孤独を越えた先に 第一の課題を終えた夜、ハリーは一人、ホグワーツの湖畔に座っていた。湖面には月光が淡く反射し、凍えるような夜風が吹いている。ロンと仲直りできたことは本当に嬉しかった。課題を無事に乗り越えられた安堵もあった。それなのに、ハリーの胸には奇妙な空虚感が広がっていた。
ロンの「悪かったよ」という短い一言。肩に置かれた手。あの瞬間、張り詰めていた何かが解けた気がした。でも、それは同時に、これまで押し込めてきた感情があふれ出す兆しでもあった。
第一の課題に挑む前、誰にも信じてもらえなかった日々。その孤独の重さが、安堵に包まれたはずの心をじわじわと蝕んでくる。
一人だった……ずっと。
思い出すだけで喉が詰まるようだった。疑われる日々、友人たちの視線の冷たさ、誰にも頼れない恐怖。それでも立ち向かうしかなかった。自分の中の勇気を無理やり引きずり出し、笑顔を作り、振り返らず前に進むしかなかった。今さらそれが報われたところで、どうしても消えない感情の波が押し寄せてくる。
ハリーは小さく息を吐いた。胸が重くて、苦しくて仕方がない。それでも涙が溢れることだけは許せなかった。もし泣いてしまえば、自分がこれまで耐え続けた努力がすべて崩れてしまう気がしたからだ。
泣くな……泣くんじゃない……
心の中で自分に言い聞かせる。 そんなときだった。
「おやおや、我らがホグワーツの救世主が一人で何をしているのかな?」
背後から聞こえた軽快な声に、ハリーは肩を跳ね上げた。振り返ると、フレッドとジョージが並んで立っている。二人の顔にはいつものように悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「……何か用?」
ハリーは無意識に顔をそむけた。冷たい風が頬を撫でるのを感じる。
「何って、君を探してたんだ」
フレッドが言う。
「湖に向かう君の後ろ姿を見てね。まさか、試練を終えた途端に詩人になるとは思わなかったけど」 「それとも、夜の湖で物思いにふけるのが新しい趣味か?」
ジョージが続ける。
軽口を叩く二人の言葉に、ハリーは思わず口元が引きつりそうになった。だが、それでも心の奥底に沈んだ感情が顔を上げそうになり、笑うこともできずに膝を抱え込んだ。
「……放っておいてくれよ」
ハリーは低い声でつぶやいた。だが、双子はハリーのそばを離れる気配を見せなかった。フレッドとジョージは無言で彼の隣に腰を下ろす。
「放っておけって言われてもな」
フレッドが肩をすくめる。
「こんな寒い夜に君が湖に独りでいるのを見過ごすほど、俺たちは冷たい奴じゃないんだ」
ジョージは静かに、湖のほうを見つめながら言った。
「ハリー、お前が一人で頑張ってたことくらい、俺たちにも分かるんだ。特に最近の君は、いつも一人で何かを抱えてるように見えたからな」
その言葉に、ハリーは息を飲んだ。どうして双子がそんなことを言うのか分からなかった。彼らはいつもふざけていて、真面目な話なんてしないはずなのに。胸の奥で、何かがぐらりと揺れた。
「別に……大したことじゃない」
ハリーは小さくつぶやいた。声がかすれていた。
「ロンが戻ってきてくれた。それで十分だよ」
「そうか?」
フレッドがハリーの顔を覗き込む。
「それだけで済むならいいけどな。どう見ても、君の顔はスッキリしてない」
ジョージが軽く笑いながら言葉を足した。
「俺たちは、君が一人で溜め込んでるものを知ってるとは言わないよ。でも、誰かに頼ったほうが楽になることだってあるんだぜ」
その言葉に、ハリーの胸がぎゅっと締め付けられた。双子の言う通りだった。頼りたかった。本当は誰かに分かってほしかった。でもそれができなかった。そう思うと、また感情が胸を熱くし、目の奥がじんと痛くなる。 涙が出そうだった。喉が詰まって、言葉が出ない。
ハリーはぐっと目を閉じて、こらえた。泣いてしまえば、今までの自分が壊れる気がして怖かった。 その沈黙の中、フレッドがそっとポケットから何かを取り出した。
「ほら、泣きたいときには甘いもんだ」
彼が手渡したのは、少し焦げたクッキーだった。
「これ、俺たちが厨房で作ってきたんだぜ。ひどい味かもしれないけど、文句は受け付けない」
ハリーはそれを受け取り、黙って口に運んだ。甘さとほんの少しの苦みが、冷えた体にじんわりと染み込む。
「……ありがとう」
ハリーは小さな声で言った。涙を堪えたまま、それだけはどうしても伝えたかった。 双子は何も言わずに、満足そうに微笑んだ。そして三人で星空を見上げた。夜空の輝きが、ハリーの心を少しだけ軽くしてくれた。