母との距離の壊れ方頭上から降る、雹のような視線、身体の芯が冷えていく感覚。透き通った氷壁を通しているようで、そちらには触れられない。
触れたい。そう思って、手を伸ばす。
見下ろされる視線に耐えられなくなって涙が溢れる。上手く笑うことができない。考える程、涙が止まらない。
輪郭をなぞった、自分の涙は温かかった。
よく知った顔がその口角を上げた。
『可愛い顔ね』
言われ慣れた言葉に安堵する。まだ自分はこの人に見捨てられていない。
確かに、「彼の母親」の舞台のスポットライトの脇には、追いやられたように蹲る現蛇惣太の姿があった。
今日も光を返さない瞳で起き、乾き切った心を眠って癒す。彼を人間の形で残せているのは、母からの圧力であり、同時にそれは「飼われている」そんな言葉が似合う、果たして人間と見られているのか疑うような光景なのだった。
自分を怯えた目で見るクラスメイト。何故そんな目をするのか分からなくて、給食の時間に箸で目玉を突き刺そうとしたら止められた。
どうやら、これは常識から逸れていたらしい。
いつも仲良くしているのに、そんな目で見るから、気になってしまっただけだ。
友達が落とした、その涙は温かかった。
家に帰るとまた母からの視線と暴力。でも、きっとこれが母なりの愛情表現なんだろう。そう理解する。
また涙が落ちる。別に、悲しい訳じゃない。
頬に触れる。自分の涙は温かかった。
ー今日遊んだ友達の涙も、温かかったなあ。
そう思った時、母の顔には何の色も映さなくなった。
やってしまった。氷壁を溶かしてしまった。
拭った涙は熱い。拭ったその手で、氷壁を溶かしてしまったのだ。
2人を繋いでいた壁は、無くなった。