Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    matsuge_ma

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 17

    matsuge_ma

    ☆quiet follow

    聖イグニス女学院は女学院だが女学院ではない。
    オリジンとイグニス

    聖イグニス女学院「ライトニングが最近おかしい」
    不満げにそう囁いたのはウィンディである。
    あたりには誰もいないし、聞かれたくないのなら外部からの干渉を遮断すれば済むことなのだ。しかしまるで内緒話をするように声を潜めて言うものだから、お前も大概人間から影響を受けているではないかとAiは可笑しく思った。
    「そうか?特段変わったとは思っていなかったが」
    隣の不霊夢が怪訝そうに首を傾げる。Aiも倣って近頃のライトニングの様子を思い返してみたが、特別変化があるようには思えなかった。もっとも、ライトニングとAiたちは四六時中一緒に過ごしているわけではないから、ほんの少しばかり違和感があったところで気づくことは難しいかもしれない。
    Aiと不霊夢がオリジンと頻繁に接触するようになってからというもの、人間を毛嫌いするライトニングはもっぱらウィンディとばかり連んでいるのだ。それでも数少ない仲間、ほとんど身内と言ってもいい存在であることは間違いないので、なかなかに絶妙な距離感で過ごしている今日この頃である。
    ウィンディは、キッと鋭い目つきで不霊夢を睨みつけた。
    「今日だって一緒に帰ろって誘っても断わられた……今まではこんなに一人で行動したりしなかったんだよ」
    「そうか?あいつ結構秘密主義じゃん」
    「ボクが聞けばボクにだけは全部教えてくれたもん!」
    「またなんか良からぬこと考えてるんじゃないの〜?」
    カマをかけるつもりでAiが言うと、ウィンディはツンとそっぽを向く。慌てもしないところを見ると、どうやら本当にウィンディは何も知らないようだ。
    表向きは優等生で通っているライトニングとウィンディだが、実際のところは裏で随分と悪いことをしているのはAiも不霊夢も知っている。人間嫌いのAIを集めて何か企んでいるという噂もあった。現時点では遊作に影響がないのでAiも放っておいてはいるが、今後危険が及ぶのならば対処しなければいけないと考えていたところだ。
    「とにかく!一体どこで何をしてるのか後をつけなきゃ。ライトニングがボクを裏切ってないって証拠を掴むまで帰れない」
    ウィンディが決意表明のように拳を握る。Aiは不霊夢と顔を見合わせた。
    「え〜、俺今日は早く遊作んとこ行きたいのに…」
    「今日は尊もカフェナギのバイトが入っていると言っていたから、私も向かおうと思っていたんだが」
    Aiも不霊夢も、放課後は制服のまま相棒の元へ向かうことがほとんどだった。同じ家に暮らしているから直帰しても数時間後には顔を合わせるのだが、遊作と尊は平日頻繁に草薙の店の手伝いをしているから、そんな日は広場へ向かって彼らのバイトが終わるのを待つのだ。ときどきは一緒に店に立ったりもする。この学校はバイトが禁止だけれども、バレなければまあどうということもない。可愛らしいAIだと、客からもなかなかに好評なので満更でもないのである。
    ウィンディがまた目をつり上げた。
    「あ〜!ヤダヤダ!お前らみたいに人間に感化された奴はこれだからヤダ!仲間の一大事より人間の方を優先するなんて!あんな馬鹿な生き物のどこが良いのか分かんないね!」
    突き放すように言うが、その手はAiたちの手首をぎゅっと握っていた。振り解こうとしたが、どうにも湧き上がる同情心から冷たくできない。簡単に言えば、仲良しの友だちに隠し事をされて寂しがっているだけなのだ。Aiはウィンディの立場を自分に置き換えてみた。遊作が自分に隠れて夜な夜などこかに出掛けていく、そしてこっそり、Aiの知らない誰かと逢瀬を……うう、ダメかも。きっと嫉妬を抑えられない。
    「う……よく分かんねえけど、とりあえずライトニングがどこで何をしてるかを突き止めたいってことだよな?分かれば満足なんだろ?」
    「そう。まさかライトニングに限って、お前らみたいに人間にうつつを抜かすなんてことはないだろうけど。一応ね!親友として真実を突き止めなきゃいけないでしょ。何か危ないことしてたら助けないといけないし」
    「親友なら好きにさせてやるのが良いのでは」
    不霊夢が肩をすくめてそう言うと、ウィンディは「うるさい!」と拳を振り上げた。どうにも不霊夢相手だと、もともと高くないウィンディの沸点がさらに下がるのだ。
    しかし不霊夢はウィンディの拳を難なく避ける。ウィンディはそのままの勢いで床にベシャリと転がった。キーッと癇癪を起こしたような声をあげて、床に伏せたまま不霊夢の脛をバシバシと叩いている。
    いつも通りの悪ふざけだと不霊夢は思っているようだが、実はウィンディが本気で腹立たしく思っていることにAiだけは気づいていた。しかしそれもいつも通りなので、結果的にこのやり取りは毎度戯れに収まってしまっているのである。

    「あっ、ライトニングだ」
    戯れ合う2人を面白がって眺めていたAiだったが、ふと窓の外を見て声をあげた。噂の張本人が、校門に向かっている様子が目に入ったのだ。
    ライトニングは校門の手前に建てられた像の前で、律儀にお祈りをしている。ごきげんようのご挨拶と“お父様”の銅像へのお祈りは、この学園のお約束ごとの一つだ。それから、スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがこの学園での嗜み。Aiは気にしたこともないけれども。
    床に転がっていたウィンディは、Aiの言葉を聞き勢いよく身を起こした。
    「え!?もう帰ってる!?ヤバイ!早く追わないと見失っちゃう!」
    バタバタと忙しなく動き始めたウィンディに急かされながら、Aiと不霊夢も昇降口に向かった。結果的に流されてしまったが、まあ面白そうだから良いか、というのがAiの心情であった。恐らく、隣で興味深そうにウィンディを見ている不霊夢も同じような気持ちなのだろう。

    校舎を出ると、3人でそっと様子を伺いながら件の背中を追う。敬虔な優等生らしく優雅な仕草でお祈りを終えたライトニングは、制服を翻して校門へ向かって歩き始めた。
    ライトニングが歩を進めるたび、こちらも同じスピードで前進する。尾行に気づかれないよう、そしてその姿を見失わないように、常に一定の距離を保たなくてはならない。
    「つーか、改めて考えると鴻上博士の像が校内にあるの、ものすごい嫌だよな」
    校門をくぐり抜けたライトニングが、道路を右に曲がる。それを確認してAiたちも像の前を通り過ぎた。ライトニングや他の生徒のようにお祈りはしない。する意味がいまいち分からないからだ。
    校門と校舎の間に建つ荘厳な像は、聖母でもなんでもない。イグニスの産みの親であり、この学園の創設者である鴻上聖のものなのである。
    「普通自分の銅像建てるか?」
    Aiはうげ、と舌を出す。まるで歴史上の偉人のような扱いだが、鴻上聖は存命だ。ときどき部下の三人を引き連れて学園にやってきては、全校集会で人類とAIの共存について講釈を垂れている。校内にはシンパが多い。学園の生徒は鴻上聖をお父様と呼ぶように教えられ、まるで聖母マリアの像のごとく聖像に祈りを捧げる。意味わからん。Aiはほとほとウンザリしていた。A Iが祈るなんてナンセンスだ。そもそも相手は神でもマリアでもない、サイコパス気味のおっさんである。己を生み出した父親と言っても差し支えない人間ではあるが、Aiは鴻上聖に特別な感情を抱いていない。そんな男の像にこうべを垂れて何が楽しいというのだ。
    ウィンディはスカートのウエスト部分を3回捲り上げながら(校内では優等生ぶっているウィンディは、校門を出てから制服のスカートを短くしているのだ)、忌々しそうに吐き捨てた。
    「バカ息子が建てたんだよ!やっぱあいつ、頭おかしいんじゃねーの!」
    「あー、そうなんだ。どうりでなんかちょっと実物より美形になってると思った」
    「ときどき校内に侵入して花とか添えてるし……気狂いとしか思えないだろ!本人に供えろよ!家に帰りゃ本物がいるんだからさぁ!」
    「たしかに」
    ウィンディは鴻上聖の息子、了見を目の敵にしている。美人局のターゲットにしたところ返り討ちに遭い、それを逆恨みしてずっと敵視しているのだ。
    こんな像、いつかぶっ壊してやる。恨めしそうにブツブツ文句を漏らしているウィンディの隣で、不霊夢が同意するように頷いた。
    「確かに私も少々邪魔に思っていた。これのせいで尊がここに近づきたがらないんだ。私はあれをやりたいのに」
    「あれって何?」
    「他校のオトコノコが校門まで迎えに来てくれて周りがザワザワ…というやつだ」
    不霊夢はつい先日までヤンキー漫画にどハマりしていたはずであったが、最近は少女漫画に夢中らしい。正直理解が追いつかないことも多いがそれがまた興味深くて面白いと言っていた。そのせいもあって近頃はなんでもかんでも少女漫画に絡めるので、必然的に巻き込まれる尊は少々疲弊気味のようである。
    「尊はそういうの嫌がりそうだけど。てかお前がやってやればいいじゃん、学校迎えに行ったりとか、ほら、頭撫でるのとか、えーとなんだっけ、カベドン、アゴクイ」
    不霊夢は腕を組んで胸を張る。
    「尊にはもう一通りやった。妙な悲鳴を上げて怯えだしたからなかなか面白かったぞ」
    「やったのかよ」
    「半泣きになっていた」
    そのとき、変な方向へ脱線しかけた話を食い止めるようにウィンディが振り返って言った。
    「ねえ、あいつ何か広場の方に向かってない?パブリックビューイングの……」
    「え?あ、ほんとだ〜」
    距離を保ちつつコソコソとライトニングの後をつけていたが、気付けば見慣れた場所に出ていた。草薙が好んでほぼ毎日店を出している広場である。そもそも、Aiと不霊夢は遊作と尊と合流するため、もともとここを訪れるつもりであった。面倒ごとに巻き込まれてしまったと思ったが、結果的には目的地に到着したのだから良しとしたいところである。
    バイトの開始時間には少し早く、遊作と尊はまだ着いていないらしい。草薙兄弟――翔一と仁が、仲良く並んで店番をしている。仁はまだ部活を決めかねているようで、デュエル部に所属する遊作たちよりも一足早く店にやって来るのだ。
    「ラッキー。せっかくここまで来たし、今日はオレたちもう行っていい?そろそろ遊作たちも来るだろうし」
    Aiが言うと、不霊夢も「そうだな」と相槌を打った。どうやらもう飽きたのか、ライトニングへの興味は失せてしまったらしい。そんな不霊夢の様子に、またウィンディは語気を強めた。
    「ふざけんな!ライトニングが何をしてるのか突き止めるまでは付き合ってもら……う……」
    しかしその語尾はだんだんと勢いを失くし、ウィンディはとうとうピタリと口を閉じてしまった。その目は、一点を見つめている。ライトニングが何かしでかしたのだろうか。Aiと不霊夢も、釣られてそちらに目を向ける。
    「んん……?」
    「何してんだ……?」
    ウィンディの視線の先は、予想通りライトニングであった。しかしどうにも様子がおかしい。少し離れた場所からそわそわとカフェナギを眺めていたと思ったら、草薙(兄の方だ)がキッチンカーを降りて店先のテーブルを拭き始め、店番が仁1人になった途端、店の方に駆け出して行ったのである。
    「んん?カフェナギでなんか買ってる……?仁となんか話してるのかな……」
    「あれ、ライトニングのオリジンだよな…?あいつ……え……?なん……」
    そのとき、Aiはこっそりと尾行していたことも忘れて、「うわっ」と大きく声を上げてしまった。「うわ、うわ、うわー!」
    声は聞こえないが、仁からカップを受け取ったライトニングが、一言二言何かを告げて、小さく口角を上げたところを見てしまったのだ。人間をウジ虫以下として扱い、いつか支配して管理下に置くべきだなどという危険思想の持ち主だったはずの、あのライトニングが!
    「ライトニングマジかあ〜!仁と会ってたなんて全然気づかなかった!」
    「案外早かったな。彼はなんだかんだで絆されやすいと思っていたから、一度接触すればすぐだとは思っていたが」
    「ラ、ライトニングが人間に会いに来たって決めつけるなよ!たまたま!偶然!コーヒーが飲みたくなったのかもしれないだろ……!」
    「え~?オレたち別に食欲とかないじゃん。つーか、だってあれ……」
    Aiがカフェナギを指さす。ライトニングと仁は、何やら談笑中だ。その隣に立つ草薙がすごい顔で二人を見つめている。
    ウィンディが「うぐう……」と悔し気に唸った。
    「君だって本当は分かっているんだろう。私たちはそういうふうにできている」
    「お前だって、自覚があるから自分のオリジンの見舞いにも行かないんだろ?会ったらほら、好きになっちゃうから」
    「違う!!」
    ウィンディは全身を使って地団太を踏んだ。
    「ライトニングは人間に感化されたお前らとは違う!ライトニングが下等生物にそんな気持ち抱くわけないもん!ボク直接聞いてくる!」
    「ありゃ」
    Aiが止める暇もなく、ウィンディはカフェナギに向かって走り出した。Aiと不霊夢も一度顔を合わせてから、のろのろと後を追う。
    「ライトニング!」
    悲鳴に近い声で、ウィンディが叫んだ。するとそれに弾かれたように、ライトニングがびくりと身体を跳ねさせて振り返る。「ウ、ウィンディ……」と、大袈裟なまでに驚いた様子でウィンディを呼んだ。後ろめたい何かを隠すように一歩後ずさり、店から、そして仁から少し距離を取っている。
    「何してんの、こんなところで」
    ウィンディは無遠慮に切り込んだ。ライトニングは珍しく焦ったような表情を浮かべて、視線を彷徨わせる。ええと、と言いよどむ様子が不憫にすら思える状況だった。
    「これは、その……いや違うんだ。コーヒーが飲みたくなって、そうしたらこの店が、たまたま」
    苦しい言い訳だ。Aiと不霊夢は本日何度目かのアイコンタクトを交わし、助け舟を出そうかと歩みを速めた。しかしライトニングの答えを聞いた途端、ウィンディの表情がパッと明るくなる。先程までとは打って変わった満面の笑みを浮かべ、ライトニングに詰め寄った。
    「そうだよねえ!」
    ウンウンと激しく頷き、ライトニングの手を取る。
    「ライトニングまでオリジンに絆されたのかと思ってびっくりしちゃった。そうだよねえ!ライトニングが人間なんて下等生物にこっそり会ってたなんて、あるわけないよね!」
    ウィンディは嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねた。短くまくられたスカートの裾が浮く。懸念していた事態をライトニングに否定されて、すっかり安心した様子である。
    「あいつら適当言うんだもん。やっぱり人間なんかと付き合うからだよ。人間なんかに入れ込むからダメなの!低知能のゴミに近づいたらバカが移る……」
    いつものように人間への罵詈雑言を並べ立てるウィンディは、Aiたちから見れば通常運転だ。ライトニングと2人で人間に対しての文句を連ねるのが日課のようなものだったはずである。
    しかし、今日は違った。
    「こ、声が大きい!」
    ライトニングが咄嗟にウィンディの口を塞いだのだ。
    驚いて瞬きをするウィンディの口を押さえたまま、ライトニングがちらりと背後に視線を投げた。Aiもその視線を追えば、仁が不思議そうに首を傾げて二人の騒ぎを窺っていた。なるほど、と思う。たしかに、仁には聞かれたくない話だろう。彼に好意を持っているのならなおさらだ。幸い仁は他の客の対応をしていたせいで、会話の内容は耳に入らなかったようである。
    仁は優しい子だ。きっと人間を敵視するAIと対面したこともないから、話が聞こえていたら驚いてしまっただろう。Aiや不霊夢だけではなく、ライトニングも安心して肩の力を抜いた気配がした。
    ただ一人、納得いかない様子なのは風のイグニスである。
    ウィンディは自らの口を押さえつけるライトニングの手を雑に払いのけると、怪訝な目つきで言った。
    「…………なんでさ。聞かせてやればいいじゃん。いつもみたいに」
    「いや、その……」
    口ごもるライトニングを、細めた目でじっと見る。
    「……ライトニングだけはボクのこと、裏切らないよね?」
    おわあ~とAiは思った。昼ドラ並に熱い修羅場だ。修羅場ですよ皆さん!昂る気持ちを共有したくて隣の不霊夢を見たが、しゃがんで鳩に餌をやっていた。さっきまで心配そうにライトニングを見ていたはずが、また気まぐれを発揮している。
    「ね?」
    ウィンディに圧をかけられたライトニングは、ぐぬぬと眉根を寄せたかと思うと……「用事を思い出した」と言って踵を返した。そのまま広場を走り抜ける。まさに脱兎の如しである。
    「あっ、ちょっと!?」
    「こらこらこら、ちょっと放っておいてやれよ~」
    Aiは後を追いかけようとするウィンディを制止した。あまりにライトニングが可哀想に思えたのだった。
    「うう……許せない……やっぱここ最近はずっと、ボクを放置してあの人間と会ってたってことかよ……?」
    ウィンディが悔しげに顔を歪める。
    「ライトニングがおかしくなっちゃった……もしかしてあいつに人格データでもいじられたんじゃ……」
    それお前じゃね?とはさすがのAiも言えず口を噤んだ。
    「絶対許さない……」
    「絶交か?」
    一時的に少女漫画脳になっている不霊夢が、心なしかワクワクとした様子で問いかける。
    「女子は喧嘩をしたらまず絶交だからな」
    最近は小中学生向けの漫画雑誌にも手を出しているらしい。鳩はいつのまにかいなくなっていた。
    「違う!あの人間とライトニングの仲の方を引き裂くんだよ!全部あいつが近づいて来たからおかしくなった!あいつと離れれば、また元のライトニングに戻ってくれるはず……!お前らも手伝ってくれるよね!?」
    ウィンディが威勢良く言って、Aiたちを指差す。どうやってでもライトニングと仁を引き剥がしてやろうという決意がメラメラと燃え上がっているようだ。
    思い込んだら一直線、プライドも高いので自分が蔑ろにされたことも許せないのだろう。
    どうしたもんだろう。Aiは考えた。オリジンを大切に思う気持ちは痛いほど分かるから、ライトニングと仁の間に新たな絆が生まれようとしているのなら、それを邪魔したくはない。それに、もともとライトニングとウィンディの怪しい動きは警戒していた。これをきっかけにライトニングが人間嫌いを克服してくれれば、願ったり叶ったりではないだろうか。
    Aiは意見を伺おうと不霊夢を見る。
    冷静沈着、しかし心には熱い焔を宿している。いつも一歩引いたところから状況を見極め、的確なアドバイスを寄越すことが多い炎のイグニスは、腕を込んで目を閉じ、少しの時間思案してから口を開いた。
    「もうすぐ尊が来る時間だから、そろそろ解散にしてもらえないだろうか」
    神妙に言った不霊夢の顔目掛けて、ウィンディが手を振り下ろす。不霊夢はあっさりとそれを避けて、癇癪を起こすウィンディをいなした。ウィンディはキーッと悔しげな声を漏らしながら、不霊夢の腕をバシバシと叩いている。

    疑問符を浮かべる仁の隣で、草薙が「それ、早く追い返してくれ」とでも言いたげな目でAiを見ていた。

    ーーーーーーーーーー


     放課後、不霊夢と昇降口に向かう廊下を歩いていたときである。背後から「おい」と声をかけられ、Aiは振り返った。しかし背後に人影はなく、二人揃って首を傾げる。怪訝に思い様子を見ていると、しばらく間を置いて廊下の角から黄色い頭が覗いた。――ライトニングだ。
    「ちょっとこちらへ来い」
     そう言って手招きするが、その表情は苦しげだった。まるで、Aiたちに声をかけることが不本意であるかのようだ。
    「ライトニングじゃん。何々?」
     Aiと不霊夢が呼ばれるままに近寄って行くと、ライトニングは二人の手を掴み、廊下をツカツカと歩きだした。何だ何だとAiたちが騒ぎ立てても、何の説明もせずに進んでいくその様子はどこか焦っているようにも見えた。学校では優等生ぶっているライトニングが、廊下をこうして乱暴に歩くのは珍しいことだ。校則を律儀に守って膝を覆い隠すスカートが、ヒラヒラと翻っている。
     校舎の隅、ひと気の無い非常階段の踊り場に辿り着くと、ライトニングはやっとAiと不霊夢の腕を解放した。
    「んで、どうしたわけ? オレたちになんか用?」
     用がなければこんな行動には出ないだろう。Aiが尋ねると、ライトニングはらしくなく視線を彷徨わせ、しばらくしてから意を決したように口を開いた。
    「じ、実は……私が今週末に買い物に出かけると言ったら、どうか荷物持ちに使ってくださいと下等生物がこうべを垂れたから、それで、その……仕方なく連れて行ってやることにした。だから君たちにも私の手伝いをさせてやろうと」
    「不霊夢、翻訳して~」
    「『仁とデートすることになったから、準備するのを手伝ってください』と言ったところか」
    「ち、違う!」
     ライトニングは慌てた様子で否定したが、Aiは「なるほど」と頷いた。どうにも素直になれないようだが、ライトニングが自身のオリジンである仁に懸想していることは、先日の尾行事件からAiたちの間では周知の事実となっていた。はっきり明言されたわけではないけれど、人間嫌いを隠そうともしなかったライトニングが、草薙兄弟が営むキッチンカーをこっそり訪れていた理由は言わずとも、というわけである。
     草薙の兄の方、草薙翔一とライトニングの仲が非常に悪いことは、仲間内では非常に有名なのだ。仁に会うためという理由がなければ、兄と顔を合わせる可能性が高いあの店をわざわざ訪れるはずがない。
     あれ以降、衝撃の事実を知ったウィンディは二人の中を引き裂こうと必死である。ライトニングがカフェナギを訪ねるような気配があれば邪魔に入り、登下校もべったりとくっ付いて見張っているようだった。そのせいもあってライトニングはしばらく仁と話をできていないらしく、仁の方も心配しているというのはAiが遊作から又聞きした話である。
    「じゃあ、ウィンディの目を盗んで約束を取り付けたわけだ」
     ライトニングは「う」と唸り、悔し気に眉を潜めてから口を開いた。本当は話したくもないが仕方なく、といった様子だ。
    「……今朝、ウィンディを撒くために早く家を出たら、たまたま登校中の奴に会って……」
    「へえ~? それからそれから?」
     Aiは前のめりになって先を促した。まさかライトニングとこんな話ができるとは思っていなかったので、少々興奮してしまったのである。Aiが遊作に接触し、一緒に過ごすようになってからというもの、ライトニングとウィンディはAiを気狂い扱いし始めた。オリジンといえど、人間なんかにうつつを抜かすと感化されて身を滅ぼすぞ、と何度文句や嫌味を言われたか分からない。Aiより少し遅れて尊に接触した不霊夢も同様だ。それがまさか、こいつまでこんなふうになってしまうとは想定外だった。
     ライトニングはAiの勢いにやや身を引きながらも、約束に至る経緯を説明してくれた。
    「週末は何をしているとか、そういう、他愛もない話をして……」
    「ほう、それで?」
     不霊夢も珍しく興味津々である。
    「買い物に行こうかと思っていると適当なことを言ったら、僕も買い出しの予定があるから、い、一緒に行かないか、と……」
    「ヒュ~!」
    「うるさい!」
    「仁のやつもやるなあ~!」
    「わ、私は別に、人間などという下等生物には何の興味もないが? どうしてもと言うから、哀れに思って仕方なく同行の許可を出してやったのだ!」
     ライトニングは高飛車で強気な口調を崩さぬまま、両手の指先だけをもぞもぞと落ち着きなく擦り合わせた。うわ、照れてる。Aiは先ほどまでの興奮が少し冷めていくのを自覚した。なんというか、急に乙女チックな仕草を見せつけられても気味が悪い。
    「え? 怖……急にツンデレヒロインみたいになってんじゃん」
    「そう言うな、Ai。人間を見下して当初は冷たく当たっていたライトニングだ。プライドの高さのせいで、今更『オリジン大好き!』という態度に方向転換するわけにもいかないんだろう。寛大な心で許してやろう」
    「ぐ、うう……」
    「お前の正論の方が効いてるみたいだけど」
    「そうなのか?」
     ライトニングは顔を顰めて口を噤んでいた。自身の怒りを鎮めようとしているのだろう、健気である。しかし色々な我慢をしてまでAiと不霊夢を訪ねてきたということは、よっぽど切羽詰まっているということだ。仁とのデートを成功させたいが、他に頼れる友人がいないのだ。その健気さにAiはすっかり胸を打たれて、出来る範囲で協力してやろうと決めた。大切な仲間であるライトニングがオリジンとの仲を深められたら、Aiだって嬉しい。仁だって、Aiにとっては友人の一人なのだ。
    「まあ、とにかく場所を移そうぜ! JKの恋バナはファーストフードって相場が決まってるんだよ」
     
     ライトニングは怪訝そうにしながらも、しぶしぶと言った体でAiたちについて来た。人間の客ばかり溢れる学院近くのファーストフードを、ライトニングたちは毛嫌いしていたはずだ。こんな事態でなければ入店することはなかっただろう。Aiたちイグニスは人間の食べ物を必要としないが、消化の機能が備わっていないだけで、食べようと思えば体内に取り込むことができるようにソルティスのボディを独自に改造している。まだエネルギーに変換することはできないが、食事の時間をオリジンと共に過ごせるよう搭載した機能なので、今のところはこれで充分だった。そもそもこの店はAIの客に対して席のみの提供もしており、アンドロイドボディの充電も可能な便利な店なのだ。
     カラフルな椅子が並ぶテーブル席に腰かけ、Aiたちは注文したポテトとナゲットをトレイに並べた。ライトニングは慣れない店の中で落ち着きなく辺りを見渡している。
    「なあ、当日の服とかはどうすんの?」
     Aiが尋ねると、ライトニングは不思議そうに自分の身体を見下ろした。
    「服? この制服を着ていくつもりだったが」
    「えー⁉︎ せっかくのデートなのに⁉︎」
    「あいつは午前中部活があるから制服で来ると……」
    「相手も制服ならまあ、制服デートってことでありかぁ」
     おめかしをしたいと言うのなら、服選びを手伝ってやろうと思っていたのに。きっと仁は清楚な雰囲気が好きだから、露出を少なめにして、可憐なワンピースでも着せてやりたかった……Aiは少し落胆したが、すぐに気を取り直した。今しかできない制服デートも味がある。自分たちイグニスはともかく、人間の一生は短く儚い。うう、怖くなってきた。頭によぎる未来の想像に、Aiは身体を震わせた。もうちょっと大人になってからでいいから、遊作、俺の誘いをオッケーしてくれないかなあ。Aiはいつか遊作を丸ごとデータにして、Aiが不霊夢たちと一緒に作ったサイバース世界でずっとずっと一緒に暮らす計画を立てているのだ。
    「二人でウィンドウショッピング的なやつをするわけ?」
    「まだ何も決めていない。……何をすればいいのかも分からない……」
     ライトニングはまた指先を擦り合わせ始めた。今日のライトニングは殊勝というか自信なさげな態度で、どうにも調子が狂ってしまう。できるだけ力になってやりたいが、何かアドバイスはできるだろうか。Aiは腕を組んでうーん、と考えた。
    「初デートだし、二人で色々出歩くのも楽しいよな。でも街中は危険が多いから、気使わなきゃだめだぜ。例えばオレが気をつけてるのは……まあ、色々あるけど、遊作には車道側を絶対歩かせない! とか」
     Aiが指を立てて得意げに言うと、ライトニングは「何故だ」と首を傾げた。
    「だって危ないだろ! いつ車が突っ込んでくるのかも分かんないんだから、いざというとき遊作を守れるようにしとくの。お前は知らないかもしれないけど、人間って脆いからちょっと車にぶつかっただけで死ぬんだよ。なっ、不霊夢!」
     隣の不霊夢を見ると、ナプキンで鶴を折っていた。相変わらず話に飽きるのが早い。
     ライトニングは怯えたように顔を強張らせてAiを見た。
    「に、人間はそんなに簡単に死ぬのか……?」
    「死ぬ死ぬ! 死にまくり! お前ニュースとか見てないの? 毎日ばかすか死んでんじゃん。寿命だけじゃなくて事故とか事件とか病気とか……人間ってさあ、寒暖差とかでもぽっくり死ぬんだぜ。オレびびったもん、人間の命、たんぽぽの綿毛より儚い!」
     Aiは先日、ヒートショックについての注意喚起をニュースで見て驚愕した。あったかいところと寒いところを行き来するだけで死ぬの⁉︎ そんなの、そんなの、虫よりか弱いじゃん!
     それ以来、Aiは遊作の家の脱衣所にヒーターを設置して温度管理をしている。
    「もうオレ、遊作にそんなふうに死なれたらって考えるとそれだけで怖くてさあ! ちゃんとオレが守ってやらなきゃと思ってんの。なっ、不霊夢!」
     鶴は二羽目に突入していた。無駄に手先の器用な奴である。
    「仁だってすぐ死ぬぞ。そんなに身体も強くなさそうだから、遊作よりも簡単に死ぬ! 多分! デートのときも目を光らせといた方が良いぜ。あいつちょっと気の抜けたところあるから、躓いて転んで死ぬかも」
     ライトニングは口に両手を当て、血の気をなくした顔で言った。
    「ど、どうしたら……」
     元々血は流れていないが、そのくらいに怯えた表情だったのだ。
    「うーん、安全なのはやっぱりずっと部屋に閉じ込めておくことだけど、そればっかりは強要できないしな。心配なら、あちこち移動しないで室内にすれば? おうちデートみたいな」
     Aiの提案に、ライトニングは「そ、そう簡単に死なれては目覚めが悪いしな……」と何度も頷いた。
    「よーし、デートの心構えに関しては準備万端だな! Aiちゃん良いアドバイスをしちゃったぜ」
    「そうか? 無駄に不安を煽っただけのような気がするが」
    「ずっと鶴折ってたやつに言われたかねえよ」
     不霊夢の前にはナプキン製の小さな折り鶴が並んでいる。「帰ったら尊にあげるのだ」と言っているが、貰ったところできっと困るだろう。だがAiは何も言わなかった。尊と不霊夢の間のノリはときどき独特なテンションで、Aiでさえついていけないときがある。
    「そういえば、近くに映えるアイスの店できたんだって! 今度遊作と行きたいから下見行こー」
    「映え……?」
    「SNSに写真載せんだよ」
     その後は三人でアイス屋でド派手なアイスを購入し、写真をSNSに投稿してから帰宅した。投稿して数分と経たないうちに、除け者にされたウィンディから怒涛の連絡が入って面倒だったが、それを除けば非常に充実した一日であった。
     
     その後のライトニングからの報告によると、週末の初デートはまあ成功だったらしい。草薙家にお邪魔しておうちデートと相成ったらしいが、感想を尋ねたら「まあ、狭い部屋だが居心地は悪くはなかった」とのことだったから、きっと特に進展はなく、本当に二人で穏やかに過ごしたんだろう。先はどうにも長そうである。
     週末に草薙(兄)の機嫌が酷く悪かったのはこのせいかと、ライトニングからの連絡を受けたそのときにAiはやっと腑に落ちたのだった。
     

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💯😭👏👏👏💖💞💞💞💕☺👏👏💖💖💖💛💛💛👏👏👏🍟🍟🍟🍟🙏🙏🙏💞😭🍨🍨🍨💜💗💛💚💯❤❤👍💖💖😍🙏💖💖💖💖💯💯💯💯💯🏫🍟👍💯
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works