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    kk14ac

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    その旅路の終わる頃にエピローグ-その旅路の堕わる頃に
    『その荒野に芽が吹く頃に』

    ##マニング
    ##その旅路の堕わる頃に
    ##ユン
    ##レイ・シャーウッド

    眼裏に広がる橙色が、熱を持った太陽の光を閉じた視界に届ける。空を覆った雲はひび割れるように散り始め、その隙間から青空を覗かせていた。──帰ってきた、元の世界、私の世界に。ユンははしゃいだ様子で辺りを見回している。
    いくつもの陽光の柱が照らし出すものの中に、ひとつの戦場跡があり、その中心にひとりの人影がある。

    「お師匠!!」

    魔力が叩きつけられて抉れた地面、いくつもの魔神の屍に足を取られそうになる。カラン、という軽い音、マーニ、と呼ぶ声が後ろから聞こえる。
    藍色の髪が揺れる。目が合って、微かに緩んだ表情に、視界が歪む。足元に小さな衝撃があって、ぐらりと重心が揺らいだ。
    あ、と声が漏れ出たつぎの瞬間、手を引かれて柔らかな布地が頬に触れた。よく知る匂いと、土埃の匂いとが私を包む。心臓が一度大きく跳ねた。私の手を引いた大きな手が、背中に触れて優しく叩く。

    「大丈夫かい」
    「ごめ、ごめんなさい。大丈夫、です」

    地面を確かめるように、体勢を直す。袖で顔を拭って、はっきりと彼を見上げる。

    「ただいま、戻りました」
    「うん、おかえり」

    彼の一音一音が胸の奥底に染み渡る。帰ってきた。私はやれた。お師匠を、彼と私とが生きる世界を守れた。お師匠は、私を待ってくれていた。心いっぱいの喜びが、血液のように全身を巡る。

    「マーニ、マーニ!」

    声に振り向けば、杖を抱えたユンが眉根を寄せて浮いていた。彼女にとって杖は大きくて、杖先を引きずった跡が地面に残されている。

    「マーニ、置いてかないで!それに、これ!マーニの杖、大事なものでしょ?でしょ?」

    杖を受け取ってごめんね、と謝る。身軽になった彼女はくるくると周囲を飛んで、嬉しそうに口を開いた。

    「ここが、マーニの世界なんだね!すごい、すごい!」
    「彼女は…」
    「世界を渡る直前に話した、"会わなきゃいけないひと"……アステリア神の娘の、ユン、です」
    「ユンだよ!はじめまして、はじめまして!あなたが、マーニの大事なひと?」
    「……僕はレイ・シャーウッド。君はマニングの…友人、なのかな。弟子が世話になったようだね」
    「どういたしまして、どういたしまして!でもね、マーニが助けてくれたのが最初だよ!」

    ええと、と二人の会話の間に入る。このままユンに説明させると日が暮れてしまう。

    「たくさん、話さなきゃいけないことがあるんです。……正直、今でもどう話したらいいか分かりません。それに」

    思い出した"過去"が脳裏をよぎる。血肉を切り裂く感覚、屍となった人々の顔、鼻をついた鉄錆の匂い、手にべっとりとついた赤。「そうはならなかった」ことになっても、「なかった」ことにはしていけない事実。

    「それに……話したら、お師匠は私を許さないかもしれない」

    声が震える。彼の顔を見られない。体の端から硬直していくような感覚がする。

    「それでも、話さなきゃ、いけないんです。隠しちゃいけない、から。なかったことにして、お師匠と一緒、に、いたくない、から」
    「だか、ら。だから」

    声が突っかかって続きが出てこない。話すのが怖くてたまらない。どう話したらお師匠は許してくれるだろうか、なんて、そんなこと思う資格もないのに浅ましく考えてしまう。失いたくない。でも、隠し事をして彼の隣に立ちたくない。

    「マニングが思い出したのは何か…とても辛い経験なんだね」

    不意に、暖かな手が頭を撫でる。

    「君が話さければ、と思うなら、それは必要なことなんだろう。でも僕には、話そうとするマニングの姿がとても苦しそうに見える」
    「今すぐに話さなくていい。大丈夫だ。僕はここにいる。君も、君の友人もここにいる。僕は今、君がこうして無事に帰ってきたことが嬉しい」

    柔らかな低音が暖かくて、優しくて。その優しさに包まれる私の弱さに涙が溢れる。やり直しても、記憶を思い出しても、伝えたいことひとつ言えない私は弱虫だ。

    「ごめ、な、さい」
    「ぜったい、絶対に、話します、から」
    「きょ、は、ここに、いさせてください」

    大きな手が頭を撫でる。幼い頃何度もしてくれたように。小さな両腕がぎゅうと、しゃくり上げる体を抱きしめる。心を包むように。

    「マーニ、泣かないで、泣かないで。ユンもここにいるよ。ユンはマーニの味方、味方!」

    涙に呼吸が詰まって、消えそうな声でしか返事が出来ない。袖で擦れた目頭がヒリヒリする。

    「落ち着いたら、野営地を探そう。もうしばらく南へ行けば川がある。そこで一度腰を落ち着けようか」
    「魔神と戦闘しているうちにゴーレムが破壊されてしまってね。散った素材を探すのを手伝ってくれるかい」

    まだ出ない声の代わりに頷きで返事をする。顔を見たらきっとまた涙が溢れてしまう。息を吸って、吐いて。

    「あっちの方、探してきます」
    「ああ、頼んだよ」
    「ユンも行く、行く!」

    踵を返して顔を上げる。荒野と化した旅路が目の前に、遥か先まで続いている。これまで歩んだ野、これからも歩む荒野だ。
    必ず伝える。記憶も、罪も、想いも。世界を渡って手にした「つづき」を、自分の意志で紡いでいく。伝えた後に待つものも、受け入れる。その始めの一歩を、ここから踏み出そう。
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