僕には双子の弟がいる。
僕なんかとは違って、運動ができてクラスで人気者で。
双子なのに、僕の方が兄なのに、なんて思わないこともない。だけど、弟のことを嫌いになんてなれなかった。
小さい頃から医者である親は僕たちのことに全然興味がなかった。
仕事で家にいないことも多かったしベビーシッターさんと一緒に過ごした。親が仕事から帰ってくるとシッターさんの仕事は終わって、そこからは僕たち2人の時間だった。
怖がりの弟のために夜は一緒の布団に入って手を繋いで過ごした。雷が鳴る日は震える弟を抱きしめた。やんちゃな弟はよく転んで怪我をして、その度に頭を撫でて慰めた。先生に注意されたときは大丈夫だよと励ました。
そうして「ありがとう」と笑ってくれる弟を見て嬉しくなった。
大好きな弟を守っていきたいと思っていた。
小さい頃の、2人きりの世界だった頃の話。
保育園の時は、やんちゃな弟はよく先生に注意されていた。クラスの友だちとトラブルになることも少なくなかった。
なのに、小学校では"やんちゃ"が"活発"になり、運動ができる弟は先生の手を離れたクラスの中で人気者になっていった。
そんな姿に初めは誇らしかった。けれど、次第に周りからの目が変わっていった。弟は明るくてクラスで人気者なのに兄は暗くて何を考えているかわからない不気味だと、囁かれることが増えた。
そしてそれは段々といじめに発展していった。子どものするいじめなんて最初はわかりやすいものだった。机に落書きをする、わざとこけさせてみる。目に見えるいじめに気づいた弟が僕のことを守ってくれた。
今度は弟が大丈夫だと僕を慰めてくれた。いじめっ子に立ち向かってくれた。何もできない兄だけど、そんな僕のことを弟は一生懸命守ってくれた。
親には相談しようとした。けれど僕に怪我があっても話しかけようとしても心配してくれる様子はない。その時点で諦めた。きっと無駄なんだろうと思った。
僕には弟がいてくれればそれで良い。元々2人で生きたきたんだから。
けれど、中学に入ってもいじめは終わらなくて。弟はいじめられる僕のことを嫌そうにはしていないけれど、実際はどうなのだろうか。情けない兄だと思っているのだろうか。そう思うと、このままではいけない気がして、高校は弟とは別のところを受けることにした。弟にそのことを伝えた時はひどく驚いたような傷ついたような寂しいような、なんとも言えない表情をしていたけれど、僕が少し離れたところで頑張りたいと伝えると、渋々納得してくれたようだった。
弟とも中学まで一緒だった子とも違う、少し離れた高校に通うことになり、僕は弟のようにやろうと思った。双子なのだから、僕にだって出来るはずだと。初めは良かったが次第にそんなノリについていけず、結局1人になっていった。
今までいじめられてきたからなのだろうか。1人になると途端に周りの目が気になってしまう。そんな僕を格好の獲物だと言わんばかりに、からかっては笑う。結局初めはその程度だったのがいじめに発展していった。
いじめをするやつはそれをいじめと思っていない。なんてことを聞いたことがあるが本当にその通りだと思う。だって、いじめるやつはみんなどうしてか楽しそうなのだ。
ああ、僕はあんな風に楽しくなれないのに、どうして生きているのだろうか。いっそ死んでしまえたらいいのに。
そんな考えが浮かんでは消える。
弟には相談できなかった。なんのために違う高校にした?きっと弟は僕とは違う高校で、自分だけの学生生活を送っているはずだ。僕は大丈夫だ、と言うしかなかった。
けれど、そのたびに心配そうな顔をする弟に申し訳なくて、心配かけたくなくて、僕は少しずつ勉強を言い訳に弟を避けるようになった。
朝の通学時。電車が来る放送を聞いて、一歩踏み出せたなら。
昼の休憩時。学校の屋上に上がってその身を投げ出せたなら。
夜の就寝時。カッターナイフで手首を切れたなら。
そんなことをする勇気もなく、実行しようとしては辞める日々を送っていた。
そんなある休みの日。弟が遊びに行こうと誘ってきた。いつものように勉強があると断ろうと思った。けれど、僕も弟と2人で過ごしたかったのかもしれない。遊びに行くことにした。
行き先は海。電車で数駅の距離にあるところで、昔お小遣い片手に弟と行ったことがあった。最近の高校生活の話、好きなもの、苦手なもの、他愛もない話をして盛り上がる。昔より一緒に過ごす時間が減ったからか、こうして2人きりで出かけるのはすごく久しぶりな気がして、そしてとても安心した。
僕は、今の弟に何が出来るのだろうか。
優しく僕の名前を呼びながら手を引く弟。
海を眺めたり、砂浜で何かを造ったり、水を掛け合ったり。楽しくも穏やかな時間が過ぎていった。
そろそろ帰ろうか、というその頃。
突然弟は僕の手を掴み、
「一緒に死のう」
そう言って海の中へを引っ張っていった。
なぜ、どういうこと、一体何があったのか。急に弟が死ぬなんて、そんなの、いけない。
訳の分からないまま、でもこのままではいけない気がして、僕は精一杯弟の手を振り払った。
そのことに前を進んでいた弟はこちらを向く。
ダメだ。死ぬなんて。僕は、死んでほしくない。
震える声で自分の気持ちを伝える。
その時は、そのまま家に帰ることになった。
帰り道は何を話したか覚えていない。何か話したような気もするし話してないような気もする。
僕は、弟がどうして死のうと言ったのかわからないままだった。
けれど、このことで僕は少しだけ、勇気が持てたような気がする。
このままではいけない。僕はきっと自分で気づいていないだけで弟に迷惑をかけてしまっている。死ぬなら、僕1人だ。
そう思うと今まで怖くて出来なかったのに、なぜかすんなりと、手首を切っていた。
ああ、こんなにも簡単だったのか。
手首から流れる血を見て、傷つく自分を見て、なんだかおかしくて思わず笑ってしまった。
親は当然気づくはずもなく、ただ弟にはバレないようにしなければと、それだけだった。
いじめられた日。なんとなく気分が悪い日。
リストカットの回数は次第に増えていった。
そして、ついに弟に見つかった。
弟はリストカットをする僕を見て、それを止めることもなく泣きながら自分の手首を切ったのだ。
それに僕は驚いた。なんで、どうして。そう尋ねる僕に弟は「置いていかないで」と、そう言った。
弟は僕が死にたいと思っていたこと、リストカットをしようとして辞めていたことを知っていたらしい。けれどどうやっても助けられないことにずっと悩んでいて、考えた結果が、海で一緒に死ぬことだったそうだ。
弟が、こんなにも僕のことを好きでいて、一緒に居たいと思っていたなんて、全く知らなかった。
目の前で泣きながら訴える弟に、僕は負けた。
本当は死んで欲しくないけれど。けれど、一緒なら死ねる気がする。
産まれた時が一緒なら、死ぬ時も一緒だ。
僕は弟の傷の処置をしながら答えた。
「わかった。一緒に死のう」
そうして僕たちは再びあの海に一緒に行く。
生まれ変わったら、例え短い命でも綺麗でみんなに愛されるような魚に、なりたい。