「痛っ」
小さく漏らした声を聞いて、湯船の中でトウマが顔を上げる。足を開いてみたら、太ももの内側、膝に近いあたりにくっきり歯形がついていた。赤黒い内出血が点々とゆるやかな弧を描いている。犬歯が当たる部分の皮膚が傷ついて、鮮やかな赤が見えている。ソープの泡が流れて、その傷を刺激したらしい。
「うわ、ごめん……」
トウマは顔色を悪くして、手を伸ばして傷を撫でた。さっきそこへ牙を突き立てたときには、巳波の顔を見もしないで、唸りながら息を荒げていたくせに。
「加減間違った……、脱ぐ撮影とかないよな?」
「ええ、当面は」
「えぐいことになってる……、マジごめん……」
人が変わったみたいだ。耳としっぽがしゅんと垂れた、従順な犬。泡を全部流して、湯の中に足を入れる。湯の温度が傷にしみてちょっと痛い。向かい合わせに座ったら、トウマは情けない顔で巳波を見つめてきた。
「教えてあげましょうか」
「……なに?」
その肩に手を置いて、腰を浮かせて耳に顔を寄せる。
「……奥まで犯されながら噛まれるの、気絶しそうに気持ちよかった」
トウマはそれを聞いて喉の奥でうめいた。反省が足りない手が、湯の中で腰に回されてくる。
「……SのときとMのとき、どっちが本性?」
「さぁ……、わからない……」
「こんな痛そうなのに……」
手のひらでまた傷を撫でられた。指先がきわどいところをかすめていく。ゆっくり息を吐きながら、トウマの薄めの唇に触れた。
獣みたいに尖った八重歯。これが彼の口もとからのぞいているのを見ると、体の内側がうずく。やわらかな皮膚に食い込んで、ぎりぎり圧迫されて、痛くてたまらないのに、なぜか穿たれる奥がぎゅーっと熱くなる。トウマは少しだけ口をあけて、その指に歯を立ててきた。第一関節のあたりをやんわりと甘噛みされる。
「……っ……」
腰に回された手に力が入って、湯のなかで体が近づく。男の本能が対象をとらえる動き。その肩に手をのせて、軽く押し返した。
「だめ、9時からWOWOW観るので」
もともと今日は映画を観るつもりだったのに、流れでセックスしてしまったのだ。でも、まだ間に合う。トウマは大きく目を見ひらいて、
「はぁ……!? あとでいいだろ!」
「ないんですよ、放送しか」
「おまえが誘っといて……っ」
あとで、と言って立ち上がったら、トウマは恨めしげな目で見上げてきた。飲み物を用意して、ソファで待ってよう。時間は9時前だし、2人きりだし、体は洗ったし、あとはどうにでもなる。棚に積んだタオルを手にとったら、あたたかな柔軟剤の香りがした。