『こちら月より、愛を込めて』No.14泥のように眠る、という言葉は誰が考えたのか。
手足は重く感覚が無い。だが石化中とは違う心地良さだった。全てを手放せる心地良さ。海の底の、更に泥の底に沈んで眠った。何十分、何時間眠ったのだろう、夢すら見ることはなくカウントもしていない。それでも体内時計は正確で、意識が浮上していくのを感じる。
ああ、起きたくねぇな。
ガキみたいだ。月行きの遠足のお時間だろうが。
重い瞼を開ければ、いつも俺より早く起きているメンタリストがやっぱり今日も早く起きていて此方を見ていた。窓の向こうは既に白み始めている。
空気自体が発光しているような柔らかい薄闇の中のゲンを見て、これは幸せな夢なのかと一瞬自分の脳を疑った。コイツは時々こんな目で俺を見る。いわゆる『慈愛に満ちた』とでも形容されるような、ただひたすらに優しい目で。
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