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    matsuge_ma

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    matsuge_ma

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    不霊夢をもちもちするソバ

    ソバと不霊夢「なあ、不霊夢もあれできるのか?」
    ふと思いついたようにソウルバーナーが言った。
    彼の左腕、いつも通りデュエルディスクに収まっていた不霊夢は、「あれ」という言葉に釣られて顔を上げた。しかし指示語を使った割に二人の周囲にそれらしいものは何もなく、不霊夢は(またか)と、半ば呆れて肩をすくめる。
    ソウルバーナー……不霊夢のパートナーである尊は、ときどきこんな風に、まるで不霊夢が自分の考えていることを全て把握しているかのような振る舞いをする。会話の流れを無視してそのときに思いついたことを突然口にしたり、なんの前振りもなく突拍子もないことをし始めたり……しかし不霊夢がそれに驚いて諭したり、苦言を呈したりすると、彼はいつも何故か不霊夢よりもずっと驚いたような顔で、きょとんと目を丸くするのだった。曰く、「だって、不霊夢なら僕の考えていることなんてなんでも分かるだろ」。
    いくら優れたAIといえども、人の心を読む機能やスキルは備わっていない。計算や予測は出来るが、それだって完璧ではない。
    不霊夢にとって尊は大切な相棒で、尊も同じように思ってくれているのは分かっている。阿吽の呼吸と言っても良い、周りが驚くほどの相性の良さを自負しているくらいだが、残念ながらいくら心を通い合わせようとも、思考の全てを共有することは不可能だ。彼だって、不霊夢の考えを汲み取ってくれないことは多々ある。
    しかし尊は、毎度なんてことのないように言うのである。「だって、不霊夢なら僕の考えていることなんてなんでも分かるだろ」。
    だが不霊夢はパートナーの、無責任で、何の根拠もなく、この上なく無茶な言葉に毎度呆れながらも、不思議と彼のこの理不尽が嫌いではなかった。それどころか、なんだか妙な優越感すら覚えるのだった。だって、彼がこんなことを言うのはきっと自分だけだと分かっているからだ。例えば数少ない友人である遊作には、こんな態度は絶対に取らない。むしろ少々寡黙な友人のために、普通よりもずいぶん丁寧に言葉を探しているふしがある。

    ソウルバーナーの先程の台詞もきっと、いつもの流れに違いなかった。二人でたわいない会話をしているうちに、何かをきっかけに以前から気になっていたことを思い出したのだろう。そうしていつものように、まるで不霊夢にはすべてが通じると確信しているような態度で口にした。しかし、残念ながらソウルバーナーが言う「あれ」が何を示しているのか、不霊夢には分からない。さすがに情報が少なすぎる。
    「あれとは何だ?」
    見上げながら不霊夢が問うと、ソウルバーナーは首を傾げた。
    「あのさ、Aiがやってた、なんつーんだろ?なんか、えーと、おばけみたいなやつ」
    こういうの。そう言いながら、ディスクの付いていない方の腕を大きく広げる。今にも襲い掛からんとする野生動物のような、不思議なポーズである。これでも情報は十分とは言えなかったが、不霊夢はぴんときた。広げられた腕は、きっと触手のように伸ばされた肢体を表現しているのだろうと推測できたのだ。
    「ああ、捕食形態か?」
    「名前わかんねーけど、捕食形態って言うのか?」
    「特に正式名称などはないが。捕食時に便利な姿だから、Aiはそう呼んでいたな」
    「あのおばけみたいなの?」
    「まあ、君はそう感じるかもしれないな」
    Aiがウイルスを食わされたときの様子を草薙が改めて分析していたとき、録画データを遊作と一緒に見たことがあったらしい。同じイグニスであるAiがあんなふうに変態できるのならば、不霊夢も同じような姿になれるのかずっと疑問だったのだ、というようなことをソウルバーナーは言った。
    「今もできんの?」
    「できるが……見たいのか?」
    何とは無しに不霊夢が応えると、ソウルバーナーは「見たい!」と声を張り上げた。
    おばけみたいなやつ、と表現したように、イグニスの捕食形態は人間の目には不気味に映る姿形のはずである。不霊夢のパートナーは人一倍そういったものが苦手なはずで、はて、どうしてそんなに楽し気なのか、不霊夢は不思議に思って首を傾げた。しかし本人が見たいというのだから断る理由もない。減るものでもなければ、羞恥心などが湧くものでもない。
    わくわくとした面持ちのソウルバーナーを横目に、不霊夢は一度目を瞑り、身体を件の捕食形態へと変容させた。姿を変えると言えば大げさに聞こえるが、不霊夢にとっては造作もないことである。胴体を膨らませ、触手のように手足を伸ばす。ソウルバーナーの背丈を飛び越えて、頭上から覆いかぶさるように腕を広げると、「おわあ」というまぬけな声が斜め下から聞こえた。そんなに気の抜けた声を出すものじゃないぞ。不霊夢のそんな声掛けは、ソウルバーナーには届いていないようだった。
    「うわーっ、すげえ、怖え~~っ!」
    台詞とは裏腹に、ソウルバーナーはご機嫌だった。けらけらと笑いながら、分かりやすくはしゃいでいる。
    「君はおばけや心霊現象のたぐいが苦手なのに、この姿は平気なのか?」
    不霊夢の腕を夢中になって撫でまわしていたソウルバーナーは、何が嬉しいのか楽しそうに笑い声を漏らしながら、「平気」と答えた。
    「他の奴だったらすげえ怖いかもしれないけど、中身がお前だって分かってれば別に、全然平気だよ」
    不霊夢はなんだか毒気を抜かれてしまったような心地で、ただ「ふむ」と一言相槌を打った。不霊夢は、このパートナーのこういうところが嫌いではない。こういう、無意識に不霊夢を喜ばせるようなところが。
    口を噤んだ不霊夢の様子など気にも留めていないソウルバーナーは、撫でまわしていた腕を放り出し、今度は顔に手を伸ばしてきた。頬を両方の手のひらで挟むようにされたかと思うと、ゆっくりと揉みしだき始める。
    「こら」と手を押しのけようとしても、「目が大きい」とか「口も大きい」とか、「手と足も増えてる」とか、思いついたことをそのまま口に出しているような緩い所感を述べながら、気にせず揉み続けている。不霊夢は早々に止めるのを諦めて、伸ばした腕をソウルバーナーの腰へ回した。身体を支えてやらないと、はしゃぎすぎて転んでしまうかもしれないと心配になったのだった。
    「ふは、ぷにぷにしてる。グミみてえ」
    「グミ?」
    「グミ。知らねえの?」
    「菓子だろう。知識としてはあるが」
    「グミ、ぷにぷにしてて、甘くて、美味いんだ。昔よく買ってもらった。あ〜、でも、マシュマロにも似てるな。俺、マシュマロあっためて食べるの好きだった」
    幼いころに亡くした両親を思い出しているのだろうか。ソウルバーナーが目を細める。それから、自身よりも随分大きくなっている不霊夢の身体に両腕でぎゅっとしがみついて、「現実の世界でも、こうやってお前に触れたら良いのになあ」とちいさく呟いた。
    「触るだけなら今でも出来るだろう」
    「でも、あれ結構大変なんだろ。それにお前、ちっちゃいし」
    データで構築された世界であるLINK VRAINSならば、データで構築されたAIの不霊夢もソウルバーナーのアバターに触れる事ができる。しかし現実世界では、不霊夢は質量を持たない。
    デュエルディスクの上に立っているように見えても、その身体は空中に投影された3Dホログラムのようなものだ。しかしイグニス独自のプログラムによって、必要とあらば実体を作り出し、現実世界の物質に干渉することも可能である。ただしデュエルディスクを媒体とする必要があり、かなりのリソースを割くため、不霊夢は時と場合によって使い分けている。
    現実でももっとちゃんとお前に触れたら、色んなことができるのに。
    哀願というよりは、拗ねたような口ぶりだった。
    「寝坊しそうな君を叩き起こしたり?」
    からかいを含んだ声色で聞くと、ソウルバーナーは肩を竦める。
    「朝は今の起こし方で充分だよ。お前、声でかいんだもん」
    「最初は普通の音量で起こしているんだぞ。君がなかなか起きないだけで」
    ソウルバーナーはあからさまに聞こえなかったふりをした。
    現実でも、この相棒にしっかり触れることができれば良い。不霊夢とて、そんなふうに考えたことは何度もあった。例えば、彼が眼鏡すら外さないまま床で寝落ちしかけているときとか、夜中に人恋しげに毛布を抱きしめる姿を見たときとかーーしかし口に出したことは今まで一度もない。声に乗せてしまえば、叶わない現実が際立って、より一層虚しくなりそうだ、という思いからだった。もしかすると、尊も同じような考えだったのかもしれない。
    しかし、今となってはそんな夢のような話ですら、まったく不可能というわけではないのである。SOLテクノロジー社は、随分と便利なものを開発してくれた。
    「だが、ソルティスに入れば君と同じくらいの体躯になることは可能だな。この姿はさすがに難しいが」
    先程までのお返しとばかりに頬を撫でさすってやる。ソウルバーナーはこそばゆそうに身を捩りながら、大きな瞳をまん丸にして首を傾げた。
    「でもあれ、ものすんごい高いだろ。人気で数ヶ月待たないと手に入らないって聞くし」
    「資金も入手経路も、やろうと思えばどうとでもなるだろう」
    ソルティスは確かに安価なものではないが、不霊夢にとっては数分で稼ぐことも容易い価格だ。やりようはいくらでもある。
    口に出してみると、現実味が増してきた。不霊夢は、珍しくわくわくとした高揚感を覚えている自分を自覚していた。人間を真似た身体は、きっと不霊夢にとって不便なことも多いだろう。しかし同様に、彼と一緒にやりたいこともたくさんあるのだ。
    「お、悪い顔」
    不霊夢の頬を指でつつきながら、ソウルバーナーはまたけらけらと、とても嬉しそうに笑った。
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