仕事の事でも教団の事でもその他諸々でも、考えることが多くなってきたときディルックはエンジェルズシェアのカウンターに立つようにしていた。
酒を飲むことは好きではないが、酒同士の相性、量を考えカクテルを作るのは良い気分転換となったからだ。
この日もその気分転換のために開店前の店へと入ると、店を任せているチャールズは何本かの瓶をカウンターに並べて難しい顔をしていた。
「何かあったのか?」
「あぁ、ディルック様。そのですね……」
事前に訪れることは連絡してあったためオーナーの姿に別段驚くことはなかったが、チャールズは何やら言葉を濁し目の前の瓶のうちの一本を指さした。
「新作リキュールを何本か仕入れたのですが、そのうちの一本がですね……」
「問題でも?」
「……はい。うちはご存じの通りカクテルに使うにしてもフルーツのリキュールくらいなんですが、相手方が間違えて」
そう言って見せてきたラベルに明記されていたのは、『チョコレート』
女性客の多いキャッツテールが出すカクテルになら使えるだろうが、生憎ここは……。
「返品しようとしたら『是非試してみてください』と半ば強引に正規の商品と共に置いて行かれまして。それならといろいろ組み合わせを考えていたのですが、何分経験がないものですので」
それで頭を抱えていたということらしい。
ディルックはしばらく考えてから、
「もしよければ、それは僕にくれないか」
「え?これをディルック様がですか?」
予想外の言葉にチャールズは驚いて手元の瓶とディルックの顔を何度も見比べ、
「いや、よくも何も、ここにあるのもはディルック様がお好きに使って頂いてなんの問題のないものばかりですよ」
そう言いながらチャールズに手渡された瓶を眺め、ディルックは今夜一人の客が来訪することを静かに願った。
今宵も賑やかな店内の一角。カウンターでは一見少年に見える詩人が、上機嫌にジョッキの中身を豪快にあおっていた。
「~~~っ、はーーー!この一杯のためって感じだよね」
見かけによらず親父くさい一言に、詩人の目の前でグラスを用意していたディルックは小さなため息を吐き出すも、作業の手は止めない。本日も有難いことに二階席までほぼ埋まり、スタッフたちが忙しそうに動き回っているのだから。
しかしピークも後一、二時間の事だろう。
「今夜も閉店までいるのだろう」
「んー?そうだね。月が綺麗だからどこかで歌いたい気分ではあるけど……ボクと話しがしたいんだろう?オーナー」
いつも閉店間際まで一人でおり、一体どこに帰るというのか支払いを済ませ宵闇の中に一人消えて行く詩人の言葉に、ディルックは思わず驚きから「にしし」と笑う詩人を見つめてしまった。
「ふふ。まだまだかなぁ。癖が出ていたからね。何かあるんだろうとは思ったよ」
「……癖?」
初めて言われることにディルックは僅かに眉を顰めた。今までそんなことは誰からも言われたことはない。一体どんなことだと見やって来るディルックに、ウェンティは手にしていたジョッキを置き、つまみのナッツへと手を伸ばした。
「ひ・み・つ。そう簡単に教えるはずないだろう」
― ボクだけ知っていればいい ―
「で、話しってなんだい?一曲歌って欲しいとか?」