鳴かぬなら「おまんはほんに静かじゃのう」
昼間はあれほど来客の多かった長屋も、人間2人と幾ばくかの獣たちの営みの音のみを残し静まりかえっている。
ごろりと隣で共に横になっていた龍馬がふと起き上がる。
「おまんはまっこと静かな人じゃ」
こちらを見下ろし、ぽつりとこぼす。
「わしがおまんに触れてもおまんはこうしてただ静かに受け入れるだけ」
するりと頬を撫でられ暖かな手のひらを追いかけるように目を閉じる。
「…不満か?」
確かに自分は口達者でもなければ愛しい人の触れ方も知らぬ身だ。愛想を尽かされても何の疑問も抱かない。
「いんや、別に不満なんて思っちょらん。ただ…」
「…ただ?」
薄目を開けて龍馬を見やると暗い部屋の中でも確かに目と目が交わった。
「わしは鳴かぬ鳥がおったら鳴かせてみとうなる」
頬を撫でていた手が首筋へと降り、そのまま胸元へと滑っていく。
「誰も聞いたことのないそん声を、わしの手で鳴かせてみとうなる」
あたたかな手のひらがぴたりと心の臓の上で止まる。
「わしに、わしだけにおまんの声を聞かせてくれるかえ」
とくりとくりと刻む己の音があたたかな手の熱に浮かされ微かに駆け足になっていく。
「龍馬…」
言葉を借りるとするならば、さしずめ私は鳴かぬように躾られた鳥なのだろう。
「なんじゃ?」
優しい声色に誘われて手を伸ばして襟を引き寄せる。
「私に」
オーデコロンの匂いがいっそう近くなる。
「私に鳴き方を教えてくれ」
そう囀ると龍馬の喉がごくりと上下する。
「お前の元で鳴いてみたい」
誘われるまま指を這わせ、目の前の唇を啄んだ。