間ですよ!!」
と声をかけた。ついでに言うと八左ヱ門はちゃっかりと委員会に参加要請をかけている。ちなみにいつもは朴訥としていて少し怖いと思っていた先輩の珍しい姿に金吾は
「(なんか…あんまり怖くない…?)」
と認識を改めていた。そして
「竹谷せんぱ~い!ジュンコが!ジュンコがお散歩から帰ってきてくれました!」
「一平…三治郎…そっちにネネが行ったよ……!」
「大丈夫、僕が兵太夫と作ったからくりに見事ジュンと一緒にかかったから!」
という生物委員会の(下級生の)喧騒にまた、新しい声が加わる。
「桜桃咲先輩、ソラちゃんの治療終わりましたよ」
ヒョイッと顔を覗かせたその声の主、4年は組の甘味夜すあまは黄色いひよこを手に乗せて立っていた。右翼に痛々しく白い包帯が巻かれた黄色いひよこは怪我をまるで意に介さないかのように悠然とピヨピヨ鳴いている。さっきまで元気なさげな表情だった縁はぱあっと顔を輝かせソラを抱き取った。
「あぁソラ、大丈夫か!?心配したんだよ…」
「すあま悪い、ありがとうね、ほら先輩も」
くるくると回る縁にまるで保護者のように声をかけるしき丸。どこか見覚えがある光景だなと思っていた金吾は一つの結論に思いあたりクイクイと朝右衛門の制服の裾を引っ張った。
「成光先輩、成光先輩」
「ん~?どうしたぁ?金吾ぉ」
「なんだか二之湯先輩と桜桃咲先輩って滝夜叉丸先輩と七松先輩に似てませんか?」
そう、まるで委員会中に我が道を行くいけどんな先輩とそれを窘める、母親のような先輩の掛け合いのようだったのだ。やっと点が線でつながったかのようなすっきりとした感覚に金吾は嬉しそうな顔をしてそう言う。そんな会話をしていた金吾と朝右衛門のもとに、立ち上がって伸びをした八左ヱ門と後輩たちに縁を預けてすあまを引っ張って来たしき丸が近づいて話に加わった。
「確かにしき丸は保護者みたいだな、いつも」
「失礼な、ぼくのほうが先輩より年下なんだから。なーすあま、金吾」
「えっ?!えっと…」
「いやぁ二之湯先輩は母…「すあま?」すみません。」
突然振られた金吾はあわあわしながらどうしよう、と朝右衛門を見上げ、朝右衛門はにこにこ笑んだまま金吾の頭を撫でた。そんなほんわかとした雰囲気の横で、母親みたい…と言いかけたすあまをちらっと見てしき丸が名前を呼ぶ。ビクッと肩を揺らしたすあまがとっさにあやまるとしき丸はにこーッと笑って
「うんうん!やっぱ後輩はかわいいわぁ」
と言い放つ。同窓二人は
「(これ、脅してんじゃん…)」
「(さすがはしき丸だ~。強かだなぁ)」
と矢羽根で言い合っていた。余談だが、この時縁は
「孫兵、大山兄弟ってこいつらだよね?」
と言いながら毒とかげたちを素手で鷲掴んでいた。そんな生物委員長をバックに
「すあま、今度町で”すあま”を買ってくるね。先輩が迷惑かけたお詫びに。一つだけわさび入りのロシアンすあまでいいでしょ?」
と保護者は言う。それに対してわさび入り?!とツッコんだ八左ヱ門を華麗にスルーしてすあまは、
「いいですよ。わさび入り完璧に見破る自信あるので」
と告げる。朝右衛門はまるで兵助の豆腐好きみたいだな~と笑いながら唐突にひょいッと金吾を肩車した。
「うわぁ?!」
「よし金吾~。しき丸も桜桃咲先輩も揃ったから俺の出番はなくなった!というわけで委員会行くぞぉ!じゃあハチ、しき丸、またあとで!」
「おおー。頑張って~」
「ああ!マジでありがとな!朝右衛門!!」
「虎若、三治郎頑張ってえぇぇぇぇぇ……」
金吾の絶叫をBGMに、金吾を肩車したまま走っていく朝右衛門をのんびりと見送ってから八左ヱ門としき丸は
「確かに。兵助と話あうかもね。」
「次は豆腐地獄ならぬすあま地獄か…??」
と納得したような声を出した。そして、五年二人のその言葉を聞き
「??久々知先輩ですか?…あぁ豆腐か…まあ先輩にとっての豆腐が僕にとってのすあまですからぁっ?!」
とすあまが言い1歩踏み出した瞬間すあまの足元にぽっかりと空洞ができる。保健委員特有の不運による落とし穴の発動だろう。とっさにしき丸が手を伸ばして腕をつかんだ。
「えへへ…すみません、ありがとうございます…」
「おほー…さすがは保健委員、すごい不運だな…」
「ほんとびっくりした…」
ほっと息を吐いたしき丸と八左ヱ門の横に誰かが屈む気配がしたような気がした。
「しき丸すごいね…反射神経よすぎ。俺が捕まるわけだよ」
「おほーっ?!」
「え、縁先輩?!」
気づいたら隣にいた縁に驚いたしき丸がつい掴んでいたすあまの手を放してしまう。当然ながらまだ引き上げられていなかったすあまは穴に落下していった。
「うわぁあああ!!!!」
「あ!ごめん、すあま!」
「ダメじゃん。ちゃんとつかんでおかなきゃ」
「先輩のせいですよ?!?!」
「あの…引き上げてくださ~い!」
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穴の前でぎゃあぎゃあと騒ぐ上級生をじっと見つめながら三治郎と虎若、一平、孫次郎が
「先輩たち、楽しそうだけど…」
「委員会やらなくていいのかな…?」
とこしょこしょ話していたことを知っているのは孫兵だけだった。
忍術学園、生物委員会は今日も平和である。